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第14話 大失態

 大問題! それは私の調理技術が今ひとつということだ。


 そもそも私は、公爵家の料理人のような素晴らしい料理は作れない。それではレオポルドの期待を裏切ってしまう。

 だが焦ってはいけない。

 レオポルドを満足させられる料理が作れないのであれば、野菜の皮剥きなどできることで貢献すれば問題なかろう。

 無理にできないことに手を出して失敗するより、できることを確実にこなし、できないことは覚えていけばいいだけの話。無理をした結果、失敗して邸を出されてしまっては意味がない。

 レオポルドから、仕事は自分で選んで良いと言われているのだから、無理をする必要はないのである。


 できることをしっかり頑張ろう。


 私は新たな決意を胸に刻み込み、侍女に連れられ自室に戻る。

 さらりと「夜着に着替えましょう」と言われ、言われるがままに身を任せてしまう。


「それにしても、マリアンヌ様のお背中はこのままでよろしいのですか? お医者様をお呼びになられた方が……」


 されるがままだった私の背後から、侍女の少し重たい声が聞こえてきた。


 夕食の前に湯浴みをさせられた際、継母に何度も打たれた背中の傷を侍女に見られてしまったのだ。

 だが真実を素直に打ち明ける訳にはいかない。万が一、それがレオポルドに伝わり、まかり間違って継母に伝わってしまっては拙い。私が告げ口をしたようなことになると、いずれ継母に会った際に報復される可能性がある。――考えただけで恐ろしい……。

 だからこそ、苦しい言い訳だと分かっていても、『やんちゃだった幼い頃、森で枝に引っかかることが多くあった』や『ドジでよく転んだり階段から落ちるから』と釈明し、レオポルドには内緒にしておくよう頼んでいたのである。


「レオポルド様にこのことは……?」

「伝えておりません」

「それは助かります。ドジだと知られては、何かやらかす前にこの邸を叩き出されてしまうかもしれませんので、このまま知らないフリをしておいてください。お願いします」

「マリアンヌ様がそう仰るのでしたら……」


 彼女にしては歯切れの悪い言葉であったが、どうやら私の意思を尊重してくれるようだ。実にありがたい。


 それにしても、私が公爵家にくるまでの数日間、珍しく継母に叩かれない日が続き、最新の傷もほぼ癒えていたのには助かった。

 これが直前に鞭で打たれて真新しい傷を負っていたならば、いっそ激しく詰め寄られていたかもしれない。

 ある意味で、不幸中の幸いと言えよう。


 テキパキと私の身支度を整え終えた侍女は、訝しげな視線を向けてくる。それでも余計なことは言わず、何かございましたらお声がけくださいとだけ言い残し、すっと部屋から立ち去って行った。

