アルメニアン帝国の大森林へ
再びアルメニアン帝国への遠征に出ることを各方面に報告した私は、帰国するムスタファム皇子の一行とともにアルメニアン帝国へと入った。
再び遠征に出るにあたって各方面への報告が必要になる。アカデミーへの説明はすんなり済んだのだが、騎士団への説明をどうしよう……と私は思い悩んだ。
なぜかランスロットとテオブランドは、フェリスを異常に警戒している。
私が「アルメニアン帝国へフェリスの依頼を受けて遠征する」なんて報告しようものなら非常に面倒なことになりそうだ……と頭を抱えていたら、なんとカリンが説明に同行してくれたのだ。
「マリーさんの親にも等しい人の命がかかっているんですよ! 王国の利益や引き抜きの心配など些細なことではないですか」
王女様直々の説得とあってはいかなランスロットたちといえど反論することができず、晴れて私はアルメニアン帝国への遠征の旅に出発できたのである。
……カリンがランスロットたちを説得する言葉を横で聞いていた私は、カリンが私の友達であることにとてつもない幸せと感謝の念を抱いた。カリンは王国の王女としての立場より、私の親友としての立場に立って語ってくれたのだ。
カリンちゃん、ほんとにありがとう。
私たちは「どうせ僕も帰るわけだし、せっかくだから同行するかい?」というフェリスの言葉に甘え、アルメニアン帝国第一皇子様ご帰国の行列に同行させてもらうことにしたのである。もちろん三食寝床付き。つまり旅費がタダである。
前回、カリンと二人で旅をした時は、帝都に着くまでにかなりの時間を要したのだが、今回はすんなりと旅が進む。
第一皇子様の公式な行列に同行させてもらっている身としては、さすがに道端で見つけた珍しい薬草に向かってふらふら寄っていくわけにはいかない。
……せっかく見つけた珍しい薬草を見なかったことにして歩み去るというストレスに耐えかねた私は、何度かフェリスにやっぱり別行動したい旨を打診したのだが、その都度フェリスと、何故かカリンにまでも却下されてしまったのである。
「マリーを別行動にしたら、いつ帝都まで来てくれるんだろうね?」
とフェリス。
「マリーさんを野に放ったらまるで糸の切れた凧なんだからあちこちふらふらするじゃないですか。せっかくマリーさんがおとなしくしていて旅路がかつてなく順調なんだから別行動なんかダメに決まっています」
とカリン。
一言も言い返せなかった私は、肩を落としてとぼとぼと行列についていくのであった……
こうして旅は、私基準で言うと超順調に進み、あっという間に帝都に着いてしまった。
ちなみにフェリスに言わせると、今回の旅程は別に順調でもないらしい……ちょっと道中で、二、三事件があったのでいつもより日数がかかっているそうだ。
二、三の小事件など護衛のアルメニアン帝国の騎士団があっという間に解決していたのだが。
……アルメニアン帝国の皇族は、普段は駆け足で移動でもしているに違いない。
「カリンとマリーには二人で泊まれる部屋を用意するからね」
皇宮についた私たちにフェリスが言う。
カリンが個室じゃなく、私と同部屋ということは、今回カリンはお忍び扱いということである。
国賓の王女様として扱うなら、まさか同行してきた平民と同部屋になどしないはずだからだ。
「あとで部屋に行くよ。今後の予定について話し合わないといけないからね」
フェリスはそう言うと、脇に控えている侍女に目配せをする。フェリスの視線を受けた侍女たちが、音もなく優雅に立ち上がり、すすすすっとこちらへやってきた。
「さあ、こちらへどうぞ。お二人は皇子のお客様です。私共がお世話をさせていただきます」
案内された部屋は、前回皇宮に泊まった時と全く同じ部屋だった。第一皇子の暗殺の企みを未遂で防いだ帝国の恩人としてたくさんの侍女に世話をされ、至れり尽くせりの中逗留した最高級の部屋である。
今回はまだ特に何も帝国に貢献していないのだが、当然のようにこの最高級の部屋に通されてしまった。これではまるで国賓扱いではないか……
……それどころか調度品やら装飾やらはもちろん、私が使うからと部屋に用意してもらった薬草の加工用の器具もそのまんまである。
「前にお泊りいただいた時と寸分違わぬよう維持させていただいておりました。マルガレット様とカリン様には今後とも気兼ねなく我らが皇宮にお立ち寄りになり、ご逗留くださいませ」
……
……
そう言って笑顔で立ち去っていく侍女たちを見送り、私はカリンと無言で顔を見合わせた。
維持をしていたということはとりもなおさずこの部屋が私たち専用の部屋として確保され続けていたということである。アルメニアン帝国の私たちへの優遇ぶりが怖いほどだ。
気がついたら皇宮から出られなくなったりして。ひいぃ……
「マリーさん。今回の目的を達成したら可及的速やかに故郷に帰りますからね。今後はマリーさん一人で絶対にこの国に来てはいけませんよ」
私の両肩をガシリと掴んだカリンに真剣な顔でそう言われた私は、こくこくと頷いたのだった。
侍女の皆さんが用意してくれたお茶を啜って部屋でまったりしていると、フェリスがニコニコ笑顔を張り付けてやってきた。
「やあ、待たせたね。今回の件、また君たちが協力してくれることになって僕はとても嬉しいよ。口では『バーラートは遠いから無理』だの『絶対巻き込まないで』だの言っていたのに結局二人とも僕のことを見捨てられないんだね。やっぱり持つべきものは友だよね」
そう言って胡散臭いほどのキラキラ笑顔を振りまくフェリス。
