マルガレット、仕入れた商品を依頼主に納める
さて、約二か月ぶりに王都に帰ってきた。アカデミー正門前の噴水広場でカリンと別れ、私はアカデミーの門をくぐる。
一か月で帰ると言っておきながら実際は二か月も不在にしたのだ。学生だった頃は全く気にしていなかったが、今現在私は職員としてアカデミーに雇われている身分である。
さすがに雇われの身で約束の遠征期間を一か月も過ぎてしまったのはまずかったのではなかろうか、と、今更不安になってきた私はドキドキしながら事務室に行き、顔馴染みの職員さんに声をかける。
「第6号薬草園管理人のマルガレットです。ただいま遠征から戻りましたので預けていた管理小屋の鍵を受け取りに来ました」
「あ~。マリーさんがやっと帰ってきた~。ちょっと待ってくださいね~。マリーさんが帰ってきたら知らせるようにゼロス教授に言付かってるので~」
職員のお姉さまが『やっと』と言った瞬間、私はビクッと体を震わせたが、どうやら気付かれなかったようだ。
引きつった笑顔を顔面に貼りつけつつ、内心ドキドキしながらゼロス教授がやってくるのを待つ。
「わっ!!!」
「ひぎゃあぁぁ!!!」
背後からかけられた声に心臓が飛び出そうなほどビビる。
そこにはイタズラが成功した男の子のような顔をしたゼロス教授が立っていた。
……子供ですか教授。
「はっはっは。おかえりマリー。そんなにビクビクしなくても、マリーが一ヶ月と言ったら二ヶ月以上帰ってこないのは織り込み済みだよ。むしろ今回は早かった方じゃない?」
……しっかり私の行動が読まれている。さすが我が恩師である。
私は顔を赤くしながら小声で告げる。
「だって。私もう学生じゃないのでさすがに怒られるかなと思ったんですよ。ほんとはバーラートまで行きたかったけど途中で引き返してきました」
「おや、マリーにしては珍しい。バーラートまで行かなかったのならアルメニアン帝国にずっといたのかい?」
「ええまぁ……ちょっと人助けを」
「人助け? どんな人助けをしたんだい?」
ゼロス教授が興味を惹かれたような顔をしてこちらを見る。
「ちょっと大きな声で吹聴してはいけないような気がする事案なので、カリンちゃんに聞くか王宮に問い合わせてください……」
「ええ? 王宮に? ……君はいったい隣国で何をしでかしたんだい!? ……まさか隣国の帝室絡みの事件を起こしたんじゃ……」
失礼な。私が起こしたんじゃなくて、起こっていた事件に私たちは巻き込まれただけなのだが。
「人助けです! 確かに事件でしたが起こしたのではなく巻き込まれたんです!!」
「うーん……」
ゼロス教授が頭を抱えてしまった。
フェリスは口止めをしてこなかったが、あまりベラベラ喋るような内容でもない気がしたので、説明はカリンや王宮に任せた方がよいだろう。
とりあえず畑の状態が気になるので、さっさと鍵を貰って管理小屋に帰ることにする。
「隣国のムスタファム皇子が急に訪問してきたと思ったら慌ただしく帰っていったのはもしかして事件のせい? マリーが絡んでたとなるときっと大ごとになったんだろうなあ……まいったな。マリーが隣国にもロックオンされちゃうじゃないか。カリンにさっそく事情を聴かなければ……」
「あの、ゼロス教授? 畑の状態を確認したいので預けていた管理小屋の鍵が欲しいんですけど」
ゼロス教授は難しい顔をしながら何やら小声で独り言を呟いている。声が小さくて早口だったので何を言っているのか聞き取れなかった私は、とりあえずここへ来た目的を達成するためにゼロス教授の呟きを遮り用件を伝える。
「あ、ああ。そうだった、管理小屋の鍵だったね。そういえばマリー。あの畑にあった仕掛けはなんだい? 奥の森の方から水を引いてきて定期的に畑に給水できるようになっているじゃないか。おかげで僕はたまに畑を見に行っても何もすることがないくらいだったよ」
畑に設置しておいた自動給水装置のことか。一応一か月留守にする予定だったし、種を蒔いたから芽が出た後ちゃんと育つように、昔の農業技術について書かれた文献に載っていた仕掛けをアレンジして、水だけは切らさないようにと作っておいたのだ。
ちゃんと作動していたようで一安心である。
