フェリスの依頼
森の主である大猪と、金の尻尾を持つタヌキとたくさんの鹿たちが立ち去った後。
私は呆然と立ち尽くす同行者二人に声をかける。
「トルガーロウさん、マルコさん。天界樹の見学はもういいですか?」
「あ、ああ。一通り調べたぞ。裂け目もなかったし、幹も高くて登ることができそうにない。中を覗き見ることはできなさそうなので今日は充分だ」
マルコ老は「ワシはこやつのお目付け役だからな」と言っている。つまりトルガーロウが満足したなら二人とも天界樹の見学はもういいということだろう。
「それじゃあ帰りに寄るところがあるから、二人ともちょっと付き合ってください」
私は、フェリスに頼まれた魔香の材料採取のためにある場所に寄ることにする。そこに自生している貴重な薬草を採集するためだ。
秘密の場所に生えている白くてきれいな花をつける薬草を採集して私たちは大森林を後にした。
私が採集している間、トルガーロウがこの薬草に興奮して奇声を発しながらいろいろ調べ始めたり、他に群生地はないかと辺りをうろついたり、なかなか帰ろうとしなかったためマルコ老と二人掛かりで引きずって帰るはめになった。
……なんでも未知の新種かもしれないんだって。
森に入る前、二人は「私の管理小屋に泊まる」などと興奮しながら言っていたが、結局二人とも王宮に戻っていった。管理小屋は狭いし、ベッドが一つしかない。布団を持ち込んで泊まる気満々だったトルガーロウを、病み上がりで遠くまで旅してきているのに床で寝るのはだめだとマルコ老が説教し、渋々王宮から毎日通うことにしたらしい。
私が薬草園で育てている野菜や薬草をよく見学したいそうだ。二人でしばらく毎日王宮から通ってくるらしい。
こうして、日参する二人を迎え、栽培方法や採集してきた場所などの情報交換を行ったり、そろそろ収穫可能になった一部の薬草をアカデミーに納品したり、フェリスとの約束の魔香の材料を加工したりして数日を過ごしていると、ある日、いつもの二人についてくる形でフェリスがうちにやってきた。カリンも一緒である。
「やあマリー。やっと歓迎の行事がひと段落したからね。今日は僕たちもお邪魔するよ」
そう言って軽く片手をあげ、キラキラ笑顔を振りまいているフェリスは相変わらずである。他国の皇子様をこのようなあばら家に上げるのは少々気が引けるが来てしまったものは仕方がない。
私は笑顔でフェリス御一行様を管理小屋へと誘った。
「皆さんお揃いで。お茶を淹れますので席に着いていてくださいね」
今日はカリンちゃんとフェリス、つまりやんごとない二人がいるので、お茶も奮発してバーラート産のハイグロウンティーを淹れる。
ポットに湯を注ぎ、皆の前に置いたカップに淹れてあげる。
そして私も席に着き、フェリスに来意を尋ねた。
「フェリス。私に話があるって言ってたけど、今日はその話かしら?」
「そう。前にも話したとおり、ちょっとした調査に君たちの力を借りたくてね」
フェリスの言葉に首を傾げる。君たちってことは私だけじゃなくカリンちゃんもってことだろうか。
「我が国の西の国境近くの大森林の中で、どうもケシの栽培をしている輩がいるようでね……その栽培者がどうやらバーラート人ではないかと思われるんだよ。ほら、かの国は例の事件で阿片の製造も所持も、栽培も固く禁じられているだろう? 自国で栽培できないバーラート人が、こっそり森の中を通って、我が国の領内で栽培してるっぽいんだよね」
なんと。不法侵入の上、ご禁制の品をこっそり栽培ですと? そんなあからさまな不法行為をしているなら、なにも他国のごく普通の女の子である私たちなんかに頼まずに、自前の騎士団を派遣するなりあの酒好きのバルメロス将軍に命じるなりしてさっさと捕まえて、ケシの花は処分してしまえばいいのではないだろうか。
そう思っていることが私の顔に出ていたようで、フェリスは苦笑を浮かべながら話を続けた。
「軍隊なり騎士団なりを出して取り締まるのが本来なんだけどね。ちょっと外交上の事情があって、今回の件に関してはあまりバーラート王国と大っぴらに事を構えて国際問題に発展させたくないんだよね……ほら、前にも少し話しただろう? あの国、どうも例の怪しい連中の手がかなり入っていて、誰が今実権を握っているのかよくわからないんだ」
フェリスは、私の淹れたお茶を一口飲む。
そして目を瞠って「めちゃくちゃ上等な茶葉じゃないか」と小さく呟いて私をキラキラしい目で見る。
ニヤリとする私にクスリと小さく笑いをこぼしてからフェリスは先を続ける。
「と、いうわけで僕がいつものように巡察使として内々に調査に乗り出すつもりなんだが、事は阿片の密栽培だからね。僕一人ではちょっと大変だから君たちに調査を手伝ってほしいなと思ってね」
フェリスはそう言うと、困ったような顔で私たちを見た。
うーん……バーラート王国民がアルメニアン領内でこっそりケシの栽培ねぇ。
そんなものを調査するなんて絶対厄介事じゃない……
などと考えて顔を顰めていると、ため息混じりでカリンがフェリスに質問を始める。
「勝手に他領内でケシの栽培をするような不届き者なんて、軍隊出してさっさと取り締まればいいじゃない。国際問題って言うけど今回の場合、こちらには全く落ち度がないんでしょう?」
カリンの質問に対し、フェリスはなぜか瞳を輝かせて返事をする。よくぞ聞いてくれました。とその顔にははっきりと書かれていて、それを見たカリンがこっそり嫌そうな顔をしてこちらを見た。
