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久しぶりの故郷

 受けていた依頼を一通り片付けた私は、久しぶりに故郷へ帰省することにした。


 私の薬草園に植えられた珍しい植物目当てで毎日うちに通ってくる植物学者トルガーロウと医師のマルコ老に「帰省するからしばらく留守にする」と告げたところ、それならば私の故郷についてくると言われたので、私は二人を伴って故郷へと向かった。

「マリー殿! あの川向うに生えている白い花の植物は!?」

「そうです! あれの種を採集して保管していたのを畑で栽培しているのです!」

「おおお! なるほど! 水辺を好んで群生するのだな!! 近くに行って観察だ!!!」

「ちょっと戻ると浅瀬があります! 向こうに渡れるわよ!!」

「お前たち! そうあちこちふらふらするでない!! また野宿がしたいのか!!」


 道中、道端に生える薬草を観察しつつのんびり旅をした私たちは、王都を出発して三日目の昼過ぎに我が故郷リュヒタルの街に到着した。


「徒歩で数日の距離だとマリーが言うからそのつもりで準備してきたのに、普通の大人の足なら一日で着けるような距離じゃないか……お前たちは子供か? 目につくもの目につくものいちいち確認せねば気が済まんのか……」


 ……マルコ老が長い長いため息とともに放った呟きは聞こえなかったことにする。


 これといった観光地もない田舎なので、街には宿屋もない。同行者二人には申し訳ないが、孤児院で一泊してもらうつもりである。


 狭い街の一つしかない大通りを孤児院目指して歩いていると、顔見知りの街の住人たちから声がかかる。


「おお! マリーじゃないか! 大きくなったなぁ」

「マリーちゃん! 立派になって! 聞いたよ、王立のアカデミーを首席で卒業したんだってね」

「マリーお姉ちゃーん! おかえりなさい! また孤児院に住むの? もうどこにも行かない?」


 大通りの真ん中で街の人に取り囲まれてしまった。同行しているトルガーロウとマルコ老が目を見開いて私と街の人たちを交互に見て「マリー殿はどこへ行っても人気者だな」などと呟いている。


 狭い街だから、住人全員が知り合いみたいなものだ。

 孤児院に住んでいた私だが、街の人たちは蔑むでもなく、憐れむでもなく、街の一員として孤児院に住む私たちのことを扱ってくれていたのだ。


 しばらくぶりに帰ってみたが、変わらず皆が温かく迎えてくれることに、私は心が温かいもので満たされていく心地がした。

 自然と頬が緩み、笑顔になった私は皆に言葉を返した。


「ただいま、みんな。今帰ってきました」


 大通りに集まってきた街の皆と一通り挨拶を交わし、談笑する。


「ところで首席で卒業なんて誰が言っていたの? 私そんなに成績優秀じゃないよ」


 私の言葉に、大通りに集まった街の皆が顔を見合わせた。


「王都からの噂だとアカデミー始まって以来の才媛だって話で持ちきりだよ。王都に迫った危機を鮮やかに解決して、王宮勤めの偉い文官になったんだろう?」


 ……ちょっと待ってほしい。誰がそんな噂を流したのだろう。私はどこにでもいる普通の女の子である。そんなヒーローめいた活躍なんてした覚えはない。


 これはもしかしなくてもアレだろう……ナッサウ伯爵が立札なんか立てて大々的に宣伝した、あの狼事件の噂がよくない形で尾ひれがついてこの街まで届いてしまったのだろう……


 困ったものである。


「もう。そんな噂、でたらめに決まってるわ。何年も卒業できなくて、やっと今年卒業したんだから! それに貴族ばっかりの息が詰まる王宮の文官なんか私に務まるわけないじゃない」

「そうなのかい? ……王都でお貴族様に仕える文官になったわけじゃないなら帰ってこれるだろう? 街に戻っておいでよ。院長先生もああなっちゃったし、アカデミーを卒業したマリーが帰ってきたら孤児のみんなは安心するだろうし」


