センチの、為に
朝ごはんの間、ミリは夢のような気分を味わった。
こんなにくつろぎ、誰かと食べた事もない。
センチはお喋りで人を楽しませる魅力があった。
ミリは無口なほうではないけれど、あまり自分からは話さないので、センチの相手は自然体でいられた。
他愛もない話。
『ヤミナベ』というおそろしい鍋、センチが経験した壮絶な夕食失敗談…
どうでもいい他人の話なのに、ミリは自分がセンチの話に聞き入っていることに気づいた。
そして、センチがいなくなった今…
サビシイ、と思う感情も、知った。
翌朝、近くの銭湯に行く途中で、またセンチと会った。
「俺の自慢はね、俺の運だけじゃないんだよ。
この運の強さってのが、他人と共有できるから、俺は自分の力を気にいってるんだ!」
純粋なセンチの笑顔が、ミリの心を少しずつ照らしていく。
しかし、それと同時に影の部分もあらわになっていく。
越してきて1週間経った頃の――ミリの担当官、パスカルの言葉から。
『…ミリ、第3披験体を知っているよな?』
いつもの業務報告ではない。
ミリは背筋に寒気が走るのを感じた。
『お前を造ったツアン・イー博士が最後に造ったとされる未完成披験体だ。
確認を取る前に博士と逃亡してしまったがな…
9もある外壁を突破して。
その能力も未確認だが、遺伝子モデル体のデータ一部は破壊された研究所に残っていた。
我々はそれを5年を費やして解析されたが…
素晴らしい試験体だよ、まさに人類保護にふさわしい』
興奮しているのか、パスカルは相槌も打てないほどに饒舌にまくしたててゆく。
しかし、ミリは相槌を打てるほど冷静ではなかった。
彼が話している第3披験体というのは、まさにセンチのことを指していた。
たかが噂だった幻の被験体。
その事実が政府に申請されれば、世界中の監査部隊が血眼になってセンチを捕獲しようとするだろう。
データ保持のためでもあるだろうが、能力を得るために。
『…それで、ミリ。
君にはそのまま日本内での被験体捜索が追加された。
世界各国に駐在している監査部隊では足りないし
――なにより、君とキロのいる国に我々の監査部隊を送るわけにはいかないからね…』
電話の向こうでパスカルが苦笑しているのが分かる。
どうやら監査部にセンチの情報はスルーされているようだ。
電話を切り、ほっとするミリ。
「でも…もしセンチの情報が渡ったら…」
ミリは衛星中継でドイツの研究所に監視映像が録画されている。
異常が感知された場合は研究員から監査部隊に連絡が入り、鎮圧・回収に入ることになる。
機動力は鈍そうに見えて早い。
センチの笑顔を思い浮かべながら、避けてきていた問題に向き合う。
「キロを、捜そう…!」




