五
プレーロマにおける能力者には絶対の常識がある。
それは一人の能力者が持てる能力は一つであること。
神(プレパトール他三名)がこの世界に存在した時は、彼らは三種の能力を有したと神話にはあるが、人間である限りは一つの能力しか持たない。
そのはずなのに、ユウは水と氷を発現させたのを見て、ブラッドは四肢だけでなく思考までもが凍りついた。
「(水系能力の応用…いや、ここまで純粋な冷気は出せねェはずだッ。さっきの弾丸はフェイクで水から氷に純粋に変換したンならまだわかるが…)」
S級オーバーの水系能力者ならば、確かにこれくらいの芸当は可能だ。
しかし、ブラッドの評価ではユウはB級、或いはA級だ。
完全に別個として水と氷を扱う等、彼の中ではありえない。
「考え事に集中し過ぎじゃねぇか?」
直後になる銃声は、三回。凍り付いた思考ではロクな反応も、出来なかった。
一瞬の思考の空白。それは常時展開していたはずの防御能力に僅かながらも斑が出来ていた。その為か炎熱カーテンは二発までは溶解したものの、一発が脇腹を抉った。
「一体、何だってンだッ!」
そんな、理解不能な現象に大して反応したのは、怒りだった。
無能だと言い張るユウは、確かに水と氷の能力を発現させた。
そして、カラクリはわからないが弾丸が炎熱カーテンの防御を貫通した。
ブラッドには、それで十分だった。
「テメェは、ブチ殺す」
ブラッドの怒りに反応した彼の能力は、即座に四肢の氷を溶かした。
「(気核弾頭が通った、か)」
その光景を黙って眺める必要は、無い。
次は、二連射。だがブラッドの鞭にて水球は蒸発。氷の球も溶けて蒸発した。
両手に増え、手数が倍になった為に回避を優先して動くユウには、何故か掠る事すらもしない。
「(目線、手首の返し、下半身の力の入り具合…軌道が丸解りだな)」
両者共に決定打が無いまま、攻防が続いていく。
ユウの放つ水球と氷球は悉く鞭に弾かれ、蒸発していく。
炎球ほどの高温でない為か、水蒸気爆発まで至らない。
高ランク能力者が、そうそう同じ手を食らうはずが、ない。
そしてブラッドも、攻め切れていない。
「(厄介なモン使いやがる。だが、何故銃からしか能力を使わない…?)」
一瞬にして沸騰した頭も、既に戦闘モードに戻っているブラッドは、どうしても考えてしまう。
他の能力者と、違いすぎる為に。
「(マジで無能だってンのか?だとしたらあの銃弾…いや、ンなはずが…)」
どうしても、考えてしまう。
本当にユウが無能力者だった場合、A級能力者である自身の攻撃が、悉く避けられ。挙句、軽傷とはいえ怪我まで負わされる等。
あっては、いけない。
「くたばれやッ!」
能力者は、気と呼ばれる力を使い、能力を発現させるが、それは外に気を放出して発現させる方法であり、体内にて気を操作して肉体を活性化させることにより、身体能力を元の二~三倍程に引き上げる事まで可能である。
その身体能力強化を更に引き上げ、鞭を振るう速度を更に上げる。
突如上がった速度にユウは一瞬だけ狼狽したが、それでも尚、ついていく。
「(チッ。無能どころか身体能力系じゃなきゃB級ですら付いてこれねェハズなんだがなァ!)」
そんなユウのポテンシャルに、無意識のうちに頬が引き攣るのを彼は認識出来ない程には、冷静ではなかった。
そんな中でも、確実に敵の息の根を止める術を扱いきるのはA級能力者ゆえか。
鞭の軌道を読む為にブラッドの表情を注視していたユウは、一瞬のブラッドの変化を見逃さなかった。
だからこそ、頭上に突如現れた気配に反応し回避した上で、更に発現していた炎球へと水球をぶつけて相殺していた。
「(くそっ。これが最後か)」
氷球と水球を内包した弾丸は底を付き、奥の手も一発勝負。
「(”本丸”は…もう終わる頃なんだが)」
それまで持つのか。そんな思考が一瞬過ぎったが、そんな余裕は、無かった。
その一瞬にて懐まで入り込んでいたブラッドの炎を宿した拳が、鳩尾へと入っていた。
「取ったァ!」
確かな感触を左の拳が伝えてきた為か、ブラッドは笑みを浮かべた。
A級能力者の強化された拳は、ユウを十m程飛ばし、道路へと横たえていた。
「時間取らせてくれやがったなァ?」
既に、ブラッド自身無意識のうちに認めていた。
ユウは、無能力者だと。
だからこそ、此処まで手間取った事に対する苛立ちを覚え、隙が出来ていた。
「最後を確認する前に油断するとはな」
そう、聞こえた瞬間だった。