「畑を見ていてくれたんですね。ありがとうございます。ちゃんと作動してるか心配だったけど、大丈夫だったみたいでよかったです」
「ああ。本当は一緒に行って畑の様子を説明したかったが、どうやら大至急王宮に行って事情を聴いた方がよさそうだ。マリー。今度ゆっくり今回の旅については聞かせてもらうよ」
そういうとゼロス教授は私に鍵を渡し、慌ただしく戻って行ってしまった。
それにしても、私は『カリンちゃんに聞くか、王宮に問い合わせてください』と言ったのだが、そこのところを全くツッコまれなかった。さてはゼロス教授、カリンちゃんが王女様だって知ってたわね。
まあでも『王立』アカデミーなわけだし、相手は王女様なんだからそりゃ預かる側の教授たちは知っていて当然か、と一人で納得し、私はアカデミーを後にした。
そのまま薬草園に戻ってもよかったが、あそこは街はずれである。往復するのも面倒なので、街中での用事を先に済ませることにした。
平民街を歩き、目的の店の前に立つ。
学生だった頃、長期遠征から帰ってきた時にはよく立ち寄っていたので遠征帰りの定番になっている食堂『お嬢様こちらですわ』である。
今回はお仕事のこともあるから、管理小屋に帰る前に立ち寄ることにしたのだ。
お店は中休みの時間だったが、私は扉を開けて中に入る。
「すまない。今準備中で……あっ! マリーちゃん!! 帰ってきたんだね!!」
「中休み中にすみません。ただいま戻りました。ご注文の黒胡椒、仕入れてきましたよ」
にこやかな営業スマイルを作り、私はカウンターに黒胡椒の入った袋を並べる。フェリスがくれたのは、バーラート産最高級黒胡椒を一年分である。質も量も充分なはずだ。
果たして、カウンターに並べられた黒胡椒の袋を見た店主は、目を真ん丸に見開いて絶句した。
「どうですか? 自分で言うのもなんですが、今回は頑張ったんですよ。なかなかいい黒胡椒でしょう?」
「まままま、マリーちゃん? こ、これって、バーラート王室御用達の『マラバーレ』の黒胡椒なのでは??? こ、こんなバーラート国内でも滅多にお目にかかれないような最高級の黒胡椒、どうやって仕入れてきたんだい!? こ、これ、市場には出回らないよ? しかもこれ全部……質もだけど量もあり得ないんだけど!!!」
……フェリスめ。高級すぎて逆に怪しまれるやつじゃんか。
どうやらフェリスがくれた黒胡椒は、高級すぎて王侯貴族の人々の口にしか入らない系の物だったっぽい……それが一年分とか、もはや怪しさしか感じないだろう……
これだからやんごとない連中は。
世間の相場に疎いから往々にしてこういった事態になるのだ。
さて、なんと言い訳しようか。
「えーとね、別に黒い手段を使って手に入れたわけじゃないのよ? ちょっと旅先で高貴な身分の人の手助けをしてね、お礼に何がいい? って言われたからちょっと品質のいい黒胡椒って言ったらこれを渡されたのよね……『一年分だよ』とか言って……」
言い訳したら逆に怪しさが増すような予感がしたので、肝心なところはぼかしつつ、事実をそのまま告げることにした。
「こんな最高級の黒胡椒をこんな量ポンとお礼に寄越してくるなんてどんな高貴な方に恩を売ったんだい……王侯貴族でもなきゃこんな幻の黒胡椒、こんなにたくさん持ってないよ……マリーちゃん、王様に恩でも売ってきたのかい?」
「うーん、誰に貰ったかは秘密……でも後ろ暗いブツじゃないのでそこは安心して?」
店主は震える手で、カウンターに置かれた袋の一つを手に取り、袋の口を開けて中身を確かめた。
袋の口が開いた途端、胡椒のスパイシーな香りがふわりと店内に漂う。確かにこれはいい香りだ。
「すごい香りだな……マリーちゃん、こんないい黒胡椒、おじさん初めてお目にかかったよ。これで料理作ったら絶対美味いって! 一袋でいいから売ってくれないかな?」
「えっ? 全部この店用に仕入れてきたのに一袋だけでいいの?」
店主は私の言葉に頭を抱える。
「マリーちゃん、この黒胡椒は普通の黒胡椒じゃないんだ。この一袋で同じ重さの金貨と取引されるような物なんだよ……おじさんも料理人だ。マリーちゃんがうち用にって言ってくれるなら全部欲しいんだが、そんなに代金払えないよ」
何ということか……高級すぎて逆に買ってもらえないとかあんまりだ。
フェリスめぇ!
