突然の告白
「儂を殺さなかったということは、大事にされているのじゃな…ミリや」
やせ型の老人、髪の毛はすっかりなくなってスキンヘッド状態。
ひげだけがスポンジのように生えている。
写真に写っている面影とはだいぶ変わってしまっている。
挟まっていた写真はちゃぶ台におかれ、ミリは交互に見比べていた。
「あの頃は髪もあったしの、だいぶ太っていたが…見違えたじゃろう」
苦笑気味に笑う老人。
ミリは黙ったまま。
「なー、じーちゃん。
話はいいからよ、とりあえず診てやってくれよ。
怪我してるかもしんねーだろ」
センチは空気を読まず、音を立てて粗茶を飲み干す。
「大丈夫じゃよ、この娘は。
…しかし驚いたの。
独逸にいたんじゃなかったのかね?
研究施設が移転したのか?」
「いえ、その…実はキロが、
攫われたといいますか…脱走しまして…
手がかりが日本だけになったので、ここに」
キロと名前が出た時に、老人の眼は一層憂いを帯びる。
まるで孫の名前を聞いたかのように。
この極めて気まずそうな空気を一切関知しないセンチは、首をかしげるばかり。
見かねて老人がぽつぽつと話し始めた。
「少し落ち着け、みっともない…
このお嬢さんは国家間で認められている特化特別遺伝子体の2号なんじゃ。
じいちゃん、少し話したろう?」
「あー…なんか聞いた気がするなぁ」
老人はゆるゆると茶を飲んでいる。
驚いたのはミリ。
いくら身内とはいえ民間人に言いふらしていい情報ではない。
「博士、引退したとはいえその事実は一般人や民間人には…!」
「そうかね、関係者じゃろ」
いや身内でもですね、とくどいようにミリは言うが、博士はさらに目を丸くするばかり。
「公式に発表しておらんかったからな。
監査部に報告が行ってないのもうなづけるか…
紹介しよう。
センチはわしの最後の特化特別遺伝子被験体――抑制不条理遺伝子をもつものじゃ。
簡単に言ってしまえば、『なんだか知らんが運のいい』体質なんじゃよ」
ども、と照れながら首をかくセンチ。
ミリは驚いたが、同時に納得していた。
研究所で残っている彼の情報を、読んだことがあるから。
博士はキロを生み出した後に、抑制のためにミリを生み出した。
しかし先に製造されていたキロがミリ完成よりも遅れてしまい、あわや失敗かといわれるところにまで生命維持が難しくなった時期があった。
博士はこの時にようやく、人間の生命というもろさを自覚した。
遅すぎる自覚だった。
博士は悔恨の念に駆られ、キロを生み出した後は実験を放棄すると宣言してしまった。
もちろんバックボーンだった委員会や研究施設からは大批判をされ、とうとう『特化特別遺伝子体製造研究』から外されてしまった。
もちろん国家機密のために閉鎖された研究室に隔離され、死を待つ状態だったという。
残されたのは研究途中で放棄された、被験体と博士のみ。
ミリはその後、博士が逃亡したと聞いていたが、まさかこんなところに、…まして生きているとは思わなかった。
しかも最後の実験体だったセンチとひっそりと日本で暮らしているなんて。
だが、そんなところにミリが来たのだ。
これは運が悪いのではないだろうか?
この情報を本部にミリが漏らせば、研究所も本部も今度こそ博士を殺すだろう、情報保持のために。
「センチはな、物語の序盤を一気にふっ飛ばし、最速でハッピーエンドにしてしまう能力を持っておる。
…今、ミリが身につけている『遺伝子能力抑制装置』は持っておらんから、能力はだだもれじゃ。
きっと、この展開はなにか意味があるんじゃろう」
博士はそう言って黙ってしまう。
何か考え込んでいるのか、写真をじっと見つめたまま。
ミリは知らない間に物語に巻き込まれていることに、やっと気づく。
キロに出会えたのも、センチのおかげなのだとすれば…この先、彼の力は必要なのだろう。
でも…
「博士、でもこれは私や研究所の問題ですから、
現在隠居なされている博士やセンチさんにご迷惑をかけるわけにはいきません。
…また、引っ越します。
ここで出会ったことは、全て忘れます。
お元気で…」
少なくとも自分の父親はこの博士なのだ。
ミリは思う。
あの研究施設で実の父親のように接してくれた彼を、人間として扱ってくれた彼を巻き込みたくはなかったし、
……静かに暮らしていてほしかった。
帰ろうと立ち上がるミリの前に、センチが立ちはだかった。
「迷惑なんかじゃない!
俺はあんたが気に入った!!
俺はあんたと結婚する!」
あまりにも場にそぐわない、突然のプロポーズ。
誰もが一瞬耳を疑った。
博士もミリも、同時に聞き返してしまった。
『…なんだって?』




