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久しぶりの王都

 今回の旅はいろいろなことが起こった。

 ちょっとバーラート王国まで黒胡椒を仕入れに行き、ついでにかの国の名物料理を堪能してこようかなと思っただけだったのだが。


 途中通過予定のアルメニアン帝国で、幼顔の魔女からの依頼品であるトリカブトをちゃちゃっと採集してしまおうとイリス山脈に分け入ったのだが、山中でとんでもない事件に出くわした。

 アルメニアン帝国皇帝と第一皇子を亡き者にし、第二皇子を擁立して政治の実権を握ろうという恐ろしい陰謀の一端を目撃してしまったのだ。


 そこからは、同行者のカリンとともに帝国の巡察使フェリスに協力して第一皇子の暗殺計画を阻止するという大仕事を成し遂げた。


 いやー、カリンちゃんが付いてきてくれてほんとによかった。カリンちゃんがいなければそもそもフェリスに事件を伝えることさえできなかったのよね。

 そのフェリスが実は帝国の第一皇子様その人だと知ってびっくりしたが、フェリスみたいな明るく楽しい、そして有能な皇子様が暗殺などという陰険で醜悪な陰謀で命を落とさずに済んでほんとによかったわ。


 それにフェリスは、バーラートへ行きそこなった私に最高級のバーラート産黒胡椒と、なんと帝室御用達の、皇家の人間しか嗜むことを許されない帝国南部リゼ産の最高級茶葉を分けてくれたのだ! いやっほう!!


 そして、忘れてはいけないのが黄金に輝くトリカブト。お供えに提供した私特製の植物用栄養剤をイリス山脈に宿る神様が気に入ってくださり、私に礼としてお恵み下さったものだ。

 さすがの私も、あれほどのクオリティ……というか神々しいトリカブトなんて初めて見た。そのような貴重なものを私が手にしているなんて……カバンにしまう際は手が震えたものだ。


 ……というわけで、イリス山の神様のおかげでとんでもないクオリティのトリカブトを幼顔の魔女に、そしてフェリスのおかげでバーラート産の最高級の黒胡椒を『お嬢様こちらですわ』の店主に持って帰れる。

 私って、まあまあ仕事ができるオンナじゃないかしら。うふっ。


 などと私はうきうきで帰路についているのだが、なぜだか同行者のカリンの元気がないような気がする。何かをずっと考え込んでいるようなんだけど……


 本当はイリスの山越えをして神様にお礼をしつつ、マルコ老の診療所に顔を出して「陰謀は叩き潰しておきました」と報告してから国に帰りたいところだが、事件の解決にずいぶん時間を使ってしまった。

 あまりのんびりしていては帰国した際にアカデミーから『薬草園の管理人ってどういう仕事かわかってますか?』などと怒られそうなので街道を使って真っすぐ帰路についている。


 帝都を発って四日。私たちはアルメニアン帝国と我が国の国境に到着した。これから関所にて出入国の手続きを行う。


「いよいよ国境ねー。今回の旅は長くて濃かったわ。やっとおうちに帰れるわね」

「え、ええ……」


 国境についたというのに、いまだにカリンの元気がない。

 最初は長旅で疲れがたまって、早くおうちに帰りたいのだろうかと思っていたが、どうも国境に近づくにつれてどんどん元気がなくなっているような気がする。


 もしかしてカリンちゃん、おうちに帰りたくない? 出てくるときも両親に無理を言って出てきたみたいだし、思いがけず長旅になってしまったから、帰ったら両親の特大お説教待ったなしなのだろうか。


 帰路についてから何度か彼女は思いつめたような顔をして「あのね、マリーさん……」と言ってくることがあった。言いにくそうに切り出すカリンのプレッシャーにならないように、私は内心気になって仕方なかったが極力明るい笑顔で「なあに?」と返事をしていた。

 するとカリンは「なんでもないです……」と無理に作ったような笑顔で返してくるのだ。


 両親のお説教が怖いから帰りたくないです……と言いたいけど言い出せないのかなと私は見当をつけていた。


「其方、この壷をどこで手に入れた!? これは我が帝室御用達のリゼの茶壷ではないか!!」


 関所で身分証と荷物を見せていると、アルメニアン帝国側の役人が厳しい追及の声を上げた。

 えー、めんどくさい……フェリスったら、ちゃんと関所に通達出しておいてよ……


 ため息を吐きながら事の顛末を説明しようとしたら、カリンがスッとその役人に身分証を見せる。


「これは第一皇子ムスタファムより直に賜った物です。お疑いなら帝都へ問い合わせをなさい」

「なっ! あっ! この身分証は……大変失礼いたしました!!」


 カリンの身分証を見た役人の顔色が赤から青へと面白いくらい見事に変色する。


「ど、どうぞお通り下さい!」


 そういえばアルメニアン帝国に入国する際も、カリンの身分証を見て帝国側の役人が卒倒していた。カリンは自身の佩刀が超レアものでそれに驚いたのだろうと言っていたが……もしかしてというかやっぱりというか……

