マルガレット、お気に入りの採集スポットを荒らされる
フェリスに先導され、私たちは薄暗い森の中を歩く。
ケシが違法栽培されている場所というのはどのあたりだろうか。違法栽培というからには森の入り口付近ということはないだろう。かなり奥に分け入った先だと思われる。
実は私は、この森へ入るのは初めてではない。先ほど通り過ぎた町でよく依頼を受けてはこの森に入っていたからだ。
あの町に出されている依頼には、実入りがよい、いわゆる『おいしい』依頼と言えるものが多い。
その中に、この付近の村に住んでいる老齢の錬金術師が出しているもので『香りのよい白い花を年中咲かせている、ある小さな草の採集をする』というものがある。
この依頼が私にとっては特に『おいしい』依頼だった。
その錬金術師は、とても質の良い化粧水を作りこの近辺の町や村の薬屋に安価で卸している。
このあたりの薬屋でたまに銅貨五枚ほどで売りに出されているこの化粧水は、帝都のお貴族様御用達の高級美容用品店などで取り扱っているような、一瓶小金貨一枚はする超高級化粧水が霞んでしまうレベルの品質だという。
一度使ってしまうともうほかの物には戻れないそうな……
化粧水の評判は遠く帝都にも届いており、帝都の貴族夫人やご令嬢が密かにお忍びで買いに来るほどの人気を博しているらしい。
みずみずしい肌を保つのに欠かせないというこの化粧水は、老錬金術師以外に作り出せる者がいない。この化粧水の人気に目をつけた何人かの腕利きの帝都の錬金術師が、分析目的でこっそり入手しそっくり同じものを作ろうと試みたが、ことごとく失敗に終わったという。
そしてこの化粧水の主原料となるのがこの白い花を咲かせる草なのだが、実はこの草、何を隠そうこの私がその老錬金術師のところに持ち込んだ物である。
私が持ち込んだこの草を使って、老錬金術師が、歳を重ねたことによるお化粧のりの悪化を気にしていた愛する奥様のために開発したのがこの化粧水なのである。
ちなみにこの草はこの辺りの大森林の中の、ある場所にしか生えていないのだ。
この近辺の在住者には、この草を採集してくる者はいないという。それであの町の居酒屋に依頼が出されているのである。
つまり、帝都の貴婦人方から幻の品と言われているこの化粧水は老錬金術師にしか作り出せず、その原料たるこの幻の草は、好んで大森林に分け入り探索をする私みたいな物好きな人間以外にその存在を知る者はいないのだ。
そして、安定的にその草を供給できる私は、この国に住んでいるわけではない。
必然的に原料の白い花の咲く草の供給が滞ることによって、この化粧水は幻の品と化しているのであった。
大森林の中、ちょっと奥に分け入ると小川のせせらぎが聞こえる。
この大陸北部全域に広がる大きな大森林の中でも、アルメニアン帝国西部のこの辺りは、大きな岩が至る所にごろごろ転がっていて、岩山が森になったような雰囲気を持っている。そしてその岩がいちいちあり得ないほどでかい。岩同士が重なり合って小山のようになっているところもある。
森の中を歩くには、自然とその大岩を避ける形になる。それは人も獣も同じことで、大岩を縫うように獣道が伸びていたりする。
そして大岩を避けて獣道を進む限り、森に入ってからずっと、どこからともなく聞こえてくるせせらぎの正体にたどり着くことはできない。
この森には、確かにそのせせらぎの音が示す通りに小川が流れている。
だが驚くべきことに、その小川はなんと大森林に点在する大岩の下を流れているのだ。
私がこのことを知ったのは偶然である。ある時森を散策していたら、ふかふかの落ち葉がたくさん積もってふわふわになっている場所に出た。
そこは半ば地面にめり込んだ大岩と大岩の間にできた細い通路のようになっている場所だった。
風に吹かれて落ち葉が溜まったのだろうと思い、その踏み心地が楽しくて調子に乗ってぼすんぼすんと踏みしめて歩いていたら、突然私は落ち葉を踏み抜いて岩と岩の間にあった穴に落ちたのである。
岩と岩の間に、嵐でもあったのか落ちてきた大きな枝が引っ掛かり、そこに落ち葉が積もったようである。
