再びアルメニアン帝国へ
「院長先生。また来るからね! ちゃんと寝てるんだよ……働いたらダメだからね!」
「ふふっ。マリーの世話焼きは相変わらずね……私のことは心配しなくていいから、しっかりお仕事を頑張るのよ、マリー」
私は、院長先生の手を握って挨拶をし、孤児院を後にする。
外までマルテが見送りに来てくれた。
「マリー。あなただけが希望よ。あなたが戻るまで先生のことはしっかりと看るから。でもマリー。危険なことはしちゃだめよ? あなたが帰ってくるのをここで待ってるからね」
そういうとマルテは私を抱きしめてくれた。
マルテの周りには孤児院の小さい子供たちもいる。子供たちは私を見上げると口々に「もういっちゃうの?」とか「また来る?」とか聞いてくる。
私は子供たちの頭を撫でつつ「すぐにまた帰ってくるから、マルテおねえちゃんの言うことを聞いておりこうさんにしているのよ」と笑顔で返す。
「じゃあ、マルテ姉ちゃん。行ってきます。先生や子供たちのこと、お願いね」
こうして私は、トルガーロウとマルコ老とともに急ぎ王都へ戻ったのである。
「殿下には私から話しておこう。シャルロッテ王女殿下にはあなたから話をしておいた方がいい」
王都に帰ってきたところで、トルガーロウがそう申し出てくれた。
「助かります。私平民だからお城の中にいる皇子様に連絡なんてできないから……カリンちゃんには私からちゃんと話すね。……今回は私の故郷についてきてくれてありがとう。二人のおかげで院長先生のこと、希望が持てました。このお礼はいずれ必ずするからね」
私の言葉を聞いた二人は揃って首を横に振った。
「なんの。私はすでにあなたに命を救われた身だ。お礼など必要ない」
「患者を前にしたら看るのが医師の務めじゃ。今回我々がたまたま同行したのもイリスの神々の思し召しじゃろうて。ワシに礼などいいから、また我が街に来て祭壇に祈りを捧げてくれればええ」
こう言うと、二人は王宮へと帰っていった。
私は二人の姿が見えなくなるまでその背中を見送った。
あの二人と知り合えて本当によかったと思う。去り際に二人がかけてくれた言葉に、院長先生の病で掻き乱れていた私の心が少しだけ軽くなった。
私は、王都に帰ってきたその足で騎士団の司令部へと向かうことにした。カリンに連絡を取ってもらうためである。
「こんにちは。団長さんはいますか?」
騎士団司令部の前に来た私は、歩哨の兵士に声をかける。私を見た顔なじみの兵士は明るく笑って応じてくれる。
「マリーさん、最近あまり来ないから団長が若干拗ねていますよ。気をつけてくださいね」
……子供かよ。王都の防衛を一手に担う騎士団の頂点という要職についているのに、ただの街娘である私がちょっと顔を出さないくらいで拗ねるとは何事か。他に気を回すべきことがたくさんあるだろうに……
ニヤニヤ笑っている兵士と顔を見合わせて、私は一つ溜息を落としたのだった。
歩哨の兵士に呼ばれて取次に出てきたやはり顔なじみの騎士に案内されて団長室に入ると、いつものように執務机に座るランスロットと背後に直立不動のテオブランドの姿が目に入る。
ただ一つだけいつもと違う点を挙げるならば、団長ランスロットが一目見てわかるほどに拗ねているということだ。
手を組んで肘をつき、その上に顎を乗せたランスロットは、わかりやすく頬を膨らませていたりする。
可愛らしい女の子がやれば愛らしいものなのだが、いい歳をした社会的地位の高い男がそんなことをしても全然可愛くない。
……と言いたいところだが、外見が麗しいランスロットのこの仕草は、意外に可愛く見えなくもなかったりする。
背後に立つテオブランドと目を合わせた私は、同時にため息を吐いた。
「なんだ二人とも」
私と背後のテオブランドを交互に見遣り、不満そうに言葉を発したランスロットに私たちの声が揃う。
「「なんでもありません」」
私たちの見事に揃った返事を聞いたランスロットがふくれっ面のまま不機嫌そうな声で話し始める。
「まったく。俺たちがあれだけ心配していたってのに、謁見が無事済んだんならちゃんと報告に来い! またお前は何日も顔を出さねえばかりか数日程姿は見ねえし……今度はどこへ行っていたんだ?」
あっ……謁見が無事に済んだって報告するの忘れてた……
私はたらりと冷や汗を頬に伝わせつつ目を逸らして報告する。
「ちょ、ちょっといろいろありまして……」
「こら! 目を逸らすな!! 包み隠さずすべてを吐け!!!」
「実はですね……」
謁見が疲労困憊イベントだった上に、フェリスが連れてきた客人が連日訪問してきたり、フェリス自身がうちにきて仕事の依頼をしてきたり、それを一緒についてきたカリンちゃんが拒否したり、久しぶりに故郷に帰ってたりしていたことをかいつまんで話す。
それを聞いた二人は頭を抱えだした。
「なんですか?」
「なんですかじゃねえぞ! やっぱりお前、アルメニアン帝国の皇子様にロックオンされてるじゃねえか!!」
「えー? そんなことないですって。カリンちゃんが怒ったからちゃんとお仕事はお断りしましたし、皇子様はお断りしたらあっさり引き下がってくれましたよ」
