第23話 諸説
「せっかくですので、皆様にもご挨拶させていただきます」
レオポルドは、なぜか挨拶をすると言い出した。
何か突飛なことでもするのかと思っていたが、彼は奇をてらうでもなく、極当たり前の行動を選択しただけだ。
「長らく社交の場に出られず、ほぼすべての方がはじめましてになると思います。私はレオポルド・ブラックウェル。現ブラックウェル公爵家の当主です」
”現ブラックウェル公爵家の当主”という発言に、一度は収まったざわめきが再び起こる。
それとは別に、いつも自分のことを『僕』と言っているレオポルドが、珍しく『私』と言っていることに、なんだか不思議な気持ちになる私。
それはさておき、周囲からは「どういうことだ?」「そんなことは知らん」といった声が多く上がっている。
レオポルドはそれらをニコニコと聞きながら、今度は喧騒を静めることもなく口を開く。
「皆様もご存知のとおり、叙爵や昇爵は年に一度の叙勲式典で行われるのみ。ですが、襲爵は各家の都合もあるため、陛下の許可があればいつでも行えます。――我がブラックウェル公爵家ですが、父の体調が思わしくなく、逆に私の体調が良くなったため、当家は先ごろ代替わりいたしました。勿論、陛下からご許可をいただいております。ただ襲爵の事実は、叙勲式典まで公式に発表されません。何かの折に耳にすることもあるかと存じますが、私からは喧伝しておりませんので、皆様がご存じないのも仕方ないでしょう」
それほど大きな声ではないが、良く通る声はざわつく野次馬を黙らせている。
ちょっとした演説が行われているような現場を鑑みて、私は『さすがは王家の血を引くレオポルド様』などと場違いな感想を心の中でつぶやいてしまう。
「既に公爵になっているのであれば、なおさら男爵令嬢との婚約などおかしい」
「是非とも我が娘を!」
「なぜ男爵令嬢などを?!」
黙って聞いていた野次馬が、再び騒ぎ出した。
やはり男爵令嬢では釣り合わないなどの声が多く、自分の娘を売り込んでいる者までいる。
「おかしなことを仰る。我がブラックウェル公爵家は、適齢期の御令嬢がおられる王国の貴族家、そのすべてに婚姻の打診をしたはずです。――まずは伯爵家までの上位貴族家に。しかし一件たりとも、了承どころか問い合わせもいただけませんでした。なので家格が不釣り合いなのを承知で、子爵や男爵家に打診をしたのです。ですが、それでも応じていただけず、唯一私との婚姻を了承してくれたのが、シモンズ男爵家のマリアンヌ嬢です」
私自身も知らない事実を知り、本日何度目かの驚愕で、またもや唖然としてしまった私を、レオポルドはそっと自分の脇に並べ立たせる。
思わず顔を上げてしまった私に、とんでもない数の瞳が向けられていた。
地味な私を見たからだろうか、野次馬は納得いかないようで、即座に反論をする。
「あの書状は、『ブラックウェル公爵家当主の妻を求める』との趣旨でありました。それだけでは、ブラックウェル公爵……前公爵の後妻だと思うではないですか」
「そうです。ブラックウェル家の代替わりを知らなかったのですから、前公爵の後妻と思うのは当然です」
野次馬の言うことは尤もかもしれない。
私自身、書状そのものは読んでいないが、継母からは『公爵の後妻』と言われていたのだ。
レオポルドの妻を求めていたなど、婚約者と言われた私でさえ今知ったのだから。
なおも止まらない野次馬から、「ブラックウェル家の嫡男殿は、静養中で王国にいないとも言われておりました」という食って掛かるような言葉や、『実は最初からいなかった』説や、『既に亡くなっている』説まで、レオポルドにまつわる諸説が飛び出している。
そんな騒動の中、騒ぎを起こした張本人である私の元婚約者ズリエルは、既にこの場にいなかった。どうやら、騒ぎに乗じて逃げ出したようだ。
無駄に大きな体なのにも拘わらず、よく気取られずに逃げ出せたものだ、とある意味感心してしまった。
それはそうと、収集のつかないこの状況がどうにかなるのだろうか、と私は心配になる。だが私には何もできない。
私にできることは、ただただ時間が経過するのを待つだけであった。
しかし――
「何の騒ぎだ」
この一声で、一気に事態が動きだす。
「お騒がせしてしまい、申し訳ございません」
そう言って、レオポルドが男性に頭を下げた。
貴族として最上位である公爵家の、しかも当主が頭をさげる存在など、この王国に数人しかいない。
”王族”だ。
我が王国で言う王族は、国王夫妻とその直系の子や孫のこと。
王家の血を引く公爵家が王家の一員と呼ばれても、決して王族とは呼ばない。
そして現在の国王夫妻は若く、まだ子をなしていないのだ。
となると、公爵家当主が頭を下げる男性など、この王国には一人しかいない。
”国王陛下”である。
眼前に現れしレオポルドと似た金髪碧眼の男性――国王陛下は、騒ぎを聞きつけたのだろう、壁際の言い争いの場までまでわざわざ足を運んできたのだ。
いくら上位貴族といえども、国王が現れてしまえば誰も口を開けない。
「ブラックウェル公、この騒ぎは何だ?」
衣擦れの音ひとつしない静寂の中、国王の低い声だけが辺りに響く。
「はっ。私がブラックウェル公爵の位を引き継ぎましたこと、並びに、私の伴侶となるマリアンヌをご紹介させていただいておりました」
珍しく笑みを消して真面目な表情をしたレオポルドは、国王に対して慇懃に状況説明をした。
感情が籠もっているいないを別にして、常に笑顔のレオポルドが見せた真面目な表情に、私は少しだけドキッとしてしまう。
「公の隣におるのが、先程言っておった婚約者か?」
そして国王は、『先程言っておった婚約者か?』などと言っている。なぜ国王の口からそんな言葉が出るのか不思議でならない。
「そうでございます。――マリアンヌ、陛下にご挨拶を」
レオポルドは、しれっと私に挨拶するよう促す。
しかし私は、あまりにも唐突な出来事に体が動かない。そんな私の腰に、レオポルドがそっと手を添えてくれた。
たったそれだけのことなのだが、私の体から固さが抜けて行く。
意を決した私は、一度胸元に右手を持っていくとギュッと掴み、軽く息を吐く。
まだ緊張感はあるが、それでも幾分か無駄な力の抜けた私は、スカートを摘まんで挨拶をする。
「お初にお目にかかります陛下。マリアンヌ・シモンズと申します。こうして陛下にご挨拶できる栄誉を賜り、恐悦至極に存じます」
胸の鼓動はとても速い。それでも、言葉は驚くほどスラスラと出てきた。
もしかすると前世か前々世の私は、このような場面に遭遇したことがあるのかもしれない。ならば、今だけは過去の自分に感謝だ。
「男爵令嬢と聞いて心配であったが、なかなかどうして、しっかりした令嬢ではないか」
「陛下にそう仰っていただき、私もひと安心でございます」
「うむ。婚姻の許可を与えたのは、何の問題もないようであるな」
「なっ!」
私の知らぬ間に、レオポルドは婚姻の許可を得ていたようだ。
それを不服と思ったのか、野次馬の中から驚く声が上がった。
「どうした? 言いたいことがあれば言うが良い」
国王は恰幅の良いカイゼル髭の男性に向かって、『言いたいことがあるなら言え』とばかりに、王国の頂点に君臨する者らしく尊大に声をかけた。
若き王は笑みこそ湛えているが、まったく笑っていない碧い瞳で彼の者見据えながら。




