マルガレット、帰還の報告を忘れランスロットに怒られる
幼顔の魔女の館から戻った私は、遠征中に採集した薬草の数々の整理をするために小屋に籠った。さすがはアルメニアン帝国。我が国とは植生が違うので、かの国でしか採れない貴重な薬草の数々を充分な量持ち帰ることができた。
私は自然に零れる笑みを隠すことなく、ニヤニヤ笑いながら薬草を棚にしまい、また取り出しては薬の調合をするなどして、数日ほど至福の日々を過ごした。
そして忘れてはいけないのがフェリスに貰った帝室御用達のリゼの紅茶である。
小屋に帰ったその日に早速淹れてみた。
ポットに湯を注いだ瞬間に立ち上るふくよかな香り、カップに注いだ際の美しく透き通った紅い色合い、そして口に含むと口内いっぱいに広がる、というか口内で爆発するかのようなふくよかな、ふくよか~な香り、それに続くえもいわれぬ円やかな味わい。
高級なお茶って、何も入れなくても甘いのよね。
私はカップを手に、うっとりしつつ強欲なことを考えてしまう。
フェリスったら、胡椒じゃなくてこの茶葉の方を一年分くれたらよかったのに……
『マルガレット。強欲は身を滅ぼしますよ。何事も身の丈に合った控えめな態度を忘れないこと』
次の瞬間、私の育ての親と言ってもいい存在、孤児院の院長先生の言葉が頭を過った。
そうだったわね。たったあれだけの壷一つでも関所で問題になりかけたんだもん。一年分なんて貰ったらその場で捕まっちゃうわね。
ここはこんないいお茶を少しだけでも私にくれたフェリスに素直に大感謝すべきところだろう。
……院長先生、元気にしてるかな。今度ちょっと久しぶりに顔を出しに行こうかな。卒業の報告、まだしていなかったし。
でもその前にすることがある。フェリスが来る前に、シュバルツさんのところでランカークス牛の糞を貰ってこないと。
それから魔香を作るにはフェリスたちには言っていない秘密の材料がある。それを採取しに大森林にも行かないといけない。
そんなこんなで、数日は忙しく、農場に出かけたり、小屋に籠ったりしていた。
そして私は、帰還の報告を騎士団にするのをすっかり忘れていたのだった。
今日は大森林に分け入って魔香の原料(極秘)と、私の留守中に頑張ってくれたタヌキのためにリンゴを取ってこようと思い、朝から装備を整えていた。
準備ができ、いざ出かけようとすると扉をノックする人がいる。
誰だよ、今から出かけるのに……と心の中で悪態を吐きつつ扉を開ける。
するとそこには顔なじみの騎士の姿があった。
「あっ!」
「どうしたマリーちゃん? 扉を開けるなり大きな声出して」
ここに至ってようやく、私は帰還の挨拶を騎士団にしに行くのをすっかり忘れていたことに思い至ったのである。
いかん! ランスロットに怒られる!