 街の人たちはそうだそうだというふうに深刻な顔をして頷き合っている。

 私は街の人たちの言葉に違和感を覚えて質問する。


「ああなっちゃったって……院長先生はどうしたの?」


 私の言葉に驚いた顔で目を見開く街の人たち。


「マリー! 知らなかったのかい!? 私ゃてっきり孤児院から呼び戻されて帰ってきたのかと思ったよ」

「マリー。落ち着いて聞くんだ。院長先生はな、病に罹ってしまいもう長いこと臥せっておられる。孤児院を巣立っていった者が代わる代わる訪れたり、孤児の中でも年長の者が幼い者たちの面倒を見てなんとか孤児院の運営をしている状態だ」


 なんということだ。そんなことになっているなんて全然知らなかった……それならそうと知らせてくれればいいものを。


 でも院長先生は絶対に知らせてこないよね……

 いつも私たち孤児のことばっかり最優先で考えて、自分のことは後回しにするんだから!


 私は気の()くままに孤児院へと急いだ。


 半ば駆け出すように孤児院の前まで来ると、腰まで届く見事なブロンズの髪を後ろで束ねた、グラマラスなかっこいい体をした長身の女性が立っていた。

 私より一年早く孤児院を巣立っていった三つ上の義姉、マルテである。

 マルテは、王都の東方にある街で小さな喫茶店を開いているはずだ。


「マリー! おかえりなさい。よく帰ってきたわね」


 私は挨拶もそこそこに、マルテに詰め寄らんばかりに質問をする。


「マルテ姉ちゃん! 院長先生が臥せっているってほんとなの!?」

「……ほんとよ。先生ったら、巣立っていった私たちの誰にも連絡しないんだもん。私もたまたまうちの喫茶店に顔を出したルークに聞いて慌てて戻ってきたのよ」


 マルテの言葉に、私は深い溜息を吐いた。

 ルークというのは私より十歳年上の、当時は孤児たちのまとめ役のような存在だった一番上の義兄である。

 ルークは旅商人になった。大陸中を移動して商売に精を出している。たまに王都に来ては、私がちゃんとアカデミーで勉強をしているか、見に来てくれたものである。


「先生っていつも自分のことは後回しにしてばっかり……少しは自分のことも気遣ってほしいのに」

「マリー。先生に顔を見せてあげてちょうだい……そちらの方々は?」


 私は二人を振り返ってからマルテに紹介する。


「ああ。こちらは世界的に有名な植物学者のトルガーロウさんと、元アルメニアン帝室侍医のマルコさん。私のお客様よ」

「そうですか。マルガレットの義姉のマルテと申します。いつも義妹がお世話になっております。お聞きの通り、バタバタしておりましてあまりお構いもできませんが、ご容赦ください」


 マルテは、私の義姉として丁寧に二人に挨拶をしてくれた。マルテの挨拶を受けた二人は「こちらこそ大変な時にお邪魔してしまいすまない」と返している。


 私は急ぎ孤児院に入ると院長先生の部屋に直行した。


 先生はベッドに臥せったまま、顔だけこちらに向けて弱々しく微笑んだ。


「あら、マリーじゃない。おかえりなさい。アカデミーの卒業、そして就職おめでとう……せっかく帰って来てくれたのにこんな状態で起き上がれないの……ごめんなさいね……」

「先生! 体の調子がよくないならなんで知らせてくれなかったの!!」


 枕元に駆け寄り、先生の手をぎゅっと握る。もともと細かった腕が、いっそうほっそりしてしまっている。それでも優しげに私を見つめるその顔と、ベッドから起き上がる元気もない弱々しい姿に心がずきりと痛んだ。

