フェリス、王都に来る
騎士団の司令部から帰ると、小屋の前に私を待っている人がいた。
「もー、どこ行ってたんですかマリーさん」
なんと玄関の前でカリンが退屈そうに座っているではないか。
「いらっしゃいカリンちゃん、どうしたの? あ、もしかして王宮からの呼び出しの話かしら」
私の言葉に頷き返すカリン。
「そうです。マリーさんが知ってるってことは団長さんから?」
「そうよー。さっき呼び出されて騎士団で聞いてきたところ。帝国に狙われるから仮病使って呼び出しを断れってうるさくて……」
「あはは。団長さん、マリーさんのこと超心配してますからね。でも心配しなくても、どうせ来るのはフェリスだし、私がしっかり守りますから大丈夫なんですけどね」
そう言ってにっこり笑って立ち上がるカリン。
カリンちゃんが男前だ! 惚れてしまうぜ!
「呼び出しは明後日って聞いたけど、当日はランスロットに王宮に連れて行って貰えばいいのかな?」
私は扉を開け、カリンちゃんを中に誘いつつ聞く。「お邪魔します」と言い、部屋に入ってきたカリンが首を横に振る。
「いいえ。マリーさんは今から私と王宮まで来てもらいます。国賓を迎えるのですからマリーさんをピカピカに磨き上げないといけませんからね」
ええー……めんどくさい……
「マリーさん、めんどくさいと思ってますね?」
ぎくり。
「ダメですよマリーさん。今回は国賓のムスタファム皇子との対面なんですから。身だしなみから謁見の際の礼儀作法まで、一日でみっちり叩き込みますからね。しっかり覚えてください」
うげー。みっちりじゃなくてまったりがいいなぁ……
礼儀作法とかをみっちり詰め込まれるとか地獄じゃないの……自慢ではないが私はバリバリの田舎者でしかも孤児だ。そんなものに詳しいはずもなく、また一切得意でもない。
なんとかみっちりではなくまったりにならないだろうか。
「ほら、そんな嫌そうな顔しないでください。私がずっとついてサポートしますから。さ、時間がありません。すぐ支度してください」
こうして私は、キビキビと有無を言わさず指示を飛ばすカリンによって嫌々王宮へと連行されたのだった。
初めて入る王宮は煌びやかだった。アルメニアン帝国の皇宮もエキゾチックな豪華さだったが、我が国の王宮は無駄な装飾がない分、すっきりとした上品さを醸し出していた。
回廊から各部屋に至るまで見事に磨き上げられた大理石が白く光り輝いている。
そして真っ白な床のその上には青を基調とした、ところどころに金の装飾が施されている高級そうな絨毯が敷かれ、綺麗に磨かれたガラスがはめ込まれた人の背丈ほどはありそうな大きな窓には、同じく青を基調とし金の縁取りが縫い付けられたカーテンが揺れている。
白と青の統一された落ち着いた雰囲気が王宮の威厳を見事に表しており、金の装飾が煌びやかさを加えている。
そして要所に飾られた生花や大きな盆栽がとても美しい。
そんな中を私の手を引きながら歩くカリンの姿は王宮の雰囲気に自然と馴染んでおり、片や手を引かれてキョロキョロと周りを見回しながら歩く私は完全に浮いている気がしてならない。
カリンちゃんの実家、めっちゃすごい。私こんなところ場違いだって。
「ふふっ、マリーさん、そんなに緊張しなくてもこの辺りは主に私の私生活の場なので偉そうな貴族や役人たちはいませんよ」
そう言いながらカリンは、ある部屋の前に立つ。
そして扉をそっと押し開けると、中には跪いて待機する年配の淑女がいた。
「シャルロッテ様。お待ちしておりました。……そちらが噂のマルガレットさんですか?」
淑女の目が鋭くキラリと光る。ひいい……
う、噂って……
ひいい私なんてどこにでもいる一平民です王宮内で噂なんてしないでください……
私は心の中で怯えながらカリンちゃんの手をぎゅっと握る。
私の方を一度見たカリンは、私にニコリと笑いかけ、淑女に向き直る。
