さよなら、センチ
ミリが危機に当面していたその頃、キロたちも危機に当面していた。
キロたちは階下へ降りるために、エレベーターを使用しようとしたが、キロが進んだ先の部屋には三人の職員が駐在している。
ミリの選んだ研究室に事務担当の研究職員だけしかいなかった本当の理由はこれだった。
つくづく面倒を起こすキロ。
いくら遺伝子能力が無効化されているとはいえ、キロはその能力が元々大きいため、完全に排除されるわけではなく規模を小さくするくらいしかできない。
そこでセンチが考えたのが、『ロープで降りよう作戦』。
「ここの階段て珍しく螺旋階段みたいになってんだろ。
空洞だし」
確かに、この研究所の階段を一番早く下りる方法としては、真ん中の空洞部分を急降下するというのが最も早いだろう。
しかしそこには警備兵が駐在している部分がある。
全部の階段にびっしりいるわけではないが、いくつかのポイントに分かれている。
その警備兵駐在ポイントをさっと降り、誰もいないポイントで着地し、また降りる…その方法を取れば。
もちろんキロはその計画に猛反発した。
どこに駐在しているか分からないし、見つかれば袋小路。
そんなものはギャンブルのようなもので、間違いなく捕縛されるに違いない。
「確かに、賭けだよ。
でも俺、賭けを一度も外したことがないの、自慢なんだ」
のほほんと笑うセンチ。
思い至るキロ。
奇跡の価値などこの男には、日常茶飯事の些事なのだ。
そんなの、まさに反則的存在。
センチの能力のおかげで、
運良くロープを見つけ、
運良く誰もいない拠点の階段区画にあたり、
運良くロープで降下することができた。
だがそれは途中まで。
見つかったのではない。ロープが千切れそうになったのだ。
もともと古かったから捨てられていたのだろう、あと一歩というところでロープに寿命がきてしまっていた。
それもキロの体重によって、その亀裂は深くなった。
ほつれていくロープ。
「キロ、お前先に降りろ」
キロが乗ったとはいえ、センチとキロには体重差がある。
センチが動くよりもキロが動く方が、ロープへの負荷は小さい。
「で…でも…そしたら」
キロはロープの残りの先を手繰り、最下層の研究所前の階段へたどり着くことは可能だ。
だが、センチが動けばロープは千切れてしまうだろう。
いつ警備兵が階段の拠点を変更するか分からない状況で、
いつまでのロープを張ってぶら下がっているわけにはいかない。
この当然の疑問にも、センチはのほほんと構えている。
「まーなんとかなるんじゃないの。死なない程度にさ」
呆れるキロ。
いや死ぬだろう、じゃなくてもつかまる。
でもそんな話をしている時間も惜しい。
仕方なく、キロは降りることにした。
そろそろと降り、少しでもロープへの負荷を減らすために。
キロは無事階段に着地する。
「センチさん、まだ大丈夫そうですよ。
こちらへきてください」
が、キロの声が予想以上に響いたのか、上のほうから足音がしてきた。
どうやら見つかったようだ。
「まずい、見つかったみたいです。
早く!センチさん!」
「いやー…やめとこうかなー」
近づいてくる足音、焦るキロ。
「センチさん!
ふざけてる場合ですか、早く!!」
キロが慌てて下からロープを手繰ろうとした時、
彼の能力かロープの寿命か、ロープは一気に裂けていった。
「センチさん!!!」
「大丈夫だよ、あとよろしく――」
何の確信か、安心させるような笑顔と共に、
センチは下へ落ちていった。
階段の底は遠い。投身自殺をするようなものだ。
キロは呆然としていたが、すぐそこまで迫ってきた足音に我にかえる。
そして逃げるように階段の非常口を開けた。
無我夢中で前へ走っていくキロ。
一路の望みはある。
センチの能力、なんだか知らんが運が良いという体質だけ。
「きっと…大丈夫だ、きっと…」
泣きそうになりながら、キロは走る。
拳に力を込めて、涙に耐えていた。
「きっと、大丈夫…大丈夫…」