「留守です!」
私はそう言って扉を閉めようとする。
しかし、顔なじみの騎士は呆れ顔で冷静にツッコんできた。
「いや、それ、思いっきり扉を開けて応対してから言うセリフじゃないから!!」
「団長に帰還の挨拶をするのをすっかり忘れてたから絶対怒られるので、私はまだ帰ってきていないことにしてください。というわけで私は留守です。あとでさも今帰ってきた風で司令部に行きますから」
私の言葉に首を振りつつ、顔なじみの騎士は私の肩にそっと手を置く。
「お前は子供かよ。ていうかもう手遅れだ。団長はお前が王都に帰ってきているのは把握済みだ。『俺に挨拶もなくあいつ!』って怒ってたからな。覚悟しとけよ」
最後の方はニヤニヤしながら、顔なじみの騎士は私の肩をバンバン叩きながら聞きたくなもない騎士団長の現在の機嫌を告げてきたのだった。
ううっ……怒られることがわかりきっているのに騎士団の司令部なんかに行きたくない……
「ええと……そうだ! ちょっと長期遠征が祟り、風邪をひいてしまいましてゴホッ! 伝染すといけないので留守ってことでゲホッ!」
「……わざとらしく取って付けたように咳をするなマリー。余計な嘘を吐くと後でより怒られるだけだから観念しておとなしく俺と一緒に司令部に来い」
「……はい」
こうして私は嫌々騎士団の司令部に顔を出すことになったのであった。
「おいマリー。帰ってきたならなんですぐに顔を出さん? まさかさっき帰ってきたわけでもねえよなあ?」
騎士団司令部の団長室に連行された私を迎えたのは、執務机に腕を組んで座り、不機嫌を隠さないランスロットと、相変わらずぴたりと後ろに立っている副団長テオブランドのコンビである。
今から絶対に始まるお説教の予感に溜息を吐きたくなったが、今日は私に溜息を吐く暇も与えてくれなかった。
入室するなり不機嫌オーラ全開のランスロットにさっそく追及されたのである。
「え、えーと……たった今戻ってきました!」
「うそつけえええええ!!!」
しれっとダメもとでランスロットの放った嫌味に乗っかって嘘をついてみたが、即座に……何ならかぶせ気味に言い返されてしまった。
そしてこめかみを押さえつつテオブランドが追い打ちをかけてくる。
「マリーさん、団長は心配されて、王都の門を守る兵士たちにマリーさんが帰ってきたら知らせるように通達を出していたんですよ。ですからマリーさんがいつ帰ってきたか、団長は正確にご存じです」
あう……
「まったく……こっちはそれなりに心配してたってのに。帰ってきたって門番から報告があってから何日経ってもお前は一向に騎士団に顔を出す気配がねえし……なんで帰ってきてすぐに顔を出さん!?」
「うっ……すみません……ちょっと街の人たちの依頼で仕入れてきたものが想定外の品質であんまり受け取ってもらえなかったりしまして。それでもなんとか依頼者全員と取引が完了してほっとしちゃって……あとはいい薬草がたくさん採れたのでそれの整理と調合に夢中になってしまいまして……その……」
ランスロットとテオブランドが揃って溜息を吐く。いつもと逆である。
「なるほど。それで俺たちのことはコロッと忘れてたんだな。まったく、一つ夢中になると周りが見えなくなるのはお前らしいっちゃらしいが。一応お前はアカデミーを卒業した個人事業主だ。クライアントの一つであるうちには必ず報告に来なさい」
「……はい。すみません」
確かにアカデミーの生徒ではなくなったので、一個人として騎士団には仕事を回してもらっている。
私の本当の身分はアカデミー職員なのだが、アカデミー側から学生時代と変わらないスタイルで遠征に行くのも仕事を受けるのもOKを貰っている。
というわけで、実際は私は未だにアカデミー所属なのだが個人事業主と言われれば街の人たちからはそういうふうに見られているのかもしれない。
それにしても、そんなに心配してくれていたなんて。次からは遠征から帰ったらちゃんと挨拶に出向くとしよう。
「ところで今日は何の御用でしたか? まさか挨拶に行かなかったので苦情を言うために呼び出したとか……」
「そんなわけあるか! それならお前んちに直接文句を言いに行くわ! そうじゃなくてよ。王宮からお前宛てに召喚状が来ている。『二日後に王宮に出廷するように』とのことだ」
どうやらついにフェリスがお礼を言いに我が国にやってくるようだ。
二日後とはまた随分急な話である。魔香の原料、まだ準備できていないんだけど……
貴族だらけの王宮は緊張するので行きたくないのだが、わざわざフェリスが来てくれるのだ。カリンちゃんとともにきちんと迎えてあげなければならない。
私は内心めんどくさいな―などと考えつつ、ランスロットの言葉を聞いていたのだった。
騎士団への帰還の報告を忘れていたマルガレットは、ある日騎士団に呼び出されてしっかりお説教を食らいました。
次回はフェリスがやってきます……と行きたかったのですが、騎士団でのやり取りが長引いてしまいました。
というわけで次回は騎士団長と騎士団に遠征のお土産を渡すマルガレットです。