「そうです。私の親友で、アカデミーの先輩のマルガレット様です。アマンダ。一日しかありませんが、大事な私の親友のマリーさんが謁見の間で恥ずかしい思いをしないよう、立ち居振る舞いをしっかり教えてあげてくださいませ。私もここにいてフォローしますから、頑張ってくださいね。マリーさん」
「うっ……はい」
こうして私は、鋭く光る目つきの年配の淑女、アマンダに、歩き方から座り方、跪き方に至るまでめちゃめちゃ厳しく指導を受けた。
街で流行りの、平民が王妃になるという人気のサクセスストーリーの小説によく出てくる、頭の上に本を積まれて落とさないように歩くなどといった定番のトレーニングとかもしっかりやらされる羽目になり、夕方にはぐったりと疲れきった私は、床に倒れ込んだのであった。
「まあマルガレットさん。そのように床に寝転がってはなりません。お行儀が悪いですよ!」
すかさずアマンダから鋭い叱責が飛ぶ。
ううっ……一日頑張って疲れたんだから、みっちりタイムが終わった今くらい勘弁してほしい……
そんな私にカリンが優しく語りかける。
「よく頑張りましたねマリーさん。前から思ってましたけど、マリーさんって田舎者の孤児だって自分で言いますけど、割とマナーとか立ち居振る舞いできてますよね。以前誰かに教わったんですか?」
「一応孤児院の院長先生に一通り躾けられたけど……でも所詮田舎者なんだから王宮で謁見に参加するのは無理だよぅ」
床に寝転がりながら弱音を吐いてみたが、カリンはいいえと首を振った。
「マリーさん。本来こういった立ち居振る舞いは一日で詰め込んでもできるものじゃないんです。でもマリーさん、しっかり覚えたじゃないですか。これって元々素養が備わっているからできるんですよ」
「……そうなのかしら。それなら院長先生に感謝しなきゃね」
そしてにっこり笑ったカリンは私を立ち上がらせると、楽しそうにこう告げたのだった。
「さ、立ち居振る舞いは身に着けてもらえたので、次はお楽しみ、マリーさん自身を磨き上げましょう。さあ、アマンダ。マリーさんをお風呂に入れてしっかり磨き上げてきてください」
「畏まりました。ささ、マルガレットさん、こちらへ」
鋭い視線が標準装備かと思われたアマンダが、途端に柔らかい雰囲気になる。近寄り難い厳しさがフッと消え、親しみやすい柔和な表情にがらりと変わったアマンダは、私の手を取ると部屋を出て浴室へと案内してくれた。
「マルガレットさん。よく頑張りましたね。姫様が仰る通り一通り基礎は身についていらっしゃるので私はびっくりしましたよ。それに飲み込みも早くて、教え甲斐がありましたわ。マルガレットさんは本当に平民でいらっしゃるの? どこかの貴族の御落胤ではなくて?」
そんなわけあるかーい! でもなんか私、天界人とやららしいけど、あれって貴族と違うわよね……
「と、とんでもない。私はバッチリ平民ですよ。でも院長先生はもしかしたら……平民ではないのかもしれませんね。勉強も先生に教わったのでアカデミーに来てもそんなに苦労しなくて済みましたし」
アマンダがこちらを振り返る。どうやら私をちゃんと躾けた院長先生に興味があるようだ。
「礼儀作法にも学問にも通じていらっしゃるなんて。その孤児院長様のお名前を伺っても?」
「ヴィルヘルミーネ先生です」
先生の名前を告げると、アマンダが驚いた表情をする。もしかして先生のことを知っているのだろうか。
「ヴィルヘルミーネ様ですって!? まあ! お懐かしいお名前!! 王宮にて文官としてお勤めのさる男爵家ご令嬢でいらしたのですが、男爵様がお亡くなりになってから王宮務めを辞され、お屋敷にお下がりになられたはず。なるほど、その後街に出て孤児院を経営されていらっしゃったのですね」
ほぇー……そうだったんだ。なんとなく立ち居振る舞いがしゃんとしていたから、子供ながらにどこかのお金持ちの出身なのかもしれないとは想像していたが。
ほんとにお貴族様だったのね……
