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第50話 一緒に

 継母と再会したその日の夜、私はレオポルドに昼間のことを話した。


「別人みたいだったでしょ?」

「そうですね……」


 彼はとても楽しそうに言うが、私はちっとも楽しくない。


「父が何をしていたのか大体察しはつくけど、ヴェロニカの体は傷だらけらしいよ」


 継母がテッドから受けた仕打ちは、言われなくとも想像がつく。


「今では周囲の者が頭を掻こうと手を上げただけで、彼女は平伏して許しを請うらしいね。若い見習いにまでビクビク怯えてるとも聞いたよ」

「あ、あのお義母様が?」


 確かに、私が見かけたのもそんな感じだったが……。

 それでも、私には恐怖の象徴だった継母が、ああも簡単に平伏すとは想像できず、簡単に受け入れられなかった。


「ん? 彼女はもう君のお義母様ではないよ。ヴェロニカとドミニカはシモンズ家から籍を抜いたから、君とは関係のない平民だね」


 既に家族として生活していなかったが、それでも公的に縁が切れたのは喜こばしいこと……なのだろう。


「まあ、極力君の目に入らないようにさせるけれど、怯える必要がないということは、ゆっくりでいいから覚えていってね」

「わ、分かりました……」


 心ではなく、体が覚えた恐怖は、簡単に受け入れてくれなさそうだ。しかし、いつまでも怯えている訳にはいかない。私は、ブラックウェル公爵家の女主人になるのだから。

 それに、あの継母……ヴェロニカを見て、むしろ可哀想だと思った。それでも今までの仕打ちを忘れた訳ではない。

 簡単に許せそうもないし、簡単に慣れることもできなさそうだ。

 とはいえ、いつまでも立ち止まってはいられない。前進するためには乗り越える必要があるだろう。

 だから、レオポルドの言うとおり、ゆっくりでいいから飲み込めるようにしようと思った。


「ところでドミニカは?」


 すっかり存在を忘れていたかつての義妹。

 久しぶりに名前を聞いたので、彼女の近況が気になった。


「あの娘の見目はそこそこなんだけれど、如何せん人見知りが激しくて物覚えが悪いらしい。きっと高級娼婦は無理だろうね」

「そうですか」

「それでいて侍女も務まらなそうだし、かといって叩き出すわけにもいかないから、成人したら公娼かな? 何もできなければ、体を使うしかないからね」

「…………」


 稼げる(・・・)高級娼婦になるのは、貴族令嬢が淑女らしく立ち振る舞うより難しい。それは私もレオポルドも知っている。

 ドミニカは人見知りで物覚えも悪い。となれば、体を売るしかないだろう。言い方は悪いが、上手い会話ができなくとも、体を許せば務まるのだから。

 それに、公娼であれば公的に認められた職業だ、私娼のように捕まることを恐れながら、こそこそ立ちんぼをする必要もない。

 ドミニカはレオポルドの慈悲に感謝すべきだろう。



 さて、斜陽公爵家と言われていたブラックウェル家だが、レオポルドが簡単にどうにかすると言っていたとおり、すっかり落ち着いている。

 彼が療養中に起業した結果、復数の事業で成功しており、レオポルドは巨万の富を得ていたのだ。

 しかも彼の凄いところは、グロス伯爵が爵位を剥奪される際、逆にグロス伯爵を借金状態にしており、担保になっていた領地を手中に収めていたという。

 結果、ブラックウェル公爵領から山を挟んだ南にある元グロス領を領地に加えたことで、シモンズ領とブラックウェル領は隣接状態になったのだ。


「ブラックウェル公爵領とシモンズ男爵領が隣接したお陰で、管理が楽になりましたね」

「うん。シモンズ男爵領は、どうしても直接管理したかったし、はっきり言ってグロス伯爵は邪魔だったから」

「え?!」


 私はまだ領地経営に詳しくない。シモンズ男爵領ではそれなりに携わっていたが、きっとおままごとの延長線レベルだろう。

 それでも今は、陛下の手伝いをするレオポルドに代わり、私も勉強しながら少しずつ管理に関わっている。

 大きな領地を管理するのは大変だが、飛び地でないことで移動する場所は全てレオポルドの管理する土地だ。

 そのことに感謝の気持ちがあったのだが、レオポルドが少々不穏な言葉を口にしたことで、思わず驚いてしまう。