 役人は身分証に記されたカリンの身分に卒倒したのではないだろうか……


 こうして私たちは、カリンのおかげで無事関所を抜けて我が国に帰ってきた。


「カリンちゃん、ありがとう。面倒なことになりそうだったけどおかげで助かったわ。さあ、王都へ帰りましょう」


 カリンの方を振り返ると、すごく思いつめたような顔をしている。そして彼女は、消え入るような声で私に告げた。


「あのね、マリーさん。私、マリーさんに隠していたことがあるの」


 隠していたこと……か。


「カリンちゃん?」


 私の呼びかけに目を逸らし、下を向いているカリン。

 これはやっぱり……


「それって、カリンちゃんが実は王女様とか……かな?」

「えっ!?」


 私の問いかけにカリンはびくりと体を震わせ、こちらを見た。


 ……私の予感はどうやら当たりのようである。


「だって。カリンちゃんの幼馴染のフェリスは皇子様だったわ。さすがに鈍い私でも薄々そうかなーとは思っていたよ」


 カリンは今にも泣きそうな顔をしている。

 前にもこういうことがあったっけ……ナッサウ伯爵邸の帰り道の馬車の中。そしてフェリスと合流して、イリス山の西側へ向かっているとき。


 あの時私は決めたのだ。カリンちゃんの悲しむ顔なんて見たくない。


 私は俯くカリンの顔を上げさせるため、そっとカリンの両頬を手で包んで上を向かせる。そして涙がいっぱい溜まった、美しい漆黒の瞳を真っすぐに見つめ、言った。


「そんな泣きそうな顔をしないで。以前ちょっともしかしてと思った時に私も決めたの。私はカリンちゃんの悲しむ顔なんて見たくない。だからカリンちゃんが『不敬である』と言わない限り、私はカリンちゃんはカリンちゃんだと思ってるよ。カリンちゃんはそれでもいい?」


 不敬罪で罰せられるかも……などという気持ちはカリンの顔を見て吹き飛んだ。誰が何と言おうと、カリンちゃんが望む限り私はカリンちゃんの親友でい続けようと思う。


 私の覚悟をカリンはまっすぐ受け止めてくれた。

 カリンの頬にあてた私の手を、カリンがそっと握る。私の両手を握り、胸の前に押し抱いて、カリンは泣きながら私に言ったのだった。


「マリーさん。私、マリーさんのこと大好き!」


 私もだよ! こんちくしょう!

 カリンちゃんがポロポロ泣きながら精一杯の笑顔を浮かべるのを見て、私も泣きそうになってしまった。


 カリンちゃんが泣き止むまで、私はカリンに手をぎゅっと握られたまま、ただじっと立っていた。


 しばらくしてカリンちゃんが泣き止み、満足したのか私の手を離したので、彼女の頬をそっとハンカチで拭ってあげる。


「ふふっ、マリーさん。お母さんみたい」

「やめてよ。私こんな大きな子がいる歳に見える?」

「ふふっ。今だけは見えますよ」


 かわいいことを言うカリンちゃん。いつだって私が守ってあげるからね。


 アルメニアンの帝都を出てからずっとカリンの元気がなかったのを心配していたが、どうやら、私に本当の身分を明かそうと思って悩んでいたようだ。

 すっきりした顔で私の横に並んで歩きだしたカリンを見て、私は安堵のため息を吐く。


「よかった。マリーさんが私を受け入れてくれて。フェリスがまた来るって言ってたでしょう? 多分今回は私と一緒にマリーさんも国賓で来たフェリスの相手をしなきゃいけないと思うんです。フェリスが来たらマリーさん、国王の名前で王宮に呼び出しですよ」

「ええええええ! わ、私ただの平民よ? なんで私が王宮に呼ばれるのよ? カリンちゃんが相手しといてよぉ」

「ダメですよ。フェリス、いいえ……ムスタファム皇子は帝国の代表として、正式に我が国の王女の私と、国民のマリーさんにお礼に来るんですから。それだけのことをマリーさんはしたんですよ」


 あ、なるほど。国賓でフェリスが来て私とカリンちゃんにお礼をするんだ。てことはそこでカリンちゃんが王女であることが私に正式にバレるわけで……それでカリンちゃんのあの悩みようだったわけね。


「うげぇ……今から緊張してきたわ。どうも貴族街って慣れないのよね……王宮でカリンちゃんと顔を合わせた時はさすがに王女様として接するからね。タメ口もなし」

「私は全然いつも通りで構わないんですが……」

「ダメっ! そんなことしたら貴族たちに睨まれて私が針の筵状態じゃん! 外ではいつも通りにするから王宮では勘弁して!」


 私の必死の訴えにカリンはふっと微笑む。


「ふふっ。仕方ないですね。でも王宮以外ではいつも通りじゃないと嫌ですからね」

「錬金術師に二言はないわ。それにしても、やっぱりカリンちゃんはシャルロッテ様だったのね」

「マリーさんはいつ気付いたんですか?」

「本格的に疑い出したのはフェリスが皇子様だって知ったときかな」

「結構最近じゃないですか。私はなんならナッサウ伯爵邸の帰りの馬車ですでに疑われてると思ってたのに」

「まあやんごとないのでは? とは思ったけどさ」

「マリーさんって、鋭いようで鈍いとこありますよね」

「なんですってぇ?」




 他愛のない会話で盛り上がりつつ、私たちはじゃれあいながら王都目指して歩いてゆく。元気になったカリンは、いままで元気がなかった分とってもハイテンションだった。


 よかった。カリンちゃんが元気になって。

 許される限り、私はこの関係が続くことをそっと神様に願ったのだった。

ついに国境を越え、国に帰ってきたマルガレットとカリン。

マルガレットはカリンの大きな秘密を知りましたが、変わらず友達として付き合うことを選びました。

次回は依頼品を持って平民街を回るマルガレット。アカデミーにも帰還の報告に向かいます。

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