第24話 貴族の常識
「で、では。――ブラックウェル公のお相手が男爵令嬢というのは、貴族の常識に当て嵌めますと、些か問題があるのではないかと愚考いたします」
恰幅の良いカイゼル髭の男性は、かなり緊張した様子で国王に一礼すると、先程までかいていなかった脂汗を一気に噴出しながら意見を述べた。
「仕方あるまい。ブラックウェル公の打診に応えたものが、そこの令嬢しかいなかったのだからな。余としても、ブラックウェル公には王国のために、しっかりとした家庭を築いてもらいたいと思っていたのだ。それでもなかなか相手が見つからず、余も心配しておった。そしてようやく伴侶が見つかったのだ、これは実にめでたいことではないか」
笑みを消し、毅然とした表情であった国王が、本当に喜んでいるのか、話し終わると表情に薄っすらと笑みを浮かべていた。
「しかし家格が……」
「異な事を言う。候も言っていたではないか、”呪われた公爵家”などと言われ、斜陽の一途を辿るブラックウェル家に、誰が好き好んで娘をやるかと。たとえ困窮した男爵家とて、娘を差し出す家はないとも言っておったな。その言い分であれば、嫁ごうする者がおれば、男爵家でも構わんということになる。そして実際こうして現れたのだ、何ら問題はあるまい」
「ですが――」
「何度も言わせるでない。余はブラックウェル公の婚姻を認めたのだ、この件での不服は一切受け付けん」
「…………」
国王に候と呼ばれていた男性は、呼び名からして侯爵なのだろう。やり取りを聞いている限り、平時から国王と会話を交わせる地位にいる偉い方のようだ。
そんな貴人は国王に睨まれ、顔を真っ青にして俯いてしまった。脂汗はなおも止まる気配がない。
周囲の者達も、とばっちりは喰らいたくないとばかりに、皆が皆俯いている。
その後は誰一人、口を開くことがなかった。
「皆の者に言っておく。ブラックウェル公爵の打診に対し、其方らは誰一人応えておらん。それを家格がどうのと、今になって言い出すとは何たることだ。――再度言わせてもらう。ブラックウェル公爵の婚姻に対し、今後一切の異議異論を認めん。以上だ」
周囲を見回す国王に対し、全員が頭を下げ「はっ」と答えた。
「ではブラックウェル公、この後は存分に楽しんでくれ」
「申し訳ございません陛下。ご存知のとおり、私は体が弱くございますゆえ、本日はこれで暇をいただこうと存じます」
「そうであったな。無理は良くない、帰ってゆるりとするが良い。――其方……マリアンヌと申したか」
「はい」
「公のこと、宜しく頼んだぞ」
「かしこまりました」
「うむ」
一国の王らしく、国王は言いたいことを言うとその場を後にした。
一方のレオポルドは、いつもの柔らかい表情を浮かべ、そっと私の手を取ってくる。
「では帰ろう」
「あ、はい」
再度向けられた多くの視線に恐怖を感じた私は、やはり俯いてしまう。
そんな私を、レオポルドはゆっくりとした歩調でエスコートしてくれた。
馬車に乗って少し緊張の解れた私は、どうしても尋ねずにはいられない。
「レオポルド様、先の程のお話なのですが、どういうことでしょうか?」
「邸に戻ったら説明するよ」
そう言われてしまうと、今すぐ説明してほしいと言えなくなってしまう。
私は仕方なく口を閉じ、無言のまま馬車に揺られた。
邸に着くと着替えを済ませ、レオポルドの部屋に向かう。
既に着替え終わっていたレオポルドの向かいに私が座ると、お茶だけ置いて従者は全員部屋を出た。
もはや慣れたことだが、ブラックウェル公爵邸では、未婚である私とレオポルドが二人きりになることが多い。
未婚の男女が密室で二人きりになるというのは、考えるまでもなく貴族の常識から外れている。そんなことは理解しているが、文句を言える立場ではない私は、ただ受け入れるしかなかった。
「さて、まずは僕の方から質問したいのだけれど、いいかな?」
この状況が『当然である』と言わんばかりのレオポルドは、私に対する説明ではなく、私に質問をしたいと言う。
「何でしょう?」
「マリアンヌがこの邸にくるにあたり、婚姻を前提とした交渉があると把握していたはず。ならば、書状の文面は知っているね?」
「……それが、お義母様からブラックウェル公爵家へ向かうよう言付かり、カードだけ受け取りましたので、書面は目にしていないのです」
バカ正直に話すのは憚られるが、文面を読んでいないのに質問されてはボロが出てしまう。なので、ここは正直に応えることにした。
「では、なんと言われて送り出されたんだい?」
「公爵家のご当主様が、後妻をお探しだと聞いておりました。なので私は、レオポルド様のお父様に嫁ぐものだと思っておりました」
「なるほどね」
多分、問題になるようなことも言っていなければ、正直に事実も伝えている……はずだ。
「では説明するね。まず、王国中の貴族家に送った書状の文面を大まかに言うと、『ブラックウェル公爵家の当主に嫁いでください』だね」
その文言では、誰もが前当主の後妻だと思うだろう。なにせ、代替わりしている事実を知らなかったのだから。
しかも公爵家は、例の呪われた噂だけでも問題なのに、『斜陽の一途を辿っている』らしいではないか。そんな家に可愛い娘を出したくないのは、普通の感覚を持っていれば当然だろう。
裏を返せば、こんな話に乗る者は『普通ではない』ということになる。シモンズ家の継母のように。
だがおかしい。
継母のような金の亡者が、他にも一人や二人くらいいるのではないだろうか?
貴族といえど、金回りが悪くて困窮している家もあるだろう。何も、散財をしているのはシモンズ家の継母だけではないはずだ。
貴族だからこそ見栄を張り、余裕そうに見えて実は借金をしてる、という家が意外と多いことを知っている。
また、高級娼婦だった前世の私に、これでもかと貢いで没落した貴族が何人もいたのだ、男女を問わず、金遣いの荒い貴族はそれなりにいるはずなのだが……。
「レオポルド様、私の記憶違いでないのであれば、結婚持参金を免除されただけではなく、援助もしてくださるのでしたよね? それでしたら、他家からの申し出があったのではないですか?」
「まあそう思うよね。政略的なことを考え、年老いた上位貴族の後妻に低位貴族の若い娘が収まる、などいうことことはある話だよね」
「そうですよね」
やはりレオポルドも、その辺りは分かっている様子。
しかしそれは、私の求めている答えではない。
「だからそういった場合、マリアンヌの言うとおり、持参金を免除したりするのが普通だね。でも今回は、初婚の僕の相手探しだ、持参金の免除なんてしてないよ」
「…………えっ?」
レオポルドの口から出た予想外の言葉は、私の脳がすんなり受け入れられるものではなく、しばし考えた挙げ句に出たのは、間抜けな声だけだった。
「僕はブラックウェル公爵家がどう思われているか知っている、と以前に言ったことがあるよね?」
「は、はい」
「だからそれを利用させてもらったんだ」
意味が分からない。
自分の頭はどれほどポンコツなのだろうか、そんなことを思ってしまうくらい、レオポルドの意図が読めない。
だから私は考えるのを止め、彼の言葉を待つことにした。