「あ~、マリアンヌはまだ思い出せていないようだね」

「何を、ですか?」

「シモンズ男爵領の中心地は、レオだった頃の僕とマリーが暮らしていた開拓村だよ」

「え? ええええぇぇぇぇー!」


 マリーの頃の記憶も、朧気ながら思い出していたが、自分の住んでいた土地が王国のどこだったかかは知らなかったのだ。


「もしかして、姐さんがシモンズ家に嫁いだのも」

「うん、ヨアン・シモンズ男爵の人柄もあるけれど、それ以上に、あの地への思い入れがあったんだよね」

「では、私と結婚することも視野にいれて?」

「それはない」

「あ、そうなのですね」


 もしかして、すべてはレオポルドの描いたとおりに事が進んでいるのかと思ったが、どうやら違ったらしい。


「ブラックウェル公爵家の力で以てどうにかするつもりだったのだけれど、父があの様だったでしょ? だから公爵家の力ではなく、金の力でどうにかしようと考えて、隣国で金を貯めまくったんだ。結果的に、公爵家の力と金の力の両方を使って、マリアンヌと一緒にシモンズ家も手に入れたわけだけれど」


 結果だけ見れば、確かにそうだ。


「だから僕は、一段落したらシモンズ領に居を構え、あの土地でマリアンヌと畑を耕したいんだ」

「――――!」

「君と……マリーと幸せな農民生活を送るはずだったあの場所で、今度こそ一緒に畑を耕したいと思っている」

「れ、レオポルド、さま……」


 公爵という絶対的な地位を持ち、巨万の富も得ているレオポルド。それでも彼は、畑を耕したいと言う。

 持たざる者が聞けば、持っている者の道楽だと思うだろう。

 だが他人がどう思おうと関係ない。

 レオポルドは、果たせなかった夢を叶えたいのだと思う。私もそうだ。

 思い出してしまった以上、レオポルドの気持ちを知ってしまった以上、その夢は彼だけのものではない。そして、彼一人では果たせない。

 ならば、私も共に歩むのみだ。



 そうして更に一年と少々、ようやくゴタゴタが落ち着いた。


 王都で国王陛下も参列してくれた派手な結婚式を終え、私とレオポルドはシモンズ領に新たに建てた新居にいる。

 周囲の者は、『なぜシモンズ領? しかもあんな場所?』みたいな反応だったが、そんなのは知ったことではない。


「やっぱり、君はその格好が似合うね」

「なんだか馬鹿にされた気分です」


 如何にも農婦といった安手の服を身に纏った私は、お馴染みの三つ編みに頭巾という出で立ち。どう見ても公爵夫人には見えない装いだ。


「馬鹿になどしていないよ」

「レオポルド様も、とても公爵様には見えません」


 安っぽい革製のズボンにチュニック、ベルトには仕事道具がぶら下がっていて、どれを見ても公爵が身につける物ではない。


「いいんだよ。僕はブラックウェル公爵としてではなく、レオという一人の農夫としてここにいるんだから」

「そうですね。ここではただの農民、マリーとレオですものね」

「そういうこと」

「では、まずは草刈りからはじめますか」

「よしっ、頑張るぞー!」


 農夫の格好をしていても隠しきれない美青年と、その装いがしっくりくる田舎娘。

 そんな私達二人は、ようやく夫婦として一緒に農作業ができる。

 この日までに費やされた百年以上の時間が、無駄だったのか必要だったのか私には分からない。分かるのは、今がとても幸せだということだけ。それ以上でもそれ以下でもない。


 私達はブラックウェル公爵とその夫人として、やらなければならないことは沢山ある。農作業だけしていればいいわけではない。

 それでも今は、得られなかった時間を取り戻すべく、農作業に精を出す。


 私達の時間はまだ始まったばかりで、これから沢山の物語が紡がれるのだから、焦らずゆっくり、二人で一緒に歩んで行く。


 この先に訪れる未来は、きっと素晴らしいのだと信じて。


今度こそ終わりです。

当初は、本編より先に作った前世編や前々世編を手直しし、外伝として投稿する予定でしたが、それこそ蛇足だと思うのでお蔵入りです。

そもそも手直しすべき点が多過ぎて手付かずですし。


拙い作品でしたが、最後までお読みいただき、ありがとうございました。

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