第15話 戦力外通告
食堂から出ていくレオポルドを見送り、きっちり下げた頭を元に戻すと、私は侍女のケイトに引かれたイスに腰を下ろす。
目の前にはワンプレートなのだが、随分と大量の品々が乗った大皿が置かれる。
これは使用人用の賄い飯で、このプレートから個々の朝食を取り分けるのだろう、そう思ったのだが着席しているのは私だけ。それを不思議に思い、ケイトに聞いてみた。
「ケイトさん、皆さんの朝食は?」
「既に済ませております」
「え? ではこのプレートは?」
「マリアンヌ様のご朝食でございます」
なんと、目の前にあるのは私一人分の朝食だと言う。しかも、他の使用人は既に朝食を済ませていると言うではないか。
寝坊した私とは違い、早く起きた使用人の方々は定時に朝食をいただいたのだろう。そして、初日から寝坊するような使えない私のために、わざわざ多く残しておいてくれたに違いない。
ありがたい気遣いに、むしろ申し訳ない気持ちでいっぱいになる。
だから私は、明日こそは早起きしよう、そう誓って大急ぎで朝食を口に運んだ。
ちなみに、ケイトが私を『マリアンヌ様』と呼ぶように、私も彼女を『ケイト様』と呼んだのだが、やはり私が貴族であるからだろう、様付けで呼ぶことを却下され、妥協案的に『ケイトさん』と呼ぶことで落ち着いている。
それはさておき、『残してはいけない』そう思って頑張って食べているのだが、如何せん量が多くて食べきれない。
シモンズ男爵家で食事を作っていたのは私だというのに、自分が口にできる量は非常に少なかった。そのせいで胃が小さくなっているのだろう、私が作る料理より贅沢で美味しい食事であっても体が受け入れてくれないのだ。
「…………」
「マリアンヌ様、如何なさいました?」
ナイフとフォークを持ったまま微動だにしない私を不審に思ったのだろう、側に控えてくれていた侍女のケイトが優しく問いかけてきてくれた。
「……すみません、これ以上はちょっと……」
「無理なさる必要はございません」
「本当にすみません……」
ケイトの言葉に甘え、私は半分ほど残してしまった。
私は一番下っ端の使用人なのにも拘らず、まだ何も役に立っていないどころか寝坊した挙句、お残しまでしてしまう始末。しかも食べ過ぎて気持ち悪くなり、動けなくなってしまったのだから手に負えない。
非常に申し訳ない気持ちになると同時に、私は自分の不出来さを情けなく思う。
「ご用がございましたら、すぐにお声がけください」
「すみません……」
使用人として最後に起きた私は、早くもベッドに横たわっている。
ケイトはそんな私を咎めることもなく、何事もなかったかのように部屋から出ていってしまった。
こんなことではすぐにお払い箱になってしまう。そんな危機感が私を襲うのだが、気ばかり急いても仕方ない、と自分を擁護してしまう私もいる。
「はぁー、お義母様と離れたことで、私ってば気が緩んでしまっているわね……」
逆に考えると、それだけ継母に対して気を張っていたということなのだろう。だからといって、公爵邸が安全地帯だというわけではない。
ああでもないこうでもないと考えている間に、眠りを誘う柔らかな布団の誘惑に負け、私はまたもや眠ってしまっていた。
「少し量を減らしてもらいました。もし足りないようでしたらお申し付けくださいませ」
「……大丈夫です」
またもや食堂で、私は一人腰掛けている。
寝て起きて食事。寝て起きて食事。――おかしい、私は公爵邸にきてからそれしかしていないような……。
どうにも釈然としない気持ちを抱えながらも、現状に甘えてしまっている私は、今度こそ無様なことにならないよう気をつけながら料理を口にした。
「マリアンヌ様、お部屋へ戻りましょう」
またもや完食できなかったが、今度は気持ち悪くなる前に食事を終えると、ケイトが私を部屋へ戻そうとする。
だがそれではいけない。
「私も何かお仕事をしたいのですが」
「お仕事と言われましても、マリアンヌ様は体調が優れないご様子。まずは体調を整えることが優先かと」
仕事をあてがってもらおうと思ったのだが、ケイトは私を眺めると否定的な言葉をかけてきた。
それもそうだろう。私は既に成人しているというのに、平均的な身長に達しておらず、体型もガリガリで頼りない。しかも寝坊した挙げ句、朝食の食べ過ぎで動けなくなってしまい、減らしてもらった昼食も完食できなかった。
こんな様では、高級品があちらこちらにある公爵邸で働かせるのを、ケイトが危険だと思うのも当然だ。
私は働く前から戦力外通告を受けてしまった。……が、諦めない。
「大丈夫です。こう見えても体力には自信があります」
田舎育ちは伊達ではない。引き篭り期間もあったが、私は幼い頃から野山を駆け回っていたのだ。更にいえば、継母にこき使われていたことで、体力自体は強化されている。
ただ、痛む体で無理をしていたせいで、ふらふらしていることが多かったのも事実だが……。
「……でしたら、何をなさいますか?」
少しばかり眉を顰められてしまったが、どうやら働く許可はいただけたようだ。
しかし、何をすれよいのか分からない。
「何をすればよいのでしょう?」
「マリアンヌ様のなさりたいようにされて結構です。私はそれを見守るよう命じられておりますので」
「――――!」
私は気付いてしまった。
レオポルドが不在の間、彼は侍女の中で上位であろうケイトに私を監視させ、どれだけ仕事ができるか確認させているのだと。
しかも、指示されて動くのではなく、自発的に行動することを求められている気がする。
そして使えないと報告されてしまえば、私は公爵邸から放り出されてしまうに違いない。
私は役に立たない不要な記憶を持っているが、マリアンヌとしての私は地頭が良くない。
シモンズ男爵領をどうすれば富ませられるか考えるのは、ある意味自己責任のためできた。勿論、変な政策を打ち立てて領民に恨まれることのないよう、しっかり配慮をしていたつもりだ。
だが公爵邸中での仕事は、勝手にあれこれできるものではない。
掃除、洗濯、炊事などが仕事として考えられるが、公爵家の使用人たる技術を持っているかと問われれば、自信を持ってあるとは言えない。
これは一大事だ。
良い面を見せるどころか悪い面しか見せていない私は、早くも窮地に立たされてしまった。
しかも、ここはブラックウェル公爵家。まだ父が元気で、継母がくる前のシモンズ男爵家ではない。引きこもりが可能だったあの頃と今では、まったくと言うほど状況が違う。
そもそも私は、後妻になるためにやってきたが、結果的に夫人ではなく使用人としてここにいる。勘違いしてはいけない。
だから私は決断した。