私の言葉を聞いたランスロットは、深い、深い溜息を吐き出した。
「はあああぁぁぁ……この能天気娘め……権謀術数渦巻く権力の中枢である皇宮において、第二皇子を寄せ付けず皇太子の座を守り続ける有能な第一皇子が、あっさり身を引いたからといって本当に諦めているわけがないだろう! 正面から要請して断られた場合、今度は搦手からじわじわと攻められて、能天気なお前が気付いた時には外堀をすっかり埋められて皇子の思い通りに動くしかない、なんてことになっているんだぞ! 気づいた時にはもう遅いんだ!!」
……ランスロット大興奮である。
ランスロットは知らないからなんだろうが、私にはフェリスがそんな腹黒い皇子様にはどうにも見えないのだ。
えー? まさかぁ……という感想しか出てこない。
まあでも、今回はフェリスの思い通りに事が運んでいきそうになっているけど。
私は当初、アルメニアン帝国とバーラート王国のゴタゴタに、しかも阿片が絡むような面倒な厄介事なんかに首を突っ込む気はさらさらなかった。
しかし、院長先生が病気と分かった今、なんとしてもバーラート国王お抱えの医師に院長先生を診てもらわなくてはならない。
そのためにフェリスの望み通り、阿片を栽培しているその医師の協力者と思われる人物の確保と背後関係の調査に協力する気になったのだから。
今回のことは私の都合なんだからフェリスの張り巡らせたワナだということはない。フェリスにとっても想定外のことだろう。
「えー? まさかぁ……じゃないっ! 危機感が足りんぞ!!」
……どうやら声に出してしまっていたようである。いけないいけない。
「それでね、団長さん。今日はお願いがあってきたんだけど」
「話を逸らしたな?」
だって、黙っていたら不機嫌なランスロットにひたすらお説教を食らいそうなのだ。ここはさっさと話題を変えるに限る。
私はランスロットのツッコミには答えずに、さっさと用件を告げる。
「実はカリンちゃんにお話があるので至急会いたいんです。団長さんは王宮に出入りできますよね? 大事な話があるとカリンちゃんに伝えてもらうことはできますか?」
私のお願いにランスロットがスッと目を細める。
「俺にそんなことを頼むってことは……カリンが何者であるかお前は知ったんだな。まあ王宮に呼ばれたわけだからどのみちお前の知るところになるか……わかった。カリンに伝えればいいんだな」
「はい。お願いします」
ランスロットはふっと表情を緩め、私に優しい眼差しを向ける。
基本私に対する扱いがぞんざいなランスロットがそんな目で私を見ることはあまりないのでなんだか落ち着かない。
急にどうしたのかと内心首を傾げる私に構わず、ランスロットは優しげな眼差しのままで私に語りかける。
「ここ数年、カリンが思い悩んでいたのがお前に本当の身分を打ち明けるかということだ。カリンの正体を知ってなおお前が『カリンちゃん』と呼ぶってことは、俺たちの心配をよそに、お前はカリンにとって一番幸せな回答をしたようだな。よくやった。カリンはお前のことが大好きなんだ。これからも変わらず接してやってくれ」
「もちろんですよ。カリンちゃんが『不敬である』と言わない限り、私はカリンちゃんにはアカデミーの先輩かつ一番の親友として接しますよ」
私の答えを聞いたランスロットが満足そうに頷く。
「カリンにはお前の家に行くように言っておこう。ふらふら出歩かず、家で待ってるんだぞ」
「お願いします」
騎士団司令部を出た私は、真っ直ぐ管理小屋へと帰ってきた。
遠征用の火薬や薬などを調合しながらカリンの来訪を待っていると、翌日の午前中にカリンは、フェリスを伴って我が小屋を訪れてくれた。
「……マリーさん。トルガーロウさんたちから聞きましたよ。この国の王女としてはマリーさんには今回の件、関わってほしくありません。でも、マリーさんの育ての親、孤児院長の命がかかっていると聞いてしまった以上、私はマリーさんの親友として止めることはできません……フェリスの思い通りになるのは癪ですがアルメニアン帝国で例の件の調査をしましょう」
小屋に来るなり、胡散臭いほどのにこにこキラキラ笑顔を張り付けたフェリスを睨みつけながら、カリンがそう切り出してくれた。
「カリンちゃん! もしかして一緒に来てくれるの?」
「もちろんですよ! フェリスがマリーさんを危ない目に遭わせないよう、私がしっかり守ります」
ガシッと私の手を握って力強く請け負ってくれるカリン。私たちのやり取りをにこにこして見ていたフェリスが嬉しそうに私たちに語りかける。
「話はまとまったかい? マリー。そしてカリン。僕の依頼を快く引き受けてくれてありがとう。さっそく我がアルメニアン帝国へ出発だ」
こうして私は、再びカリンとともにアルメニアン帝国へと向かうことになったのである。
院長先生のために、フェリスの依頼を受けることにしたマルガレット。事情を聴いたカリンも付いてきてくれるようです。
次回はアルメニアン帝国にてさっそく調査を始めます。




