幼顔の魔女、ひっくり返る
品質が良すぎても却ってよくない。
そんな言葉が頭を過る。つい先ほど、私が身をもって体験した教訓である。
この先に起こり得ることを想像し、私はため息を吐きながら管理小屋へと戻っていく。
幼顔の魔女のところに顔を出すためには、管理小屋に戻り真っ黒の外套を取ってこなければならない。素顔で出入りしていいところではないからだ。
というわけで私は、約二か月ぶりに管理小屋へと帰還を果たしたのである。
管理小屋の扉をくぐる前に、柵の外の薬草園を見る。二か月前に私が植えていった種は、ちゃんと芽吹いて青々とした葉を茂らせている。畑中に張り巡らされた細い木製の樋からは、奥の森の小川から引いた水がしっかり供給されているようだ。
私は自分が作っていったギミックがちゃんと作動していることを確認し、にんまりと笑った。
これは小川から引いた水が大きな木桶に流れ込み、一定の重量になると桶が傾いて木の樋に水が流れ出る仕組みである。
大森林に流れる小川の水の使用許可を森の主である大猪から貰ったので、ちょっと森に分け入った先に仕掛けの先端が作ってある。高低差がある程度ないと作動しないので森の奥まで分け入って作ったのだ。
一日に二回桶が傾くように、流れ込む水の量の調整を行ってある。
垂れ流しにすると水浸しになって根腐れするからね。一日二回だけ水が流れるようにするのがポイントなのである。
これは売れそうだから今度農家に営業に行ってこよう。
青々と茂る薬草たちを見て、よしよしと頷いていると、畑の間からひょこっと顔を出すものがあった。
金の尻尾を持つタヌキである。
久しぶりにタヌキを見て、私は大森林に隣接する我が家に帰ってきた実感を噛みしめる。タヌキは相変わらず元気そうで何よりだ。
タヌキは我が畑で何をしていたのであろうか……
そう思ってタヌキを見つめると、タヌキもこちらを見る。その顔は私にこう語りかけている気がした。
『あ、おかえりなさい。随分長いこと、どこに行ってらっしゃったのですかね。ところでタヌキの好物の芋をちゃんと植えて下さりありがとうございます。お留守の間、芋の周りを念入りに手入れしておいたのでお裾分けをお忘れなく』
タヌキは再び畑の方へ戻っていく。
『たまにはリンゴが食べたいです』
そんな言葉を私の頭に響かせながら……
どうやら私の留守中に、作物の周りに生える雑草をほじくり返すなどして畑の手入れをしてくれていたようだ。なんか二か月もほったらかしにしていた割にあまり雑草が生えていないのでゼロス教授が整備してくれていたのかと思ったが、タヌキが働いてくれていたようだ。
芋を植えておいてよかった。私はしみじみそう思ったのであった。今度ご褒美にあのリンゴを採りに行ってあげよう。
小屋の鍵を開け、中に入る。
二か月ぶりの管理小屋は、特に埃っぽくもなく留守にする前とあまり変わらなかった。これはもしかするとゼロス教授がたまにきて部屋の換気をしてくれていたのかもしれない。
私は薬草の保管棚にフェリスから貰った最高級の黒胡椒を置き、茶葉の保管棚には、アルメニアン帝室御用達のリゼの茶葉を大事にしまう。
あとで淹れてみよう。どんな味わいなのか、楽しみである。
そしてカバンの底に入れてある、大事に包み紙にくるんでおいた七色に輝くトリカブトを取り出す。神様が下さったのは二束である。
一束は私が貰うことにして、薬草棚の奥の方に再び紙に包んで大事にしまう。もう一束をカバンに入れ、外套を羽織りフードを目深に被って顔を隠す。
そうして私は、幼顔の魔女のところに行くべく小屋を出た。
コンコン。
細い路地を曲がった先にある、怪しげな佇まいの粗末な建物の前に立ち、その扉を叩く。
「おや? マルガレット。帰ってきたんだね。思ったより早かったじゃないか」
少しだけ開いた扉からフードを目深にかぶった女性が顔を出した。幼顔の魔女である。
「私は一か月で帰ってくるって言ったのにもう二か月経っているわ。なのになんで皆『早かったじゃないか』と言うのかしら?」
「自分の胸に手を当てて考えてごらんよ。長旅お疲れさん。さあ、入っておくれ」
わざとらしく頬を膨らませて見せた私に、肩を竦めながら呆れの混じった声で返事をする幼顔の魔女。
彼女に促され、私はさっと扉をくぐる。
私が部屋に入ると、幼顔の魔女はパタンと扉を閉めた。
「それで、トリカブトは採れたのかい?」
幼顔の魔女は私にソファを勧めると、自身も私の向かいに座りながら目深に被ったフードを後ろに払う。
あらわになった、10代前半のうら若い乙女にしか見えない素顔に何かを企むような笑みを張り付け、幼顔の魔女が私に問うた。
「ええ……私史上最高品質のものを用意できたわ……見ても驚かないでね」
私は内心ドキドキしながらカバンの中から包み紙にくるまれたトリカブトをそっと差し出す。
私から受け取り、包み紙を開いた幼顔の魔女は……
「な、な、なによこれえええぇぇぇ!!!」
神々しく七色に輝くトリカブトを見てソファごと後ろにひっくり返ったのだった……
「あの……大丈夫?」
「あたたたた。大丈夫じゃないわよ! な、なによこれ!? めちゃくちゃ神々しいトリカブトじゃない! こんなものいったいどこで手に入れてきたのよ!??」
ひっくり返った際、打ったのだろう。しきりに後頭部をさすりながら座りなおした彼女が、すごい剣幕で私に詰め寄ってきた。
「うふっ。ひみつ」
「バカなこと言ってないでさっさと説明しなさい!」
