単独行動
第一次警報システムの中央指令信号を争奪して、警報や警備カメラは停止している。
とはいえ、この研究所に駐在している内部警備兵がすぐに道という道を封鎖してしまうだろう。
ミリたちの目的が奪還だということは明白で、それぞれの能力は相殺遺伝子によって無効化されている。
今のミリは普通の人間と相違ない。
だから俊敏に行動しなければならなかった。
ミリがエレベーターに仕掛けた博士特製の『スキャニング』のクラッキングソフトで、この研究施設のファイヤーウォールやらプロテクトやらを、博士が完全掌握するのに少し時間はかかるはず。
しばらくはミリたちへの手助けは期待できない。
目的は二つに増えた。
シャクの捜索・奪還と、相殺遺伝子動力炉の破壊。
ミリは施設内の地理に明るいことから、シャクの捜索に適していた。
キロは遺伝子能力からすれば動力炉破壊には欠かせない存在で、そしてミリと一緒にいては、彼の能力は発揮できない。
しかしキロは相殺遺伝子動力炉が稼働している今、ただの青年。
ミリは多少の護身術を心得ているが、キロは全くの素人。
ちょっと頑丈な体質というだけ。
そこで、センチがキロと行動を共にすることになった。
もともと相殺遺伝子動力炉は、キロとミリの遺伝子能力の影響を抑えることを目的に稼働している。
だがセンチは、人工操作遺伝子の保有者ではなく、
普通の人間と同じ……天然の特化遺伝子保有者。
彼はこの研究施設の相殺遺伝子の影響を一切受けない。
だから彼と行動を共にすることが、キロにとって最も安全な選択だった。
センチは最初、ミリの提案に反対していたが、
「まぁ嫁の弟も俺の弟になるし。
不本意だが、今回は俺がお前を護ってやるよ」
と、キロの肩を叩いた。
「すいませんね、お兄様」
これにキロは嫌味っぽく笑って返す。
ミリはその二人を見て、案が良いタッグかも、と茶化した。
かくして地下牢から二手に分かれることになった三人。
キロはミリから動力炉のあるルートを教えてもらい、センチと共に暗闇を走っていった。
消えゆく二人の後ろ姿を見送って、ミリは暗闇を一人走る。
「…単独任務、か」
一人で戦っていた時とは違う、不思議な安心感がミリを突き動かしていた。
センチの姿を一目見ただけで。
だから彼女には、すぐ前の非常口から警備兵が突入してくるのが分かっていた。
扉が開くのと同時に、顔を出した警備兵の頬に回し蹴りを食らわせる。
そのまま蹴りの反動で扉を閉め、第二の攻撃を封じた。
(研究施設の扉はオートロック状になっており、再度扉を開けるためには生体認識・パスの順に鍵を開けなければならないため、少し時間がかかる)
突然の攻撃に警備兵は壁に体を打ちつけた。
ミリはその隙をついて、彼の腰に携帯しているナイフをするりと抜き取る。
警備兵の足は若干ふらついたものの、訓練を受けている身。すぐにミリへ振り返り、アサルトライフルを構えた。
ミリは彼らがこちらを止める程度の発砲しかしてこないことは分かっている。
ミリは貴重な人類の財産、殺すことは絶対に避けねばならない。
だから、ミリは一気に間合いを詰め、銃口の先に自分の左胸を押しつけた。
引き金を引けば、弾丸は心臓へひと突き。
ミリの狙い通り、警備兵の彼は舌打ちをしただけで、ぴくりとも動けなかった。
『H&K36、使わないの?』
ミリは薄く笑い、右手に隠し持っていた先程のナイフで、彼のゴーグルに刃を突き刺す。
瞬きすらできないくらい刃を突き刺して止めた。
踵を返し、ミリはそのまま走り抜けていく。
警備兵は視界を奪われ、身動きもできない。
ようやくロックが外れ、扉は開かれた。
残りの警備兵が目撃したのは、ナイフを突き刺されて立ち尽くしている彼の姿だけ。
一対一なら、ミリは逃げる程度の護身術で、倒すほどの護身術は持っていない。
ただ闇雲に探しまわっても体力が低下していくだけだが、この研究所には隠れる場所などなく、ひたすら続く廊下と非常階段しかない。
階段には警備兵が鎮座しているだろうから、なるべくなら使いたくはない。
階下に行くもう一つの手だては、研究室内にある研究職員専用シャフトだけ。
それは警備外の為に、兵は絶対にいない。
が、研究職員に出くわすことは避けられない。
袋小路と思えるが、抜け穴がある。
ミリたちがいる実験生物区画には、二つの研究室がある。
第一・第二監視室。
そこにはそれぞれ二人の研究員しかいない。管理事務と監視研究担当の二名。
今は監視研究担当は、おそらく階下の主要大研究室にいるだろう。
つまり研究室には一人の研究員――それもまず新人が充てられる仕事である、管理事務のみ。
もちろん彼らは白兵戦など経験したことはない。
ミリにとってこんなに有利な入口はなかった。
だから、
ミリは第二監視室を目指して走っていたのだ。