尻もちをついて、したたか腰を打った私はうめき声を挙げつつ立ち上がった。辺りを見回すと、そこはいくつもの大岩が重なり合ってできた自然の洞窟のようなところだった。大岩が重なってできた壁面に、地面はこれまた大きな一枚岩であった。
この二つの大岩の地面に出ていた部分は、本当に一部分だけだったようだ。大きな岩は地面の下で重なり合っており、岩の亀裂から滲み出た水が、私が今立っている大きな一枚岩の上を流れているのだ。
上を見上げると、よじ登れないほどの高さではなかった。落ちた私が腰をさすりつつもすぐに立ち上がれる程度のダメージしか負わなかったくらいの高さである。
大岩の下で見つけたこの小川は、重なり合った岩と岩の間を流れて行っていた。
ごつごつした岩肌をさして苦もなく登って地面の上に出た私は、もう一度よく辺りを観察してみた。
そうするとあたりに転がっている大岩が、まるで川のように細く連なって先へと続いていることに気づいた。
ところどころ地面から突き出ている大岩たちは、長い年月を経て降り積もった落ち葉たちにその姿の大半を隠されているのだろう。
先ほど落ちた穴の底から見た、ひしめき合い重なり合った岩でできた川の形を想像しつつ、私は大岩の群れを奥へ奥へと辿って行った。
しばらく進むと、大岩の群れの間から一際大きな水の音が聞こえてきた。
まるで崖を落ちる滝のような音だ。
音の聞こえる方、大岩の一つによじ登った私は息をのんだ。
そこは岩が重なってできた小山のような場所だったが、大岩と大岩の間に大きな穴が空いており、穴の中腹辺りから迸った水が滝になってさらに下に落ちていた。
穴の底は小さな滝壺になっており、その周りにはびっしりと白い小さな花を咲かせる草が一面に生い茂っていたのである。
私は岩を伝って慎重に滝壺に降りて、一面に咲いている白い花を観察した。
とても良い香りを放つ花で、大岩をくり抜いたような滝と滝壺の周りは、この花の放つ香りでむせ返るような芳香が漂っていたのである。
こうして私は、森の奥の岩山の中にある滝と、白い花の群生地を知った。
滝壺のある底へ降りる際、手を滑らせて顔から着地した私は、顔についたその花の汁がたちどころに顔にできた擦り傷を癒し、その後数日は肌がツヤツヤしていたことにより、かねてより妻の悩みを打ち明けてきていた老錬金術師への土産にこの花を持ち帰ったのであった。
誰も受け手がいないのでただの植物の採集依頼としてはまあまあ高額な報酬がついているこの依頼は、かくしてこの草の群生地を知っている私にとって、達成が容易、かつ報酬が高額というかなりおいしい依頼となったのである。
おそらく、私以外にこの依頼を受ける人がいないのだと思う。あの滝壺を知る者が、私以外に何人いるのか。
多分いないんじゃないかな。
森に分け入るフェリスの後をついて行きながら、そのことを思い出していた私は、フェリスがまさにその群生地へと向かう道を辿っているのに気付き、密かに首を捻った。
まさか群生地の滝壺に向かっているんじゃないでしょうね……
などと思いながら前を進むフェリスについていくのだが、やっぱりというかなんというかフェリスは迷うことなくその群生地に向かっている気がする。
森の中を細く伸びる獣道から大岩が積み重なって続いている場所へ躊躇なくフェリスが足を踏み出したあたりで私の頭に疑惑が頭をもたげ始め、滝がある一際大きな岩山に来た辺りで疑惑は確信に変わってゆく。
「ねえフェリス、もしかしてこの先にある小さな滝に向かってる?」
私は苦り切った顔でフェリスに声をかけた。するとフェリスは驚いたように目をまん丸に見開いて私の方を振り返った。
「えっ? マリー、この先に滝があるってなんで知ってるんだい?」
……やっぱりかー。私はため息を禁じ得なかった。今フェリスが向かっているのはケシが違法栽培されている場所である。
そしてそこはこの先の滝壺らしい。その滝壺の周りでケシの花なんて見たことがない。
ということはつまり私のお小遣いの元になっていた例の白い花を咲かせる草たちはもうそこには生えていないということだろう。
……おのれ密栽培者め! 私のお金儲けのタネをよくも!!
