浸入
ドイツ軍事局内は大変な騒ぎだった。
まさか『Fuß(ふぁぶ)』が盗まれるなど、ありえない話だったはず、と誰もが口にして呆然としていた。
『Fuß』のスタイルを、たかが乗っ取り型のハッキングで操ることはできないと言われていた。
まず『Fuß』自身に侵入する前に、666ものプロテクトとファイヤーウォールが敷いてあったのだ。
それは物理的に強固な装甲や、国家機密レベルのセキュリティがかけられていたのと同じことだ。
しかしそれは破られ、『Fuß』はドイツ軍基地から姿を消してしまった。
その通報を受けた情報局で、パスカルは唇を噛んでいた。
犯人は明白――ツァン・イー博士。
彼は若いころに軍事機密のセキュリティを破った事で、
元中国大陸の軍隊に聴取を取られたことがある。
その時、ちょっといじった程度で開けてしまえるほど簡単なものだったと言ったという。
元中国政府は彼の才に驚き、彼自身に軍事機密セキュリティシステムを担当させたという。
だが、まさかあの『Fuß』を『洗脳』するとは、とパスカルは驚いており、博士たちの脅威を密かに恐れていた。
パスカルの予想は的中しており、博士とミリとキロは、日本にやってきた未公開軍事機を目の当たりにしていた。
「よう来たな、長旅苦労じゃったろう」
『いえ、すぐですから。
父上も元気そうでなによりですわ』
いくらミリたちのいる運動公園が広いと言っても、この軍用機はグラウンドの芝生を影で包んでしまいそうだった。
『娘』は、静かに降り立ち、梯子を出した。
ミリとキロは口をあけて呆然。
それなりの空間だが操縦室と休憩室の二部になっており、操縦室は無人で操縦桿はない。
中央画面には『ようこそ』という文字が浮かび、女性の声が機内に響いている。
この軍用機はAI搭載。
自分で考え、任務に従う、
人工汎用知能(Artificial General Intelligence)を搭載した自律型軍用機。
なおかつステルス機能を使ってレーダーの目も逃れられ、現在のところ世界最速の軍用機。
確かに、これを使えるならばドイツ侵入も簡単だろう。
発見されることもなく、そっと侵入できる。
軍用機の機能も驚くが、それを操った博士の力量にも驚く。
「さて、『カイリ』や。
今から送る地図の所に降ろしておくれ。
あとは家に帰ってゆっくりするといい」
カイリと呼ばれた女性の声は、わかりました、と機内のスピーカーで答えた。
「博士、この軍用機って…」
「ああ、独逸空軍に基礎AIプログラムを頼まれての。
あっちじゃ『ふぁぶ』とか呼ばれておるが、わしが『カイリ』と呼べば起動するように裏コードを組み込んどいたのじゃよ」
まるで悪戯を誇らしく語るような博士の顔に、ミリは苦笑いするしかなかった。
こうして、嘘のようにあっさりとドイツ入国問題を解消された。
あとは、連れ戻すだけ。
パスカルの予想とは違い、『取り返そう』としていた。
博士から提案された言葉も、ミリの中では現実味を帯びてくる。
とはいえ、一つの難関は去ったが、ミリはこれからが問題であると自覚している。
連れ出し、戻らなければならない。
それができるのだろうか。
その前に、
―――自分が、それをしたいのか?
ミリはドイツに着くまでの短い間、機内の休憩室で身をそっと抱いていた。