うん。カリンちゃん。私も嫌な予感がするよ……
「いかにもな悪人面の男たちが、見張りなど立てつつ大々的に栽培なんてしていたら僕も躊躇わないさ。だけどね、どうもこそこそ栽培しているのは一人みたいなんだ。何か事情があるっぽいんだよね。前に話したじゃない。阿片を医療に積極利用するために栽培、研究を推奨していたのは国王だと」
あれは確かアルメニアン帝国の首都の居酒屋にてバルメロス将軍と共にいた時に聞いた話だ。
阿片の医療利用により、より高度な医療を普及させようと国王は考え、阿片の常習性を危惧する王弟が反対していたと。
そして、バーラート王国の南部の港町で起きた阿片騒動のために、かの国では阿片の使用、製造の一切が禁止になったと。
フェリスが話してくれたのは、そんな内容だった。
「阿片事件以来、国王が表に出てこなくなり、かの国の対外政策ががらりと変わったことから考えて、国王は阿片の件で実権を失ったっぽいんだよね。それで現在は王弟が実権を握っているようなんだが……王弟は阿片否定派だ。だから、王国の密命で我が領に侵入して阿片を栽培するというのは考えにくいんだよ。じゃあ、誰が我が領内で密栽培をしているのか。自国で栽培ができなくなった国王が、もしまだ阿片の医療利用を諦めていないとしたら……」
フェリスは、国政に対する実権を失ってもなお、実権を失う原因になった阿片の栽培を国王が諦めていないと見ているようだ。
「国王派かもしれないとフェリスは考えているのね?」
「その通り」
「バーラート国王は、国政の頂点から退いてまでなんでそんなに阿片に固執しているのかしら」
「それを知りたいと僕は思っているんだよね」
フェリスはお茶を一口飲んでから続きを話す。
「ただし、王宮に食い込んで王弟を操っているかもしれない例の大陸の連中は、阿片を使うことを躊躇しないと思うんだ。王弟の目の届かないところで阿片を調達するためにこっそり我が国で密栽培をしている可能性もある。だから今回の件は慎重に調査を進めたいんだ」
なるほど。フェリスがなぜ内々で調査をしたいのか、わかってきた。
「つまり、今回密栽培をしているのが悪事に使うつもりの例の大陸の連中の手の者なのか、それとも実権を失った国王派が阿片を手に入れるためにやっているのかを調べたいってこと?」
「そういうこと」
私の問いに頷いて返すフェリス。
「なるほどね。国王が王弟の目を盗んでこっそりやっていた場合、おおっぴらに取り締まっちゃったらバーラート王国内で微妙な立場になっている国王をさらに追い詰めることになりかねない。だからこっそり調査をするわけね。てことは、フェリスは国王にこっそり手を貸したいの?」
わざわざ少人数でこっそり調査するのだ。主に相手が国王派だった場合にどうするのだろうと思って聞くと、フェリスは声を潜めて言う。
「まあそれは、国王が実際には何が目的かを知ってから判断することになるけど……現在の王弟を中心にしたバーラートの政治体制は危うい。僕はぜひとも国政の表舞台から姿を消した国王に繋ぎを取って、かの国が現在置かれている状況を把握したいんだ。そしてできれば、国王が再び政治の実権を握る手助けをしたいと思っている」
フェリスの考えを聞いたカリンの表情が険しくなる。
「フェリス。それは下手したら内政干渉よ。外交問題になって、最悪バーラートに兵を挙げる口実を与えることになりかねないわ。私は一国の王女としてそんな危険なことには加担できないし、大事な私のマリーさんをそんな危険な調査に同行させるわけにはいきません」
カリンはフェリスだけでなく、私の方も見てはっきりと言った。
「フェリス、今回は諦めてちょうだい。マリーさんも、今回の件には絶対に関わってはいけません。いいですね?」
カリンの表情がいつになく真剣だ。私はそんなカリンの迫力に押されて「わかったわ」と返事をした。
フェリスも、カリンが反対することは想定していたようで、あっさりと引き下がった。
「そう言うと思ったから今日は話だけだ。でもカリン、事はいずれ我が国とバーラートの間だけの問題ではなくなると思う。奴らの魔の手はこの大陸中に伸びていると思った方がいい。手を打つなら早い方がいいに決まっている。だからカリン、そしてマリー。今回は諦めるが気が変わったならどうか僕の手助けをしてほしい。頼むよ」
私としては、フェリスが困っているんだったら密栽培人の調査くらいは手伝ってあげてもいいのだが、カリンにくぎを刺されたし、そうしょっちゅうアルメニアン帝国の西側まで遠征してもいられない。
フェリスには悪いが、今回は一人で頑張ってもらうしかないようだ。
あっさり引き下がったフェリスは、荷物から何やら取り出して机の上に置く。瓶が二つと小さい袋である。
「マリー。君にもう一つ依頼だ。ご注文のゴールデンベヒンガの木酢液とチャドクガの体液、こっちはチリの実だよ。これがあれば例の魔香ができるんだろう? よろしく頼むよ」
獣除けの魔香のための貴重な素材を、約束通りフェリスは揃えてくれたようだ。これで魔香が作成できる。私はフェリスに笑顔を向ける。
「一日あればできるから明日にでも取りに来てね」
「いやあ、助かるよ」
こうしてフェリスは、キラキラ笑顔を振りまいてカリンとともに王宮へ戻っていった。
私は夜のうちに獣除けの魔香を調合したのであった。
フェリスが持ってきた依頼はなかなかの厄介事でした。
カリンの剣幕もあって、お断りしたマルガレット。
次回は久しぶりに故郷の孤児院に顔を出します。