心の中でフェリスに悪態をついていると、店主がおずおずと切り出してきた。
「だからこの一袋だけ。金貨2枚でどうだろう?」
なんと。この黒胡椒、そんなに価値が高いの?
実際はフェリスに貰っただけのものに、そんなにお金を受け取るのは気が引ける……
「私としては元手をあまりかけずに仕入れてきたので、出発前に取り決めた価格で充分ですけど。品質は足りてますよね?」
つまり金貨1枚で持ち込んだ分全部引き渡しだ。私が持っていても毎日料理するわけじゃないし、使いきれない。
だが、私の提案に店主はびっくりした顔をする。
「マリーちゃん! そんな詐欺みたいなことおじさんはできないよ! どうやったか知らないがこんな高級品を贈られたってことはマリーちゃんがそれだけの活躍をしたはずだ! ここは正しい金額で買い取らせてくれ」
うーん、一袋だけ売れた。しかも金貨2枚なら出発前に取り決めた最大の報奨金の倍に相当する。
私としては損はないのだが、この残った黒胡椒はどうしようか……
「それで、よかったら残りはマリーちゃんが持っていて、またお金が貯まったら一袋ずつ買い取らせてくれないかな? もちろん他所に売ってもいい。『満月の黒猫亭』あたりなら狂喜して買ってくれると思うよ」
「あ、なるほど。それなら問題ないです。また欲しくなったら声かけてくださいね。今度遠征したときはもっと普通の黒胡椒を仕入れてきますね」
店主がしてきた提案はナイスなものだった。これなら保管しておけば定期的に売れるだろう。あとで『満月の黒猫亭』にも営業に行ってこよう。
薬品や薬草の保管は得意中の得意である。黒胡椒も薬だと思えば保管するのは難しくない。一気に売ってしまうのは諦め、在庫として持っておくことにした。
品質が良すぎても却ってよくない。
私はまた一つ賢くなったのである。
「マリーちゃん、また頼むよ~」
店主の声に見送られ、私は『お嬢様こちらですわ』を後にした。
あとは幼顔の魔女のところにトリカブトを卸しに行くだけだが、はたと私の足が止まる。
卸す予定のトリカブトのことを思い出す。
品質が良すぎても却ってよくない。
つい先ほど脳裏に浮かんだ言葉がこだまし、私は頭を抱えたのだった。
七色に輝くトリカブトなんて、王室御用達の黒胡椒なんかよりよっぽどまずいんじゃないだろうか……
私の予感はきっちり当たることになるのである。
仕入れてきた黒胡椒を得意げに披露するマルガレット。
しかしその黒胡椒は、市場に出回らない幻の名品でした。
そんなものを一年分も目の前に積まれた店主の心境たるや……
次回は幼顔の魔女が『お嬢様こちらですわ』店主と同じ目に遭います。