銃声と共に全身を駆け巡ったのは、”電撃”。
先程からユウが幾度と撃っていた水球を蒸発させた為に、ブラッドは全身が湿り気を帯びていた。
そんな中で放たれたのは、電撃を内包した気核弾頭。
駆け巡る電撃は、幾多の戦場を歩いていたA級能力者を持ってしても、初めての経験だった。
全身が痙攣を起こし、立っている事どころか意識を繋ぎ止める事ですら、至難の業だ。
「何のために無駄に水系能力を使いまくってたと思ってやがる?」
咽ながら苦しそうに立ち上がったユウの鳩尾部分の服は燃え落ち奥に隠されていた地肌は焼け爛れ、しかしその痛みのおかげで意識を繋ぎ止める事が出来た。
最後の弾頭は、電撃。これで打ち止めだった。
「(くそっ。衝撃は殺したはずなのに肋骨が折れたか)」
殴られる瞬間に、ユウはバックステップで可能な限りの衝撃は殺したはずだったが、A級能力者の身体強化、それも通常時よりも強固な物だった。
それでも尚、立ち上がった彼を支えるのは普段の訓練の賜物か。
通常の訓練に加え、自身でのトレーニングにて身体能力だけでいうならば、強化をほどこしたB級とも殴り合える程にまで鍛え上げられたソレはしかし、今回彼が立ち上がった原因では無い。
「(こんなとこで、倒れる事は許されないんだ)」
ユウは意識的に、その事へと思考を向けて無理やりにでも、撤退を始めた。
「(ノイとの約束を、アイツを守れなかった俺には、それしか…)」
だからこそ。
立ち上がったブラッドに気付くのに時間がかかってしまう。
それは、致命的ともいえるほどの一秒だ。
「ぐッ。はァ…やって、くれンじゃねぇかッ!!」
ブラッドの受けたダメージもまた、立ち上がれる程では、ない。
それでも彼もまた、立ち上がった。
それは、シュクレンティアに深く根付く能力者絶対主義に支えられて。
「この俺が、テメェ(無能)なンかに倒される何て、ありえねェ…」
それは、ブラッドのプライド。それに傷を付けられて、黙って寝ているくらいならば、死んだ方がマシだと。
「ありえちゃ、いけねェンだよッ!!」
そう、雄叫びを上げ、能力を全開で放出し始めた。
次の攻撃は、彼の全身全霊を掛けた一撃。
満身創痍のユウに、抗う術は…無い。
「消し炭になりやがれッ!」
両手を広げたブラッドの眼前に現れたのは、直系五mもある紫の炎の塊だった。
次の瞬間訪れる死を予感し、しかし諦める事が出来るはずも、ない。
「お断りするぜ…っ」
息も絶え絶えな状態でも尚、強がるユウ。
だが、ブラッドの一撃が放たれる事は、無かった。
「撤退だ」
ブラッドの肩に手を乗せて言葉を発した女に、ユウは愕然とした。
「アァ?クレアァァ。邪魔すンじゃねェよォォ」
ブラッドの本気の威圧でさえも、彼女にはそよ風程度の認識しか、与えられない。
「命令だ。今回は引け」
舌打ちと共に特大の炎球を消したブラッドは、クレアを見て驚愕した。
「雷帝のお出ましだ。まだ時では無い」
それだけを言い、黙らせるクレアはところどころ衣服の破けた後があった。
「ちっ。あの野郎か…わァったよ。アカサキ、次は殺すぜ」
雷帝の名前を聞いたブラッドは、渋々ながらも道路脇の林へと姿を消していた。
「…。大したものだ」
ユウを見て、そう一言を漏らしたクレアもまた、すぐに林へと姿を消して行った。
それを見届けて、ユウは力無く座り込んでしまったが、仕方ないだろう。
「A級ながらもS級に匹敵すると言われるブラッドと単独にて陽動を成功させた上にクレア・シンフォニア…シュクレンティア屈指のSS級と遭遇した挙句生存か…どこの化け物だよ、俺は…」
普通の無能力者ならば、百回死ぬどころの騒ぎですら、無い。
クレアは過去、単独で”二個師団を壊滅させているのだから”。
ブラッドも同様、単独で大隊規模を壊滅させるほどの実力者だ。
この二人と真っ向からかち合った場合、今回派遣された軍では、勝てたかどうか。
否。”アイオン”という切り札が無ければ、”第二軍団”毎、壊滅に陥っていた可能性まであった。
『こちらアイオン1、スカイ1へ。生きているか?』
九死に一生どころか来世分の運まで使い果たした様な幸運を噛み締める間も無く、通信から聞こえて来たのは丁度思い浮かべていた人物だった。
今回の作戦は、大通りを進んでいた部隊が本命では、なかった。
あの二個師団でさえも、ただの”時間稼ぎ”。
「こちらスカイ1。なんとかな。貴殿の働きに感謝する」
なんとかそう返したユウは、そこで意識を手放した。




