フェリス、新たな依頼を持ち込む
名前の表現がややこしいかもしれないので……
フェリス=ムスタファム皇子
カリン=シャルロッテ王女
です。
マルガレットの一人称でお話は進んでいきますが、今回地の文ではムスタファム皇子とシャルロッテ王女。マルガレットの心の声の文ではフェリスとカリンちゃん。
と表記されています。
以上のことを念頭に置いて読み進めていただければ幸いです。
「アルメニアン帝国第一皇子ムスタファムが国王陛下、皇后陛下にご挨拶申し上げます。度々の訪問となってしまいましたが、前回と変わらぬ手厚く温かな歓待、ムスタファムは感激のあまり言葉もございません」
謁見の間にて国王陛下の前に進み出たムスタファム皇子が口上を述べる。
まったくフェリスってば他国に来て、その国で一番偉い国王を相手にしてもああいうペラッペラな物言いをするのね……
私がもし国王だったなら、苦笑いの一つもしたであろう。
「こたびは我が帝国の危機に際し、貴国の第一王女たるシャルロッテ殿に多大なる協力をいただきましたこと、帝国を代表し感謝いたします。我が国、ひいてはこの大陸全体に及びかねない一連の脅威を、我が国と力を合わせて積極的に取り除こうと力を貸してくださったこと、シャルロッテ殿の大陸の平和を願う強い志に私は心を打たれました。シャルロッテ殿、此度の貴殿の協力、私個人としてはもちろん、我が国として最大限の感謝を表します。ぜひ今後とも、我が国と手を取り合って引き続きこの大陸に影を落としている脅威に対処しましょう」
玉座に座る国王陛下、皇后陛下がムスタファム皇子の言葉に頷く。
私は謁見の間に並ぶお城の役人たちの列にちょこんと混ざっている感じで部屋の隅に立っているのだが……
カリンちゃ……いや、シャルロッテ王女はムスタファムの言い回しに呆れ顔を隠そうともしていない。
両陛下も真面目な顔をして頷いているが、国王陛下は口元が、皇后陛下は鼻がぴくぴく動いており、笑いたいのを必死に堪えているようにしか見えない。
フェリス。あなたもうちょっと真面目にやりなさいよね。
私は列の端っこでこっそり呆れの溜息を吐いたのだった。
しかし、ムスタファム皇子の大仰な物言いは、シャルロッテ王女からなんと私に飛び火してきたのである。
「そして今回、シャルロッテ殿とともに我が国の危機に立ち向かってくれた貴国の民、アカデミー所属のマルガレットにも最大限の感謝を表します。彼女は、その太陽のような輝きをもって私を照らし、シャルロッテ殿とともに私の命を救ってくれたのです。私の命の危機はすなわち帝国の危機。このお二人の働きに、私は帝国を代表して感謝を申し上げます」
ムスタファム皇子の言葉を受けて、謁見の間にいるすべての人が一斉に私を振り返った。
ひえっ!
私はその迫力に恐怖を覚え、ビクッと体を震わせかける。しかし、アマンダに叩き込まれた礼儀作法を思い出し、優雅に背筋を伸ばして立ち続けたのだった。
でも内心は滝のような冷や汗ものである。
この場にいる中では一番身分が低いであろう私は、一番身分が高い国王陛下から許しがない限り、ムスタファム皇子の讃辞に直接言葉をもって答えるべきではない。
というわけでアマンダの特訓の成果を発揮し、優雅に笑みつつ背筋を伸ばしてまっすぐ立っていることにした。
内心滝のような冷や汗の私に、ムスタファムは言葉をかけてくる。
「マルガレット。此度はよく我が帝国のために働いてくれた。帝国を代表し、厚くお礼を述べよう。……ね、僕の太陽ちゃん」
ムスタファムの言葉に謁見の間がざわっとする。
ひいぃーやめろー! やめてくれー!!
なんてことを言うのかフェリスは。なにが『君には上の方から偉そうに『大儀である』とかしか言えないからさ』だ! 今朝言ってたことと全然違うじゃない!!
なおもざわざわする謁見の間。そこに居並ぶ国の中枢を担うお偉いさま方の視線を一身に浴びた私は、今度こそ心の中でではなく盛大に冷や汗を吹きだしながら引きつった笑いを浮かべるのだった。
ふと見ると国王夫妻は顔を逸らし肩を震わせているし、カリンちゃんはというと周りの空気が凍り付くような、彫像のような冷ややかな微笑みを顔に張り付けている。
いかん……あれは最大限怒り狂っている顔ではないか……
フェリスは『言ってやったぜ』というような顔をして、こちらをニコニコしながら見ているし。
……こらっ! ウインクを飛ばさないっ!!
