第25話 意図
「父と結婚するとすぐに死んでしまう」
レオポルドが話し始めるのを待つ私の耳に、まっさきに届いたのは随分と物騒な言葉だった。
だがそれこそが、貴族界隈で広まっている”呪われた公爵家”の噂だ。
「それだけではなく、現在のブラックウェル家の収入は激しく落ち込み、公爵家とは名ばかりの貧乏貴族。だが腐っても公爵家、安い持参金で輿入れなんて無理な話。だから相応の持参金を用意しなければならない。他家はそう思っているのだろうね」
「…………そうかもしれませんね」
少し考えてみるものの、レオポルドの推測を否定する要素はない。
だからといって、『そのとおり!』などと元気良く相槌を打てる内容ではないため、私はやんわり同意しておくに留めた。
「となると、困窮している低位貴族家が、無理して持参金を集めて輿入れする価値があると思うかい?」
「ない……です」
やはり答えづらい問を放ってくるレオポルド。それに対する私の答えは、どうにも歯切れが悪くなってしまう。
だがレオポルドの言わんとすることは分かる。しかし、ここまで聞いても話の根底が分からないのだ。……一体、彼は何を伝えたいのだろうか?
「だからね、後々になって何か言いがかりを付けられてもいいように、多くの貴族家へ打診しておいた。それも、了承されないのを前提で」
「はあ」
「でもね、シモンズ男爵家にだけ、持参金の免除と融資の件を明記したんだ」
「はぁ~っ?」
常に笑顔のレオポルドが、『シモンズ男爵家にだけ』などと言って、とても爽やかな笑顔を見せる。この笑顔は表面上だけのものではなく、本当の笑顔であろうことが伝わってきた。
だが肝心な部分が伝わってこない。それどころか、私の脳内は一層の混乱を生んでいる。
なんとももどかしいのだが、それでも私は聞き役に徹するしかない。
「僕はね、シモンズ家の経済状況を知っていたんだ。だから持参金の免除と融資の件を明記することで、マリアンヌを差し出すと確信していたんだよ」
「…………?」
どうしてそんなことを? だって、レオポルド様は私のことなど知らなかったはず。
「何故そのようなことを?」
「マリアンヌは知らないと思うのだけれど、君が貴族学院を卒業した日の式典で、僕は君を見付けたんだ。たまたまこの帰国していた時期のことだよ」
「――――!」
それって、あの目が合った時のことよね?
覚えていたのは私だけだと思っていたけれど、レオポルド様も覚えていてくれたのね。
「君は困った状況にいたようだけれど、そのときの僕はまだ表立って行動できなかったんだよね。だから仕方なく、その場を後にしたんだ。――そしてその後、僕は君のことを調べさせた。その間、僕はずっと療養していた国に戻っていたんだけれど、ようやく王国へ帰ってときには、君の父上が亡くなっていたんだ。……僕がもう少し早く動けていればと後悔している。すまなかったね」
「ちょっ、レオポルド様は何も悪くありません。お顔をお上げください!」
いろいろと分からないことだらけだが、父の死にレオポルドが関係ないのは事実だ。だというのに、彼は私に頭を下げて謝罪をした。
そのことに驚いてしまうが、公爵が男爵令嬢如きに頭を下げるのは良くない。
だから私は慌てて言葉を発した。
「そう言ってもらえて良かった」
頭を上げたレオポルドは、安堵の表情を浮かべている。
なぜ彼が、そこまでシモンズ家のことを気にかけているのか不明だが、今は会話に集中すべきだろう。
「まあ、そういう訳なんだ」
「…………? レオポルド様、申し訳ないのですが、私には何がそういう訳なのか分かりかねます」
会話に集中しようと思った矢先、レオポルドの話は終了してしまった。
話があちこちに飛んでいて、未だに要領を得ないままに……。
これでは、レオポルドの意図がさっぱり分からない。
「うむ。どうやらマリアンヌに、僕の気持ちが伝わっていないようだね」
「……申し訳ございません」
もしかすると、レオポルドはしっかりと伝えてくれていたのに、私の察しが悪くて理解できていない可能性がある。
地頭が良くない自覚がある私だが、どうやら自分思っていた以上に私の頭はポンコツなようだ。
「では端的に言うよ」
「お願いします……」
「僕はマリアンヌに一目惚れした。だから僕は、ブラックウェル公爵家の悪い噂とシモンズ男爵家の経済状況を利用し、君を僕の妻にしようと画策した、ってことだよ。――これで伝わったかな?」
「………………え? ええええぇぇぇぇぇぇ?!」
ようやくレオポルドの意図が理解できた……かどうか分からないが、そんなことより、彼からの仰天告白に驚かずにはいられなかった。
どどど、どうして私を? 地味で痩せっぽちの嫌われ者、そんな私の何処に惚れる要素があるというの? ――ハッ! もしかして胸?
そういえば、卒業式典に参加した際のドレスは、お義母様の趣味が反映されたデコルテが大きく開いたドレスだったわ。ただ、背中の傷が見えないよう、フロントだけが開いた特殊なラインだったけれど……胸元が下品に開いていたのは確かよね。
そんなことを考えてしまった私はゾッとして、思わず両腕で胸を隠すような仕草をしてしまう。
しかも、意図せずレオポルドを蔑むような目で見てしまった。
「ん?」
私の視線に気付いたレオポルドは、なにやら小首をかしげている。
「レオポルド様は、そのぉ……胸がお好きなのでしょうか?」
「胸? ……ああ、マリアンヌは胸が大きいよね」
屈託のない笑顔でそう言うレオポルド。
やはり男性は大きな胸が好きなのだと、私は改めて実感した。
「僕はマリアンヌの胸というより、胸の奥に眠っているものが好きかな」
胸の奥? それって、裸が見たいということかしら?
「マリアンヌが何を考えているのか知らないけれど、僕は君を”純粋に愛している”。だから少々ズルい手を使ってでも、君をこの邸に呼び寄せたんだ。もう離しはしないよ」
ニヤリと笑ったレオポルドに、私は背中が震えた。
そして思い出す。ブラックウェル公爵家の者が異質であることに。
私は思い違いをしていたのだろうか?
公爵家で危険視すべきは、まだ見ぬ前公爵ではなく、現公爵であるレオポルドだったのでは?
今の私は、知らず知らずの内にレオポルドを信用し始めていたように思う。だから警戒心が薄れていた。
もしかすると、既に取り返しのつかない状況になっている可能性が……。
「今日はいろいろあって疲れたようだね。部屋に戻ってゆっくり休むといい」
気落ちした私を見たレオポルドは、私が疲れていると勘違いしたようで、優しい言葉をかけてくれた。
少し前までの私なら、それにやすらぎを覚えたかも知れない。
だが今の私には、その優しさが怖かった……。