 卒業してすぐにでも帰ってこればよかった……


「マリー、よければワシが看てやろう」


 黙って私の後をついてきてくれた連れの二人。マルコ老の申し出に、私はばっと振り向く。


「マルコさん、いいんですか?」

「もちろんじゃ。お前の大切な人なんだろう?」

「……ありがとう。お願いします」


 マルコが私と入れ替わり、先生の横に立つ。脈を取ったり、いくつか質問をして体のあちこちを押さえたりさすったりして痛くはないか聞いている。

 私は後ろに下がって、トルガーロウとマルテと並んでマルコ老の診察を見守っていた。


 しばらく院長先生を診察していたマルコ老は、院長先生にやさしく話しかける。


「休まずに働き続けたので疲れがたまったんじゃろう。これは体が休みたいとストライキを起こしておるのじゃ。疲れが取れるまでゆっくり休みなさい」


 そして私たちを振り返り、部屋を出るように促す。


「先生には休息が必要じゃ。大勢で寝室に押し掛けては体に毒じゃ。さ、出た出た」


 部屋を出るとマルコ老は深刻な顔になり、私とマルテを交互に見る。そして声を潜めてこう言った。


「話ができる部屋はないかの?」


 マルコ老に頷いて、マルテが言う。


「マリーが使っていた部屋が空いているわ。そこなら誰も入ってきません」


 私の部屋、まだ空いてるんだ……

 マルテに先導されて、私たちは、私にとっては懐かしい私がここにいた頃使っていた部屋に向かった。


「マリー。そしてマルテ殿。院長殿だが……難しい病に侵されている気がする。あの病は薬では治らん。あれは外から菌が入って罹る病ではない……自らの体が変質して内側から体が壊れていく病じゃ……この国や我が国の医師では治せないのじゃ……そして、罹ってしまうと自然に治ることはない」


 部屋に入るなりマルコ老が沈痛な面持ちで院長先生の容態を話してくれる。

 マルテが息をのむ音が聞こえた。「そんな……」と呟いている。だが私は、マルコ老の言い様に一筋の希望を見出して訪ねる。


「マルコさん。『この国やアルメニアンの医師では』治せないって言ったわね。ということは……そのほかの国では治療法が確立してるってこと?」

「そうじゃ。バーラートにて王が進めている医学改革。それを一手に引き受けて研究しているあの変態医師なら……」


 ……変態医師?

 ……変態?

 ……うーん。


 そんな大層な医師なら、普通変態などと形容されない気がするが……


「マルコさん、そのお医者さん知ってるの?」

「ワシは直接面識はない。だがトルガーロウは会ったことがあるはずじゃ」


 私とマルテに真剣な目で見つめられたトルガーロウは、若干たじろいで一歩後ろに後ずさる。

 そして頭を搔きつつ、ぼそりと口を開いた。


「ほら、天界樹の森で話しただろう。以前、別の天界樹を見に行った話を。あの時に同行した『医師』と『薬師』の二人こそ、マルコが言っている、国王が直々に指揮している医学改革の実行者だ。常に二人で行動し、とんでもない暴走を始めて周りを振り回す困ったやつらだ」


 なるほど。関わってはいけない二人だ、とトルガーロウは言っていた。マルコ老が変態医師と言うのも納得である。


「マリー殿。院長先生を治したいならば急いだ方がいいぞ。ムスタファム皇子が本格的に解決に乗り出す前にアルメニアン帝国の大森林の中で違法栽培をしている『薬師』を確保しなくてはなるまい」


 えっ?

 私は、思いがけない話を聞いて、思わずトルガーロウを凝視してしまった。そんな私の様子を見ながら、トルガーロウは、私に重々しく告げたのだった。


「皇子もおそらく森の中でケシを栽培してる人物に心当たりがあるのだろう。軍隊を差し向けず、内々で処理するおつもりなのは、犯人がバーラート国王の意を汲んで行動している可能性を考えたからだろう。だからあなたが彼女らを必要とするならば、先日持ち込まれた皇子の依頼を受け協力を仰ぐのが近道だと思うぞ」


 厳しい顔で『関わってはいけません』と言っていたカリンの顔が脳裏をよぎる。

 だがお世話になった院長先生に、私はまだ何も恩返しをしていないのだ。




 私は迷うことなくトルガーロウに言った。


「フェリスに話をします。すぐに王都に戻りましょう」

久しぶりに帰ってきた故郷。

そこでマルガレットは、自分を育ててくれた孤児院長が病に侵されていることを知ります。

院長先生の病を治すべく、カリンが禁じたバーラート王国絡みのごたごたに関わる決意を固めたマルガレット。

次回は王都へ戻り、フェリスとともに例の事件の解決に乗り出します。

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