第49話 変貌
「君がマリウスだった頃、君を刺し殺したのが、没落させられた元男爵令嬢だったのは覚えている?」
「は、はい……」
なぜだかレオポルドがそんな事を聞いてきた。
「時の王弟で初代ブラックウェル公爵だった高祖父が、マリウスのやらかしたことを隠すために罪をでっち上げて男爵家を取り潰し、そのまま放逐した結果があれだったからね、ズリエルが復讐にやってくる可能性もある」
「…………」
今更ながら、マリウスだった頃の自分がクズ過ぎて情けなくなる。
「だから王都やブラックウェル、シモンズ領などに立ち入ることを禁止すると共に、王国最果ての地に飛ばす。暴行だけで流刑というのはやり過ぎだけれど、シモンズ家乗っ取りに加担していた部分もあるから問題ないだろう、そう陛下は言っていたよ」
陛下を動かせる、公爵だか従兄弟だかの力が凄いと思うのと同時に、私の不安を取り除くためにその力が使われるのは、かなり申し訳ない気持ちになる。
「権力の私的使用に心を痛めているようだけれど、根本的に悪いのはズリエルだ。君が心を痛める必要はないよ」
「ですが……」
レオポルドは、私の心痛を何故か分かっている。私の感情とは、そんなに分かり易く表に現れているのだろうか、などと思っていると――
「僕が望めば、ズリエルを極刑に処すこともできる。それをしないのは僕の温情だ。ヤツは僕の可愛いマリアンヌに手を挙げた。あまつさえ君の胸を……」
「え?」
一瞬怒りの形相になったレオポルドだが、私が間抜けな声を出してしまったことで苦笑いをする。
「あ、いや、何でもない。とにかく、ズリエルはここから遠く離れた地で、地位も財産もなく、裸一貫で生きていくことになる。一応監視も付けておくし、もう一生会うこともないだろう」
「そうですか」
元婚約者であっても、私がズリエルに好意を寄せたことはない。かといって、この処置に罪悪感がないわけではないが、そんなことに気を揉むのはレオポルドに失礼だろう。
私は過去を振り返って反省するのではなく、レオポルドと共に新たな人生を歩むのだ。ならば、前だけ向けばいい。
ズリエルへの判決が下って暫く経った頃、前公爵であったテッド・ブラックウェルが亡くなった。
所謂”腹上死”というやつだ。
私は詳しい状況を知らないのだが、レオポルドが言うには――
「久しぶりの”獲物”に父は大変ご執心でね、それこそ朝も夜もなくヴェロニカを愛し続けていたらしいよ」
「そ、それは……」
マリリンの記憶でテッドの異常性を知っている私は、詳しく聞かなくともなんとなく想像ができてしまう。――いや、想像したくもない。
「でも、ヴェロニカの借金はまだ完済されていないからね、今後は下女として公爵邸で働いてもらうことにしたから」
「お、お義母様が、この公爵邸で働くのですか?」
「ああ、大丈夫だよ。下女は最下層の従者で、表立った場所での仕事はさせてもらえない。それに、今の彼女はマリアンヌの知るヴェロニカではなくなっているからね」
「…………」
レオポルドは大した事のないように言うが、私の継母に対する恐怖心は払拭されていない。
継母が就かされる職場だと、私は彼女と顔を合わせないようだが、それでもいつバッタリ鉢合わせるか分からないのだ。それはやはり不安だった。
そんなある日、メイド服に身を包んだ私が専用の家庭菜園の手入れをしていると、少し離れた場所で誰かが叱責の声を上げている。
気になった私が足を運ぶと、そこには公爵家にしてはかなりボロのメイド服を纏った女性が地に額を擦り付け『すみません』を連呼している姿が。
その隣には、侍女見習いの若い子が「謝罪ではなく仕事をしてください!」と大変ご立腹だ。
「どうかしたの?」
「え? ……お、奥様! 大変お見苦しいところをお見せしてしまい申し訳ございません」
「私はまだ奥様ではないのだけれど……。それはいいとして、何かあったの?」
公爵邸で働く者達は私を奥様と呼ぶようになっていたのだが、まだ婚約者の身である私は、なんだかその呼び名がむず痒く感じてしまう。
「はい。この新人は年齢が些か高い所為なのでしょうか、物覚えが悪く失敗ばかりで、仕事をする時間より謝罪をしている時間の方が長いのです」
「う~ん……、覚えるまでに時間のかかる方もいるのよ。もう少し、長い目で見てあげて」
「か、かしこまりました」
従者に上から目線で話しかけることにも慣れきた私は、叱るでもなくなるべく優しく侍女見習いに話しかけた。
彼女は大変萎縮してしまったが、「貴女が悪いわけではないのよ。貴女の頑張りはケイトに伝えておくわね」と労ったことで、見習いはホッとした表情を浮かべる。
やはり私は、恨まれたくない精神が抜けきっていないのだ。
「ほら貴女も立ち上がって。不慣れで大変でしょうけれど、少しずつゆっくり覚えていけばいいのよ」
「すみません。すみません」
私は地べたに這いつくばる、赤茶色の一房の三つ編みを見つめながら声をかけた。
「…………」
赤茶色の一房の三つ編みって、み、見覚えが……。
「――――!」
三つ編みの女性がゆっくり立ち上がり、その顔を目にして私は固まってしまう。
「……ま、マリアンヌ……さ、さま。……も、申し訳ございません」
「…………」
すっかり痩せ細り、顔の皮膚がたるんでいて、目尻も下がっているが、この女性は紛うことなき継母だ。
すっかり変貌したこの姿に、かつて枝鞭を持って私を威嚇していた面影はない。むしろ、初めて会った頃の、私をマリアンヌ様と呼んでいた頃の方がまだ近い。
「この者は、最近雇われた下女のヴェロニカと申しまして、通常は奥様の生活空間に入らないようにされております」
「そ、そう」
「本日が家庭菜園お手入れの日と知らず、ヴェロニカを表に連れ出してしまいました。大変申し訳ございません」
「い、いいのよ。今日は私が突発的に手入れをしていただけで、予定を伝えていなかったのだから。――では、私は行くわね」
私は逃げるようにその場を立ち去った。