なんか孤児院なのにちゃんとそれなりの食事が三食出ていたし、学問を教わっていた部屋には天井に届くほどの本棚にびっしり本があった。
きっと先生が私たちのために、私財を投げ打って用意してくれたのだろう。
思いがけず王宮で先生の話を聞いた私は、無性に先生に会いたくなってきた。
フェリスとの謁見が終わったら久しぶりに孤児院に行こう。
私は心にそう決めてアマンダに手を引かれながらお風呂へと向かったのである。
そして王宮のお風呂はというと……
とんでもなくものすごかったとだけ言っておこう……
私はお風呂でアマンダにピッカピカに磨き上げられ、再び部屋に戻る。待ち構えていたカリンが腕を組んでうんうんと頷いていたので、どうやらカリンちゃんの望むレベルに達したようである。
私はそっと安堵のため息を落とした。やれやれ長い一日だったわ。
今日はここで解散なのかと思ったが、カリンが部屋を用意してくれていた。どうやら王宮にお泊りのようである。
用意された部屋はやたら天井が高く、ベッドは何回寝返りを打とうとも転がり落ちる心配のない大きさで、横たわると体が沈み込むほどふかふかだった……もちろん天蓋付き……
なんとなく落ち着かなさを感じつつも、アマンダにしごかれて疲れていた私はあっさり眠りに落ちたのだった。
明けて翌日。
誰かが私の肩を揺さぶっている。
だが、昨日の疲れが残っている私は、少しでも長くベッドの中にいたいのだ。
まったく誰だよ肩を揺さぶるのは。もう少し眠らせてほしい。昨日は王宮で慣れないことを詰め込まれて疲れているんだってば……王宮……王宮!?
ガバッと起き上がれば、肩を揺さぶり私を起こしていたのはカリンだった。そうだった、昨夜は王宮に泊まったのだった。
「カリンちゃんおはよう。こんな朝早くからどうしたの?」
「おはようございます、マリーさん。それが……」
そう言って顔を顰めつつ後ろを向くカリン。よく見るとカリンの後ろにもう一人誰かがいる。
その誰かがカリンの隣に並び、ベッドに半身を起こした私の顔をのぞき込んだ。
「やあおはようマリー。久しぶりだね。会いたかったよ、僕の太陽」
朝からスースーするくらいの爽やかな空気をまき散らし、キラキラ笑顔で私のことを太陽と呼ぶ男、フェリスがそこにいた。
誰が僕の太陽だっ!!
「ちょっとフェリス! 何朝から寝起きのレディの部屋に押し掛けてるのよ! それにあなた今回は国賓なんでしょう? あなたのために礼儀作法からみっちり昨日しごかれたっていうのに、何普通の顔して朝から私が寝ている部屋にいるのよ!?」
「いやー、だって。謁見の間では君に気安く話しかけられないじゃない。一応僕は帝国の代表だし、礼を述べる相手もこの国の王女様とその王室が対象になるからね。君には上の方から偉そうに『大儀である』とかしか言えないからさ。あとで君に会いに行けるけど、一秒でも早く君といつも通りのお喋りがしたかったのさ。だからそう怒らないでおくれよ」
まだ眠いところをたたき起こされたのと、いくら気安いフェリスとはいえ朝から寝室に押し掛けられて寝起きの顔を見られた苛立ちを思わずぶつけてしまう。
だが相変わらずフェリスは全く動じることなくいつものキラキラ笑顔で私に話しかけ続けるのだった。
「まあ、変わってなくて何よりだ。僕は君のその気安い応対が何より嬉しいよ。謁見の際は君にあまり構えないからね。でもこれは立場上仕方ないことで僕の本意じゃないことをあらかじめ言っておくよ。そして後で時間を取ってほしい。改めて君にお願い事があるんだ」
そう言ってフェリスはにっこりと微笑んだのだった。
フェリスがやってきました。
謁見の間で遠くから会うのだろうと思っていたマルガレットは寝室に押し掛けてきたフェリスにびっくりです。
どうやらフェリスは気安くマルガレットとお喋りがしたかったようですね。
次回はフェリスが新たな火種をマルガレットたちに持ちかけてきて、カリンがカンカンに怒ります。