 そして私は一人佇む。

 目の前には、天蓋付きの大きくて立派なベッドが鎮座している。


「私がここで寝ても良いのかしら?」


 恐る恐るふわふわしている上掛けをずらすと、真新しい真っ白なシーツ。

 意を決して体を乗せてみると、すっかりやせ細った私の軽い体が沈み込む。


「これだったら、鞭を打たれた直後でも背を預けられそうね」


 背中が痛くてうつ伏せでないと眠れなかった日々でも、ここでなら仰向けで眠れそうな気がしてしまう。

 このような立派なベッドで、最初に出た感想の惨めさに、自分自身が嫌になる。


 なんとも情けない気持ちになってしまうも、明日からは使用人として頑張らねばと気持ちを切り替え、まずは早起きする算段を立てる。

 だがあれこれ考えながら、眠りを(いざな)うふかふかな布団に包まれていると、自然と瞼が下りてきてしまい、私はあっという間に眠りに就いてしまった。



「……ま。…………ン……ま。……リアン……様」

「……――ん、んぅ~……」

「マリアンヌ様」

「……ん、……ハッ!」


 やってしまったわ……。


 私は使用人初日からすっかり寝坊し、ケイトという名であることが判明した年嵩の侍女に起こされていた。

 まさに大失態である。


 寝坊した私は、前日に希望したメイド服を早速着せてもらい、土色の地味な髪は動き易いいつもの三つ編みにしてもらった。

 さすがは公爵家、メイド服であっても上質な生地を使っている。と思うのと同時に、なぜ私は身支度を整えてもらっているのだろう、と疑問に思う。


 私の疑問など意に介さない敏腕侍女のケイトは、有無を言わせず私の身支度を整え終える。その後は、昨晩と違う食堂に私を連行した。

 するとそこには先客がいた。言わずと知れたレオポルドだ。

 しかも、彼はもう食べ終わったようで、食後の紅茶を飲み終わったのだろう、カップを置いて席を立つところであった。


「お、おはようございます、レオポルド様」

「ああ、おはよう。よく眠れたかな?」

「は、はい。とても良く眠れ過ぎて、寝坊をしてしまいました。も、申し訳ございません」


 いそいそとレオポルドに近付いた私は、しっかり腰を折って深々と頭を下げた。

 不安な心を落ち着かせるよう、私の右手は胸元を掴んでいる。


「よく眠れたのなら良かった。それに、寝坊など気にしなくていいんだよ。マリアンヌは好きに生活してかまわないのだから。――さて、僕はすぐに出かけるから、マリアンヌはゆっくり朝食をとるといいよ」

「ありがとうございます」


一度上げた頭を再度下げると、ふっと鼻で笑ったような声が聞こえた。

 何かやらかしてしまっただろうか、そんな不安な気持ちで頭を上げると、無感情なレオポルドから、少しだけ和らいだ雰囲気が感じられる。


 彼と正式に出会ってから、まだ丸一日も経っていない。だからこの感じは気のせいなのかもしれないが、なんとなく間違っていないような気がした。

 たとえそれが、私を見下した感情だとしても、何らかの感情を示してくれた可能性が高い。私はそのことが、単純に嬉しく思えた。


「メイド服、なかなか似合っているね。その髪型も素朴でいいと思うよ」

「…………」


 それって、『お前みたいな安い女には、贅沢なドレスよりお仕着せがお似合いだな』とか、『田舎娘らしいおさげがお似合う地味な女だ』ということかしら?


 レオポルドの言葉を、私なりに解釈してみた。

 そして自分なりに導き出したレオポルドの真意を、私は悲観的に捉えない。

 私が地味なことは、誰より自分自身が良く知っている。ならばそれは、私をしっかり見て的確なことを言ってくれたということ。むしろ喜ばしい言葉だ。


 なにせ私は、普段は二房の三つ編みだが、昨日は少しだけ気合を入れてハーフアップにしていた。

 レオポルドはそのことに気付いていたのだから、それがなんだか嬉しい。


「ありがとうございます。お仕事しっかり頑張ります」


 皮肉を言われている可能性が高い。それでも嬉しかったのは事実。だからこそお礼を言いつつも、使用人としてやる気があることもアピールしておいた。


「そう」


 短い言葉だが、レオポルドは笑顔で返してくれた。


 真意はどうあれ、表面上は笑みを浮かべたレオポルドの柔らかい表情は、私の警戒心を徐々に奪っていく。それはとても恐ろしいことだ。

 私はかつて、継母に心を許して痛い目にあっている。今回もここで気を緩めて、レオポルドから手痛いしっぺ返しをくらってしまうことも考えられるのだ。油断してはいけない。


「やる気があるのは良いことだけれど、無理せず程々にね」


 レオポルドは使用人を大切に扱う人なのだろう。

 使用人として不慣れな私に優しい言葉をかけ、右手をヒラヒラさせて彼は食堂を出ていった。


 いきなり寝坊という大失態を犯してしまった私だが、レオポルドの懐の深さに救われた気がする。

 警戒心を解いてはいけないが、彼の言動から、私はここでどうにやっていけるような気がしてきた。


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