「なんでもない」
全くなんでもなくないガッカリ顔でそういう私を、フェリスとカリンは不思議そうに眺めるのであった。
さらに進むことしばし。私の予想通り、フェリスは大岩に空いた穴から流れ落ちる滝の見える場所へとやってきた。
滝壺の周りにかつては一面に咲き乱れていた白い小さな花は姿を消し、代わりに赤や紫の美しい大きな花を咲かせているケシが辺り一帯に生い茂っている。
……どうやら密栽培者は、ケシの栽培をするためにあの貴重な白い花を全部刈り取ってしまったようだ。 おのれ密栽培者! なんという悪行を働くのか。
しかし、かの者がバーラート国王の意をうけた『薬師』であるのならば、院長先生の治療をしてもらうという最終目的がある私としては、あまり手荒なことはできない。捕まえて首根っこをきゅっと絞ってあげたいという衝動を何とか抑えた私は、フェリスに問いかける。
「おほほほ。よりによってこの場所でケシの栽培をするなんて……フェリス、犯人は殺しちゃだめなのよね? のこのこ出てきたところをあそこの木に矢で縫い留めてもいい? 喋れる状態にしてさえおけば尋問はできるもんね……ふふふ」
私の超感情を抑えた提案に、しかしフェリスとカリンが目を剥いた。
「マリー!? 落ち着くんだ! 僕たちはその『薬師』に平和的に事情を聴きたいんだ。そんな剣呑なことをしてはいけないよ!?」
「マリーさん! 目! 目が据わっています!! どうしたんですか!? もしかしてここ、マリーさんのお気に入りのスポットだったんですか?」
二人に宥められた私は、仕方なく手に取っていた弓と矢を背中に戻す。
「ちっ……仕方ないわね。木に縫い留めるのは勘弁してあげるわ」
滝壺の周りに咲き乱れるケシが見下ろせる岩山の上に身を潜めて、私たちは密栽培者が現れるのを待つ。
「日に数回様子を見に来るから、そろそろ現れるはずだ」
ケシの花を見据えたまま、フェリスが私たちに言う。私たちに案内する前に、一度自分で確かめに来たに違いない。
しばらく待っていると、滝壺のある穴の底に一人の背の高い人物が歩いてきた。
どうやらあの滝壺へは、ここから岩肌を伝って降りなくてもたどり着ける道があるらしい。例の人物は、岩陰から唐突に姿を現した。
現れた人物は、長い髪を後ろで一つに束ね、切れ長の目を持つ整った顔立ちをしている。男性とも女性とも見える中性的な雰囲気を持っている人物だ。
髪は濃い紺色で、肌の色は褐色である。それはバーラート人の最もわかりやすい特徴であった。
「なるほど。確かにバーラート人ね。顔立ちは女性に見えるけど、ずいぶん背が高いから男性かもしれないわね」
カリンが小声で呟く。
見たところ、この人物は腰に剣も佩いておらず背中に弓矢も背負っていない。手に持っているのは水やりにでも使うのだろう。小さな桶とひしゃくのみである。
異国の地で密栽培をするような無法者のくせに武器の一つも身に帯びていないようだ。丸腰である。
岩山の上から私たちが覗いていることに全く気付く様子もなく、妖しいほどの綺麗な花をつけているケシを一本一本確認している。
花が散り、実がつき始めている数本を確認すると、懐から小さなナイフを取り出してその実に傷をつけて回る。
そして持参した長いひしゃくと桶を手に取った。桶に滝壺の水を汲み、ひしゃくでケシに水を与え始める。
水やりを終えたその人物は、ひしゃくと桶を持ってもと来た岩肌の向こうへと姿を消した。
「後を尾行る?」
カリンの小声の問いにフェリスが小さく頷く。
この先にこの人物が滞在しているアジトがあるのだろう。フェリスはそこを私たちに見せたいようだ。
密栽培者は、滝がある大岩が小山になったような岩山の隙間からすっと姿を現した。
岩山の隙間から直接滝壺に行けるのだろう。
岩山を抜け出た密栽培者は、岩山の上から様子を伺う我々に全く気づくことなく滝のある大岩よりさらに奥へと歩いてゆく。
ごつごつと地面から突き出た大岩がごろごろ転がっているその先は、ちょうど私の住む管理小屋の奥の大森林のように、緩やかな登りの丘のようになっている。
その丘を、密栽培者は背中で括った長い髪を左右に揺らしつつ登っていく。
私たちは身を潜めていた岩山の頂上を下りた。
そして小川のせせらぎを耳にしながら、遠く前を紺の長髪を揺らしながらさらに上へと昇ってゆく密栽培者の後を、気づかれないよう充分に距離を空けて追った。
フェリスの案内するままに大森林を進むマルガレットたち。
途中で行先に勘づいたマルガレットは俄かに不機嫌になります。
マルガレットの想像した通り、彼女のお小遣い稼ぎのネタになっていた白い花をつける草が全滅していることを知り、犯人のケシの密栽培者に怒りを募らせるマルガレット。
次回、暴れるマルガレットに、フェリスとカリンはどう対応するのか。
乞うご期待です。