ああ……一刻も早くこの場から立ち去りたい。なんなら気を失って強制退出でもしようかしら……
笑いを堪える国王夫妻、絶対零度の一切目が笑っていない微笑みでムスタファム皇子の顔を穴が開くほど睨みつけているシャルロッテ王女、そして、シャルロッテの視線をものともせず、帝国からのお礼の品として、シャルロッテ王女に渡す品々を爽やかな笑顔で読み上げるムスタファム。
地獄のような謁見の時間を、私は引きつり笑顔を貼り付けてひたすら耐え抜いたのであった。
「ちょっとフェリス! なによあれ!? マリーさんは私のものだって何回言ったらわかるのよ! いい?マリーさんは私のもの!! あなたの太陽じゃないのよ!」
「僕だってマリーと一緒に大きな仕事をしたんだ。マリーのことをそばに置きたいと思っているのは君だけじゃないんだよ。あれだけの能力を見せつけられたら、為政者としては黙って見逃せないよ! 君の国が彼女を平民のままにしておくというなら、僕が帝国で彼女を貴族にする!」
謁見が終わった後。
部屋に戻り、ぐったりと椅子に座り机に突っ伏していると、カリンとフェリスが大声で言い合いをしながら部屋にやってきた。
いやいや、あなたたちはこの後晩餐会とかあるんじゃなかったっけ。なんで二人して私の部屋に来るのよ……
「マリーさん! フェリスのバカに『迷惑!』とはっきり言ってやってください!!!」
「マリー。僕なら君を貴族にして、僕の側近として大事にするよ! だから帝国に来る気はないかい?」
……入ってくるなり興奮して私に詰め寄る二人。
ちょっともう、ほんとに勘弁して。
「私はアカデミーの職員だから……帝国には行けませんよ。それに私は田舎育ちのド平民だもん。貴族なんて肩が凝る肩書、私には似合わないわ」
「マリー、そんなことないって!」
「フェリス! マリーさんに近寄らないで!!」
疲れて机に突っ伏している私の前に座り、なおもぎゃあぎゃあ言い合いを続けるカリンとフェリス。
喧嘩するほど仲がいいとは言うが……私にとっては雲の上の存在であるあずの王女様と隣国の第一皇子様の実際の姿がこうも人間臭いとは。
二人の肩書を知ったのは知り合った後なのだが、やんごとない人たちも、実際は私たちと同じ人間なんだとしみじみと実感するのだった。
「もー、二人とも。この後歓迎の晩餐会とかじゃなかったの? それが二人して私のところに来ていていいの?」
私のため息交じりの問いに我に返る二人。
一応、謁見の場にてカリンと私への、アルメニアン帝国としての正式な礼は終わった。
国賓として来たフェリスは、この後、王室を挙げて歓迎の晩餐会やら、民衆へのパレードやらいろいろ行事が詰め込まれているはずである。
この後の行事に、平民であり王宮関係者でもない私は当然招待されておらず、この部屋にて謁見に臨むために借りた衣装の返却をして、私は王宮をお暇することになっているのだが……
衣装を脱ぐのをアマンダに手伝ってもらい、いつもの服に着替えた私は、アマンダからねぎらいの言葉とともに入れてもらったお茶をいただき、一息吐きつつあの疲れる謁見で負った心のダメージを机に突っ伏して回復していたところなのだ。
「そ、そうだった! マリーがこの後王宮に留まらないと聞いて慌てて会いに来たんだよ。僕は数日は身動きが取れないからね。今朝も少し話したと思うが、君にお仕事の依頼を持ってきた。ほら、以前君は『困っている人たちの助けになるならできることはするつもり』って言ってくれたじゃないか。ちょっと我が国の西部で妙な事件が起こってね。その調査を手伝ってほしいんだ」
なんと。フェリスはお礼だけではなく仕事まで持ってきたようだ。
……しかし私は、つい先日まで長期不在にしていたばかりである。またもや遠征に出るというのは少々まずい気がするのだが……
「うーん。それって今すぐ? 遠征から帰ったばかりだからしばらくは私、そんなに長く薬草園を留守にできないよ?」
私の答えに少し考える仕草をするフェリス。
「困ったな。まあ引き受けるかは別にして、とにかく話だけでも聞いてくれないか? 公式行事がひと段落したら、君の家を訪ねよう。僕とカリンはしばらく忙しいからね。そこでもう一つお願いだ。今回、僕は君たちに恩を感じている人物を連れてきた。その者が君の家を訪ねると思うから会ってやってほしいな」
はて。私たちに恩? 誰だろう。
「いいけど……誰を連れてきているの?」
「それは会ってからのお楽しみだ。明日にでもその者に君の家を訪ねるよう、言っておこう」
「フェリス! そろそろ戻らないと! 晩餐会始まっちゃうわよ!」
こうして、言いたいことを言い終わったフェリスはさわやかな笑顔を貼りつけつつ、カリンに引きずられながら部屋を出て行った。
どうやらフェリスが国から客を連れてきたようである。厄介事じゃないといいけど……
私はアマンダの淹れてくれたお茶を啜りつつ、部屋を出るフェリスたちをぼんやりと見送ったのだった。
フェリス謁見の間で親しげな態度を取ったため、マルガレットはまたまた王宮のお偉いさんたちに一目置かれてしまいました。
「彼女はアルメニアン帝国で何をしてきたのだろう?」
しばらく王宮ではその話題で持ちきりになりましたが、マルガレットは知る由もなく……
次回はある人物たちがマルガレットを訪ねて管理小屋にやってきます。




