閑話 第386年度アカデミー卒業予定者秘密ドラフト会議「誰がマルガレットを独占するか」(後編)
マルガレット争奪の秘密ドラフト会議、後編です。
何年たっても一向に卒業する気配のないマルガレットの扱いに、王都中から『アカデミーの陰謀だ! いい加減マルガレットを独り占めするな!! 卒業させて皆に均等に機会を!!!』などと陳情が王宮に殺到した結果、王宮は国王の名前でアカデミーに命令を発することとなった。
曰く『秘密ドラフト会議を開催し、マルガレットの将来を話し合え』と。
これまでのらりくらりと各方面からの追及を躱していたアカデミーも、さすがに国王の命令には逆らえず、渋々重い腰を上げ会議の開催に踏み切った。
秘密裏の会議であるため、王宮、騎士団、平民街からそれぞれ代表を選出し、合計四名をアカデミー側が迎え撃つ形の会議となったのである。
「アカデミーの陰謀だと皆さんは仰るが、本当にマリーは在学を希望しているんですけどね……困ったなあ。本人の意思が在学なんだからアカデミーとしては彼女の意思を尊重しているだけなのに」
「そうですよね! それで無理やり卒業させられるなんてマリーさんがかわいそう」
ねー。と二人で頷きあうゼロス教授とカリン。
ランスロットは首を振りつつ、平民街の二人に話を振る。
「聞いた通りだ。アカデミーの連中じゃ話にならん。あいつらは無視して話を進めよう。平民街でマリーを雇いたいってところはどれくらいある?」
「それはもう。たくさんありますよ。当然わが『満月の黒猫亭』もですし、副会長のところなんて、今でもしょっちゅうマルガレットさんにお仕事を頼んでいるようです。彼女に依頼すれば期待以上の働きをしてくれますからね。王都で彼女を欲しくないところなんてないでしょう」
ホルムシュミットの言葉に、うんうんと頷いて同意を示すタイロン。
「うちもすげー助かってる。やっぱり店があるからな。貴重な物の仕入れなんかで何日も外に出られねえ。でもマリーちゃんに頼めばすごいいい品質のものを採ってきたり作ってきてくれるんだよ。街のみんなも言ってるぜ。『マリーちゃんがいなきゃ俺たち下町の商工会は立ち行かない』ってな」
タイロンは嬉しそうにマルガレットのことを褒める。彼女のことを語るタイロンの目は、いかつい外見からは想像できないほど優しげに細められている。
マルガレットを褒めちぎったタイロンは、ランスロットに話を振った。
「旦那、騎士団もそうだろう? しょっちゅうマリーちゃんを呼び出してこき使ってるじゃねえか」
「おい、こき使ってるなんて人聞きの悪いことを言うな。よく仕事の依頼は出しているが強制したことは一度もねえぞ」
カリンの刺すような視線を感じたランスロットは慌ててタイロンの言葉を否定する。そして、ランスロットもまた、マルガレットのことを褒めちぎるのだった。
「いつもあいつが目を輝かして『やります!』って言うからよ……意外に戦闘センスあるし、落ち着いてるし、弓矢の援護、助かるんだよなあ。それに爆薬。あいつのおかげで騎士団の怪我人がすごく減った。今じゃいてもらわないと困る存在だな」
ランスロットの言葉にうんうんと頷く商工会の二人。
そして、教え子がべた褒めされてゼロス教授もにっこにこである。
そんなゼロス教授が口を開いた。
「いやー、マリーって月の半分もアカデミーにいないんですよね。街や騎士団の皆さんに迷惑をかけていないか心配してたんだけど、話を聞いて安心しましたよ。皆さんがマリーを絶賛するので、指導する側としてはこんなに嬉しいことはありませんね」
そしてカリンの方を振り返る。
「マリーがこんなに皆さんの役に立っているだなんて。これじゃあどこに所属させても他の皆さんから不満が出そうだよね」
「その通りです。マリーさんはすごいから、いろんなところでちゃんとお仕事をこなして皆からの信頼が厚いんです。誰かが就職という形で独占してしまったら、暴動が起きかねませんね。マリーさん本人も在学希望なんだしこのままでいいんじゃありません?」
カリンの提案に他の皆が慌ててツッコミを入れる。
「いやしかしそれではいつまでたっても……」
「アカデミーが引き続き独占するってことじゃねえか!」
「商工会の皆さんがマリーさんの卒業を待ち焦がれているんですよ」