私は、このトリカブトを手に入れた経緯を彼女に説明する。言ってもいいことと言わない方がいいことがあるので説明が難しい。
「えーと、イリス山脈にトリカブトを取りに入ったんだけどね……ほら、入山前に麓の神殿の祭壇でお祈りするじゃない。その時にお供えした供物をイリス山に住まう神様が気に入ってくださってね。それから山中で事件に巻き込まれてトリカブトが採取できなかったので困ったなと思っていたら山を下りた時に神様が下さったのがこのトリカブトなの。どう? すごいでしょ?」
ほうら怪しくないでしょ? という空気を作るために努めて明るく説明をしたのだが、なぜか幼顔の魔女は頭を抱えてしまった。
……さきほど床で打った頭がまだ痛むのだろうか。
「……そんな荒唐無稽な話、どう信じろっていうのよ。でも実際ここに七色のトリカブトがあるのよね……とても信じられないけどこのトリカブトを見たら信じるしかない話ね……ところで神様が下さったと言ったね? 神様はどんなお姿だったんだい?」
「ああ。神様のお姿は見てないわよ。御使いの立派な牡鹿とは一緒に山を下りたけど。神様は終始お声だけだったわ。そのトリカブトはね、下山したときに御使いを差し向けて下さったお礼にもう一つお供えを差し出したの。そしたらそのお供えがスッと消えて代わりにトリカブトが現れたのよ」
「………………」
しばらく無言で頭を抱えていた幼顔の魔女が乾いた笑いを漏らす。
「はははは。……もうどこからツッコめばいいのか。神様と会話し、御使いと山を下り、そしてこのトリカブトを貰ったと。前々から思ってたけど、マルガレット。あなたって本当に常識外れの規格外女よね。どうしてそう、やることなすこと大事になるのよ!」
「失礼ねっ! 私はどこにでもいるか弱い普通の女の子で……」
「どこの世界に神様と会話して見たことないもの貰ってくる普通の女の子がいるのよっ!!! 少しは自覚しな!!!!!」
……常識外れの規格外なんてひどいと思い反論しかけたのだが、言い終わる前にかぶせ気味にさらに言い返されてしまった。私なんて普通の女の子なのに……
「……まあいいわ。後学のために一つだけ聞いていいかしら。神様にそんなに気に入られたお供え物って、何をお供えしたの?」
私の普通の女の子宣言に一通り興奮していた幼顔の魔女だったが、疲れたのか溜息を一つ吐き、質問してきた。
「どこにでもある素材で作ったちょっと出来の良かった植物用栄養剤よ?」
私の答えを聞いた幼顔の魔女は呆れ果てた顔で呟いた。
「はぁ。もう何から何まで訳が分かんないわ……本当にどこからツッコめばいいのか……どうせその栄養剤も効能がおかしな薬に違いないし。まあ、ちょっと、いやかなり予想外だったけどこんな見たこともないような上等のトリカブトを手配してくれてありがとうね。すごい薬ができそうで腕が鳴るわ。これだからあなたからは目が離せないのよね」
こんな変わったトリカブトなんて、と受け取ってくれないのではないかと心配していたが、どうやら気に入ってくれたようだ。一安心である。
「ふふっ。ちゃんとお眼鏡にかなう品質のものを用意できてよかったわ」
「これが火薬の対価となると、全然釣り合わないけどね。今度何かで埋め合わせするから。……またすぐ遠征に行くのかい?」
「うーん。なんか王宮から呼び出されると思うってカリンちゃんに言われたから隣国からムスタファム皇子が来るまでは王都にいるよ」
私の返事に幼顔の魔女が目を剥く。
「王宮? 隣国の皇子? またあんたは一体隣国で何をしてきたんだい!? 言ったそばから大事になってるじゃないか! 帝室なんかに目をつけられたら厄介なことこの上ないよ!」
「イリス山中で巻き込まれた事件があれよあれよという間に帝室関連になっちゃって……」
幼顔の魔女が溜息を吐く。
「いいかい、マルガレット。おまえはこんな珍しいトリカブトをひょいひょい持ち込んでくるような規格外の常識外れだ。こういう人間ってのはね、権力者の大好物なんだよ。罠に嵌められて一生アルメニアン帝国に絡め捕られるかもしれない。お前に言っても聞かないと思うが、もうアルメニアン帝国に行くのはおよし。そしてできれば王宮の呼び出しも断った方がいい」
「でもフェリスはそんな悪い人に見えなかったよ?」
「わかってないね。権力者なんていくつも顔を持っているに決まってるじゃないか。表面だけ見て判断すると後で痛い目に遭うよ」
珍しく幼顔の魔女の目が真剣だ。心配してくれているのをひしひしと感じ取った私は、神妙に頷く。
「わかったわ。カリンちゃんにも言われたから、これから外国には一人で行かない」
私の言葉を聞いた幼顔の魔女が満足げに一つ頷く。そしていつもの企み顔の笑顔に戻った。
「わかればよし。気をつけるんだよ」
「はぁい」
無事トリカブトの納品を終えた私は、ほっとしつつ幼顔の魔女の館を後にした。
さてこのあとは管理小屋に戻って遠征で入手してきた薬草の整理でもしよっかななどと考えながら街を歩く。
最大の難関を終えて気が軽くなった私は、うっかり騎士団に帰還の報告をするのを忘れたのだった。
ある意味怪しすぎるトリカブトであることに気づいたマルガレットは、幼顔の魔女がちゃんと報酬として受け取ってくれるか心配でした。
ビックリされながらも受け取ってもらえてホッとしたマルガレットは、ランスロットたちへの挨拶を忘れたのでした。
怒られても知らないよー。