それを見た私とカリンは顔を見合わせて肩を竦めた。
「フェリス、あなた、本当に幸せ者ね。ストレスとかなさそう」
ため息交じりの呆れ顔でカリンが言う。
「失礼な。こう見えても僕にだって悩みやストレスは尽きないんだよ。それを表に出さないのが皇太子に求められる資質なのさ……さて、本題に入ろう。今回僕が君たちに依頼したいのは、我が国土の西部、バーラート王国との国境付近の大森林の中でこっそりケシの花を栽培している人物の確保とその目的の調査だ」
トルガーロウが語っていたことを思い浮かべた私はフェリスに質問する。
「フェリス、あなたはその人物が国王の部下の『薬師』だと見当をつけているのね?」
フェリスが首肯する。
「そうだ。前にも言った通り、例の大陸の怪しい連中の仕業である可能性もあるのだが、おそらく今回の密栽培人は『薬師』だと見当をつけている。まずは『薬師』を確保して事情を聞き出し、政治の場から追い落とされてもなお阿片を使用した医術改革に注力する国王の狙いを探りたいんだ」
カリンがフェリスを見る。
「大森林内でケシを栽培しているのは一人だと言っていたわね。その者が滞在している場所は調べてあるのよね?」
「もちろんさ。まずは現場を見てもらう。そして次に『薬師』の確保だ。さっそく明日から出かけようと思う。いいね? 二人とも」
フェリスの問いに私たちは頷いた。
「では今夜はしっかり旅の疲れを癒してくれ。明日、さっそく出発だ」
明けて翌日。きらびやかな皇太子の衣装から身軽な巡察使の装いに姿を変えたフェリスに連れられて、私たちはアルメニアン帝国北西部の大森林へと出発した。
帝都から街道を西に進み、途中から北上して大森林を目指す。
アルメニアン帝国には国土を東西に分けるようにしてイリス山脈が聳えているが、国土の北方にも、ちょうどそれより北に拡がる大森林に蓋をするような形でポランメトスという山脈が東西に走っている。
そのため、アルメニアン帝国を旅していると広大な面積の大森林の姿をほとんど見ることがない。帝国の東端と西端でのみ、北部一帯を覆う大きな森林の姿を見ることができる。
そして、その大森林のさらに奥には、我が国と同じように雲を突き抜け天を貫く高さの北嶺山脈が聳え立っている。
北部に横たわり大森林の大半を覆い隠す雄大なポランメトス山脈も、この北嶺山脈の空を突き抜けるような山容を覆い隠すことはできないのである。
そんなポランメトスだが、北部に聳える標高の高い山脈であるので、その頂は夏でも雪に覆われ遠くから眺めると白く輝いて見える。今は初夏に差し掛かるところなのだが、街道から見るポランメトスの山々は頂上から中腹辺りまでいまだ白く雪が残っているようだ。
この山脈は冬に見るとほぼ山全体が白い雪で覆われるのだ。美しいその姿は、各国から観光客が見物に訪れるほどである。
フェリスが言うには夏でも雪が解けない山脈を越えて大森林に入るのはかなり大変なのでこのまま街道を西に進み、バーラート王国との国境付近から北上すれば山脈の端を超えて楽に大森林に入れるそうだ。
かくして私たちは、高く聳えるポランメトスの山々を眺めつつ、バーラート王国へと続く街道を西に進み、途中から北へと続く細い街道へと入ったのである。
帝都を出発して六日、ポランメトス山脈の西端に到達した私たちの目に飛び込んできたのは、木々が鬱蒼と生い茂り、どこまでも続くかのような広大な大森林の姿であった。
「このあたりは北の方でもずいぶんと温かいのね」
フェリスの方を見てカリンが言う。
帝都を出発してから街道に沿ってずっと視界の右側に見えていたポランメトス山脈も、このあたりまで来るともうかなり後ろの方にその姿を見せている。
山脈が途切れ、平地が目立つようになってからは、だんだんと気候がバーラートに近くなる。初夏なのにすでに夏らしい気候である。
昨日あたりから私たちは羽織っていた上着を脱ぎ、半袖で歩いている。
「もうバーラートの国境が近いからね。ポランメトスの山々が遠くなってくると一気に気候が変わってくるのさ」
額にうっすらとにじむ汗を拭いつつ、フェリスが説明する。
先ほど、街道脇に小さな町があった。この町は、私がバーラート王国へ行く際には必ず立ち寄っている町である。
この町にある食堂兼居酒屋は街道筋にあるという立地を生かして、近隣の民が持ち込んでくる仕事の依頼を旅人や賞金稼ぎなどに斡旋しているのである。
私はここで数日逗留しては、近隣の民が依頼する仕事を受けて少なくなってきた路銀を稼いだり、携帯食などの物資を補充したりしてバーラート王国へ入る態勢を整えている。
しかし今回、フェリスはそこへは立ち寄らず直接森までやってきた。ということはこのまま森へ突入するのだろう。
私はフェリスに作戦を聞く。
「このまま一気に森に踏み込んで『薬師』を確保するの?」
フェリスは街道脇の町の方を振り返る。
「先ほど通り過ぎた町があるだろう? あそこを拠点にしつつ、作戦を練ってから行動に移そう。そのためにまずは問題の現場を見てもらおうと思ってね。いったん森へ入るよ」
私とカリンは、了承の印にフェリスに頷いて見せる。
こうして私たちはフェリスに先導されて、木々が生い茂り昼なのに薄暗い森の中へと足を踏み入れたのである。
暑いですね……日中は40℃、夜になっても30℃越え。
クーラーなしでは生きていけません。
ちょっと久しぶりになってしまいましたが更新です。
いよいよ大森林にて調査を開始するマルガレットたち。
次回は大森林内でケシの密栽培人と対決です。