「そうだそうだ」
一斉に反論が沸き起こったが、カリンは全く慌てない。
「じゃあ聞きますけど男爵様。王宮に勤めさせるってことは王宮が独占するってことですよね? それって独占しているという批判を受けているアカデミーと何が違うんです?」
「そ、それは……」
「それにアカデミーが独占していると言いますが、今現在マリーさんはあちこちに顔を出して色んなところでお仕事をしています。街の皆さんや騎士団に均等に機会があるわけですよ。でも王宮に就職したらあなたたち、マリーさんを平民街に貸し出したりします?」
「……」
カリンの言葉にメッサーラ男爵が視線を逸らす。
カリンは肩を竦め、今度はランスロットに向き直る。
「団長さん。マリーさんを騎士団に入れたらどんな仕事をしてもらうつもりですか?」
「そりゃお前、今と一緒で作戦のサポートと物資の調達だな。爆薬以外にも薬草とかあいつが持ってくる物は品質が飛び抜けてるからな」
「それって大丈夫なんですか? さすがに騎士にしちゃったら一人で外国に素材採取の遠征に行かせるわけにいかなくないですか? 今はアカデミーの所属なので他国へ自由に出入りできますけど、騎士になったら外国への入国手続きが厳しくなると思うんですけど。マリーさんが採ってくる薬草ってお隣のアルメニアン帝国のものがとても多いですよね?」
「うっ、それは……」
カリンの鋭い質問に、言葉に詰まるランスロット。
そして最後に、商工会の二人に話しかける。
「そして商工会の皆さん。例えば満月の黒猫亭に就職した場合、マリーさんに調理やウエイトレスの仕事をさせるつもりですか?」
「いや、マリーさんには取引先の畜産農家や、野菜農家の指導、お手伝いを引き続き……」
「わかりました。つまり今までと一緒ってことですね。タイロンさんは? まさかマリーさんに店番させるつもりですか?」
「い、いや。マリーにそんなことはさせねぇ。貴重な素材の仕入れとかよ……」
喋っている途中でだんだん声が小さくなっていくタイロン。
カリンはため息を一つ吐き、皆を見回す。
「やっぱり皆さんいつも通りをご希望じゃないですか。まさに今、街の皆さん平等にマリーさんにお世話になっているはずです。なんでこのままじゃダメなんですか? 皆さんこそ、マリーさんを独り占めしようとしていません?」
「「「「…………」」」」
カリンの言葉に皆、一様に押し黙ってしまう。
「はい。じゃあ、マリーさんは引き続きアカデミー所属ってことでいいですね? まあ皆さんがマリーさんに直接お話を聞いてマリーさんに希望する就職先があることが判明したならまた集まりましょう」
皆が反論の言葉を失って沈黙した隙にカリンがさっさと会議を締めてしまう。
首を捻りながら、ブツブツ小声で文句を言いながら、それぞれが退室するのを見送ったカリンとゼロス教授は、誰もいなくなった会議室で顔を見合わせてニヤリと笑いあう。
「うまく行きましたね教授」
「シャルロッテ様のおかげですよ。助かりました」
見つめ合い、怪しく笑い交わす二人。
こうしてアカデミーは、カリン、いや王女シャルロッテの権力もちらつかせた巧みな話術によって、稀代の才媛、マルガレットの所有権の防衛に成功したのである。
この後、アカデミーはマルガレットに何の前情報も与えず突然卒業を告げ、呆然とする彼女の隙をついてしれっとアカデミーの薬草園管理人の打診をし、まんまと第6号薬草園の管理人に就かせることに成功する。
すべてはカリンとゼロス以下アカデミー職員一同が仕込んだ、街の人々を出し抜いてマルガレットを引き続きアカデミーで囲い込もうという陰謀である。
後日、卒業を言い渡されたマルガレットが卒業の報告と今後のお仕事依頼のお願いに街に出た際、行く先々で街の人たちが自身の卒業をすでに知っているっぽかったのを不審に思うことになるのだが、それはもうしばらく先のお話。
マルガレットの争奪戦はカリンとアカデミーに軍配が上がりました。
それにしても、マルガレットが不信感を募らせていたアカデミーの卒業情報漏洩疑惑、これは王宮主導の暗黙の決まり事だったわけですね。
卒業情報が事前に共有されるほどの人気の彼女。ただ本人はそんなことはつゆほども想像していません。
さて、次回からは本編『バーラート王国編』に入ります。




