イ業
作戦はうまくいった。
ミリはまず、研究室の扉を開けるなり、自分の体を床に打ちつけた。
そして閉まる扉へ文句を言うと、怯えるように若い男が顔をのぞかせる。
ミリの狙い通り、それは若い研究職員だった。
彼の姿を見つけると、次にあらかじめ考えていたセリフをしおらしく口にする。
『…ご覧のとおりよ。この通り捕縛されたわ。
所長の所に行けって言われたんだけれど、今どこにいるか、あなたは知ってる?』
研究職員はミリの言葉を聞いて、一層顔をひきつらせた。
特別特化遺伝子試験体との接触が初めてだったのだろう。
ひどく狼狽した様子で、彼は『階下の所長室にいます』と答えた。
『大丈夫よ。あなたに危害を加えることはないわ。
…エレベーターを動かしてもらえるかしら?』
ミリが優しく丁寧に頼むと、研究職員は額の汗を拭って、うなづく。
まだ彼は緊張しているようで、ミリは一安心。
彼に、冷静になってもらっては困る。
特別特化遺伝子試験体が、一人で研究施設をうろつくはずがないのだ。
エレベーターが近づいてきた頃、ミリはさりげなくシャクのこと口にする。
『…そういえば、連れてきた実験対象遺伝子体はどこにいるの?』
『お・雄は、まだ牢に…雌は、しょ・所長が、
そのまま、自分のラボに…』
そう、とさりげなく答えて、ミリは開いたエレベーターに乗る。
エレベーターが下降していく中で、ミリは苦笑した。
彼ら研究員は実験素体を、人間として認識していない。
女ではなく、雌。
それは忘れていた感覚だった。
エレベーターが開く。同時に構えるミリ。
扉の向こうは偶然にも無人で、白い廊下が二手に分かれていた。
どちらかの道が、所長室に続いている。
ミリがここの階に来るときは、たいてい意識を失っているか、重傷を負って包帯越しに天井を見ているか。
五体満足でここに来たことはない。
天井の記憶を頼りに、行ったことのない所長室の道を進んでいく。
警備兵は非常階段に設置されている人物感知器を頼りに、扉向こうを警備している。
研究内容は絶対極秘の為、限られた人数しか実験に携われないのだ。
ミリは廊下に設置されている非常階段の警備兵を幾度となくやり過ごし、ようやく所長室らしき扉にたどり着いた。
すでに警備システムは破壊されてあるので、ミリの行動は職員に認識されていない。
そして警備兵はおろか、研究職員でさえも、この所長室への入室は許可されない。
おそらく所長がいるとすれば、彼は今一人のはず。
ミリは一対一で、所長をやり過ごし且つシャクを連れて逃げなければならない。
意を決して、所長室の扉を開ける。
部屋は無機質な打ちつけコンクリートの壁で囲まれ、いかにも偉そうな机と重厚な椅子。
そして目の前に、
―――何丁もの銃口と、
優しく微笑みながら、その後ろに立っている所長がいた。
「Willkommen wieder daheim…Milli
(おかえりなさい…ミリ)」
絶句するミリ。
…読まれていたのだ。
『オスから聞いたんでしょ。メスのほうが私と共にいると。
無駄骨にならなくて良かったわ』
にこやかに笑う現所長。
化粧はほとんどしていないが、魅力的な顔立ち。
彼女はツァン・イー博士の後任者、ヴィルヘルミーナ・ガウス所長。
『メスはいないわ、すでに最下層へ設置準備に入っている。
この研究施設内を拠点として、絶対要塞となるの。
それもタダで!
なんとボランティア!!
素晴らしい偉業だわ!』
すっかり酔っているガウス所長を鼻で笑うミリ。
『異業よ、Idiot』
しかし銃口の前では、どうしようもなかった。




