急に現れて出会う
早朝、アパートからそう遠くないコンビニに向かおうと、ミリは扉に鍵をかけた。
なにしろ昨日荷物を置いたばかりなので、冷蔵庫もご飯も何もないのだ。
ついでに段ボールなどのごみも捨ててしまおうと、早起きをした。
「おはようです、新入りさん?」
アパートの階段を下りていると、下から声をかけられた。
男の声。
「どもどもー。
この辺に住んでるからさ、分からないことあったら何でも聞いてよ」
階段を下りて対面してみると、ミリと同じくらいの年齢の男が、人の良さそうな笑顔全開にして立っていた。
草色ジャージに運動靴。
朝のジョギングかな、とミリは納得する。
「昨日越してきたばかりなの。
日本に来るのは初めてだから、いろいろ教えて下さいね」
ミリは一応愛想笑いを浮かべる。
近所づきあいも捜査のためには必要になってくる。
ミリがそう言うと、彼はえっと驚きの声を上げた。
「あ、日本人じゃないの?
へぇ、そりゃあ分かんなかった。
中国とかそっちの人?」
ミリは遺伝子的には日本人の血であるが、生まれも育ちもドイツだ。
そう言おうと思ったが、見ず知らずの人にそこまで話すわけにもいかないかと思い、適当に濁しておいた。
それからゴミ捨ての場所を教えてもらい、何となく一緒にコンビニまで入ってしまった。
その間、互いのことを話し合う。
…いや、ミリ自身のことはのらりくらりと交わしている。
彼はセンチ。
本名かどうかは分からないが、あだ名か。
大学からしてそこそこ頭のいい学生。
体つきもいいので運動神経も悪くないのだろう。
「で、ミリはなんでドイツからこっちに?
留学かなんか?」
「ううん、大学に入ってないの。
研究員生として施設に入ってるから、教育は受けてたけど。…ちょっと日本と違うかもね。
私がこっちに来たのは、人探しで…」
その時。
コンビニの外を歩く人物を見て、ミリの顔を凍りついた。
「どした?」
センチも気がついて、外を目で追う。
ミリは持っていた籠を放り捨て、一目散に外へ駈け出した。
歩き去るるその背をつかみ、こちらに振り向かせる。
見た目は高校生くらいの青年、髪は黒いが少し長く、目が隠れるくらい。
体躯は華奢だが、背はミリと同じくらい。
「…やっと、会えた…!!」
彼の肩をつかんだまま、ほうっと息を吐くミリ。
慌てて彼女の後を追ってきたセンチが、その状態に首を傾げていた。
「あれ?
ドイツにいたんじゃ、なかったっけ?」
青年は驚きを隠せない様子。
声はまだ子供っぽい質をしていた。
ミリはこくりと頷く。
「探しに来たのよ…、急にいなくなるから…!
所長から直々に任務で来たのよ」
「あー、そっか…。
でも、ごめん。
僕、帰らないよ」
青年はミリの腕をそっと振りほどき、
自分の右腕にしている腕時計のようなもののつまみをいじる。
「!」
ミリは一歩後ずさるが、後ろにいたセンチにぶつかる。
センチの存在をすっかり忘れていた。
突然、青年の後ろからトラックが突っ込んでくる。
どうやら居眠り運転のようで、ふらふらしていた。
道路の真ん中に立っている青年に気づき、運転手は慌ててハンドルを切る――
が、切った方向にはミリとセンチがいる。
センチを庇うために、ミリはセンチの前に座ったまま、自分の腕時計のようなもののつまみをいじる。
と、『偶然にも』トラックのタイヤが外れ、センチの足をかすりながら倒れる。
外れたタイヤが向かう先には、
――ミリだけが立っていた。
轟音。
センチが倒れたトラックの方に目を向けると、運転手もトラックも無事。
「ミリ?!」
倒れているミリに気づいてセンチがかけよる。
彼女の意識はあるようで、痛そうに肩を抑えていた。
と、一台の赤いファミリーカーが青年の後ろにすっと止まる。
乗っているのは、サングラスをかけた茶髪の女。
「ごめんね、姉さん」
と青年は手を振ってその車に乗り込み、そのまま走り去った。
「なんだったんだ…今の…」
「今のが、私の探している弟のキロよ…」
頬から垂れている血を指でぬぐいながら、ミリは車が去った方向を見つめる。
「とにかく、無事で良かった。
キロ…」
かすれそうな声で呟くミリは、少し嬉しそうに微笑んでいた。




