第13話 最後の晩餐
主を失った空間で一人途方に暮れていた私だが、暫くして応接室にやってきてくれた年嵩の侍女により、これから私が暮らす部屋へと案内してもらったのだが……。
案内の道すがら、公爵邸の広さに度肝を抜かされてしまう。
だがそれはまだいい。
肝を冷やされたのは、廊下の壁に掲げられた絵画や所狭しと置かれている壺、要所要所に置かれた花の活けられた花瓶などなど。どれも高価そう……ではなく、確実に高価であろう品々の存在。
うかつに掃除などして、ちょっとしたミスで破損でもさせてしまったら、とんでもないことになりそうな予感がする。
どうやら私は、違う意味で危ない橋を渡る選択をしたのだと自覚させられた。
「こちらが、今後お嬢様のお部屋となります」
「お嬢様?」
調度品に触れないよう、ビクビクしながら廊下を歩いていたら、いつの間にか私の部屋に辿り着いていたらしい。
侍女は扉を開けると入室するように促し、言うに事欠いて私をお嬢様と呼ぶではないか。
確かに私は、一応男爵令嬢と言われる立場ではある。しかし、この公爵邸では一番下っ端の使用人に過ぎない。そんな私がお嬢様と呼ばれるのはおかしい。
「あのぉ、私は本日からお世話になるマリアンヌと申します。これからはマリアンヌとお呼びください」
きっと私の名前を知らないのだろうと思い、敢えてシモンズの姓は名乗らず、マリアンヌという名だけを名乗った。
「かしこまりました。以後、マリアンヌ様とお呼びさせていただきます」
「え、いや……」
年齢的に、侍女長などの役職を持っているかもしれない女性は、なおも私に対して高貴な者に接するような態度だ。
そしてやっと気が付いた。
私が公爵家に後妻として迎えられたと、この侍女は勘違いしているのだわ。
どのようなお達しが従者に伝わっているのか知らないが、私が今日ここへきたのは、後妻になるためであった。
そのためのカードは私が門衛に渡し、更に執事からレオポルドへと渡っている。
もしかするとあの老執事が、『公爵の後妻がきた』と他の従者に伝え、部屋やら何やらを整えさせたのだろう。
公爵家の従者ともなれば、皆が皆優秀に違いない。だから先を読んで行動している。結果、正確な情報がまだ伝わっていない、そう私は考えた。
「あ、あの……」
「さあマリアンヌ様、本日はお疲れになったでしょう。まずはゆっくりしてくださいませ」
侍女は私の腰に手を添え、然も当然のようにソファーまで導き、あれよあれよと言う間に座らされてしまった。――恐るべき手腕である。
その後、当たり前のように紅茶などが用意され、私は言われるがままにカップを口にし、ときおり「私は皆様と一緒に働くためにきたのです」などと言ってみるものの、「そうでございますね。皆で一丸となり、ブラックウェル公爵家を盛り上げてまいりましょう」などと上手くはぐらかされてしまう。
そして気がつくと、なぜか私は湯浴みをさせられ、豪華なドレスに身を包まれている。
すると、晩餐会でも開催されるのか、と思われるような絢爛豪華な部屋に通され、当たり前のように着席させられていた。
かなり離れた長テーブルの先には、長い金髪を飾り気のない黒い紐で結い、無造作に背中に落としている深碧の瞳の持ち主が座っている。
状況が理解できない私は、ただただ困惑するしかできなかった。
本来であれば晩餐会などで使われるであろう広大な空間で、離れた席に座り無言のまま食事をする私とレオポルド。
なぜこのような状況になったのか理解できないが、食事中に離れた席にいるレオポルドに問い質すのはマナー違反だろう。そう思った私は、楚々としてフォークを口に運ぶ。
高級娼婦だった前世の記憶や感情は未だに断片的で、ダンスなど完璧であったはずなのにも拘わらず、今世の私はダンスが苦手だ。
逆に、畑を駆け回り土いじりが大好きだった田舎男爵令嬢の私は、テーブルマナーなど気にしたこともなかったはず……なのだが、どうしてか今は、完璧とも言えるマナーが身に付いている。
きっと前世のお陰なのだろう、公爵家の食卓でも恥をかかずに済んでいるのは僥倖だ。
「…………」
きっとこれは、貴族令嬢として”最後の晩餐”的なものなのでしょうね。明日から貴族であったことを忘れて一従僕として働け、ということに違いないわ!
でも大丈夫よ。私は既に貴族らしからぬ生活をしていたのですもの、全然問題ないわ。
それよりせっかく雇っていただけたのですもの、男爵家に送り返されないよう、しっかり働かないといけないわね。
口に出せない決意を胸に、とにかく今は、滅多にありつけない、かつ二度と口にできないであろう豪勢な食事を堪能することにした。
無言のまま食事が終わると、レオポルドが席を立って退出しようとする。だがこのまま行かせてはいけない。
「レオポルド様」
「なんだい?」
私に背を向け立ち去ろうとするレオポルド。そうはさせじと私は急いで近付き、彼を呼び止めた。
端正な顔をキョトンとさせているレオポルドだが、私はかまわず口を開く。
「このようなドレスを着せていただき、美味しい料理を与えていただいたことに感謝します。つきましては、明日から誠心誠意お仕事をしたいと思っておりますゆえ、私にも皆様と同じようなお仕着せをいただけないでしょうか?」
「ん? マリアンヌはメイド服が着たいのかい?」
しれっと私の呼び方が呼び捨てになっているが、それが主従関係の現れなのだろう。気にしてはいけない。これからの私は男爵令嬢ではなく、ブラックウェル公爵家に仕える使用人なのだから。
「このような豪華なドレスでは、お仕事をするのに差し支えがあるかと」
「むしろそれがマリアンヌの仕事着なのだが……。まあ、君がメイド服を着たいと言うのであれば、別にかまわないよ」
「ありがとうございます。それと、私はどのようなお仕事をすればよろしいのでしょうか?」
「好きにするといい」
打って変わって笑みを浮かべるレオポルドだが、感情を瞳にも声にも出さず、好きな仕事をしていいと言ってくれた。――感情を表さないのはともかく、なんとも寛容なお方だ。
とにもかくにも、せっかくありがたいお言葉をいただけたのだ、しっかり働いて終身雇用してもらえるように頑張ろう。私はみなぎったやる気を拳に込めた。
「ではまた明日の朝食で」
レオポルドはそう言うと、執事を従えて退出してしまった。
そんな彼を見送る私は、当然のように深々と頭を下げる淑女らしからぬ礼をしている。だが今はそんなことはどうでもよい。
確かレオポルド様は、明日からブラックウェル公爵領に向かうと言っていたはず。ということは、明日の朝食を私に準備しろと言ったに違いないわ。
ここは期待に応えるべく、明日の朝食は腕によりをかけて作らないと。
使用人としてやる気にみなぎる私は、レオポルドの言葉に隠された意味をしっかり汲み取った。
「――ハッ!」
でもちょっと待て! これは拙いのではないかしら。
私はここで、とある大問題に気付いてしまった。




