四
メッシーナ軍は、予定通りスムーズ過ぎる程に、メルレシブ東部の役所へと進軍していた。
本隊が通る大通りは、ユウの予想通りにA級能力者達の待ち伏せを受けたが、同じくA級能力者達で応戦、その戦力は僅かに上回っており、少しずつだがシュクレンティア軍を押し込んでいた。
ユウの進言が無ければ、消耗を警戒した大佐達によりA級ではなくB級が前線にて交戦しようとしていた為、少将からは笑みが零れ、大佐達は歯噛みしていた。
そして北側から進軍中の大隊は、中隊規模の能力者部隊と交戦に入っていた。
これも、ユウの進言が無ければ、同じく中隊規模で対応の予定していた所だったが、大隊での戦闘により、終始圧倒している。
「待て」
二十m程先行していたユウからのハンドシグナルを受け、アグインが小隊員達へと指示を出す。
前回の戦闘では三十五名だった小隊も、三十一名に減っていた。
ブラッドとの交戦と、偵察戦にて倒れたのはたったの四名なのだ。
「少尉が戦闘に入る。俺らは迂回後必要があれば援護だ。警戒を怠るなよ」
ユウにはアグインの声は聞こえなかったが、彼らが散開するのを見て、グロックを引き抜いた。
「(流石に前情報無しだとわからないが…A級では、無いな)」
前方、約百m程に発見した敵兵は、装備を身に着けていないので能力者だ。
そしてその数は、三名。
「(気核弾頭の初期型のみで、いけるか…)」
一瞬の逡巡後、不意を打つ発砲。
通常、戦闘中や今の様な哨戒中は常時周囲へと能力の防御を張り巡らせている。
ブラッドに対して放った弾丸が溶解していたのは、その為だ。
今作戦にて、ユウが受け取ったのは三色の弾丸と、その初期型である銀色の弾丸だった。
ユウの放った弾丸はしかし、正確に能力者の腹部へと命中。血を辺りに飛び散らせて倒れる能力者は、何が起きたのか理解が出来ないという表情だった。
咄嗟の反応が出来なかった二人へと、更に間髪入れずに発砲。
一人目とは違い、二人目は防御用だろうか。眼前に氷の壁を展開するも、それを貫通した上で翳していた右手に命中し、能力者は手を押さえて屈み込んだ。
「ちっ。敵襲!」
最後の一人がやっと声を発した頃には、ユウは目標目掛けて飛び込んでいた。
百m程の距離があったが、能力者が発光する球を作り出した頃には半分程にまでその距離は縮まっている。
「何の能力者だっ!?」
能力者が球を打ち出す直前に銃弾が命中した。
ただそれだけの事のはずなのに、球は消滅していた。
「くそっ」
驚愕に、少しの空白が出来た。立て直した時には、既に十m程にまで詰めたユウが銃口を向けている。
慌ててユウの頭上に彼の能力である光を展開。そこから出てきたのは、一m程の発光している槍だった。
「甘い」
ここまでの攻防にて、やっとの一言。
彼ら三人の能力者達がユウに出来たのは、その一言を発せさせるだけだった。
頭上を見る事も無く振ってくる槍を回避したユウは、能力者の頭を炸裂させた。
「スカイ小隊、目標を三個撃破。作戦を続行する」
右手を打ち抜かれ、蹲る能力者を幻楼石と呼ばれる能力を発現させる為に使われる気と呼ばれる力を吸収する鉱石で出来た手錠を嵌め、小隊員二人に本隊へと護送させて、進軍を再開した。
余談だが、気の総量。瞬間出力によって能力者のランクは決定される。そして手錠型の幻楼石はS級までの気を完全に吸収可能だった。サイズによって吸収量は変わり、SS級を完封するには全身を覆う程の量が必要となる。
「アレが、例の新兵器か?」
そのすぐ後には、アグインがユウの近くまで来ていた。
「作戦中だぞ」
そう嗜めつつも、ユウは視界全てに集中しながら言葉を続けていた。
今のアグイン軍曹は、単なる興味だけではないと感じ取っていたから。
「気核弾頭には幻楼石が弾頭に入っていて、発射時にB級能力者程度の気を弾丸に纏って標的に飛ぶ。A級には全く効果は無いが、先ほどの連中くらいならご覧の通りさ」
そう言って取り出した弾丸を受け取り、アグインは驚愕していた。
幻楼石は、希少鉱石だ。グラム単位ですら、莫大な額の金が行き来するほどの。
「こんなモンが…」
アグインは一発の弾丸に掛かるコストを計算しようとして、すぐに思考を辞めた。
「量産には向かない。今のところは専用の訓練を施した小隊規模に配るのが関の山だろうな」
アグインの思考を読んだのか、ユウは軽い笑みを浮かべながら弾丸を受け取り、腰のポーチへとしまった。
「まぁ、今のはせいぜいがB級相手用だ。これから、気核弾頭の真価を見せる。各員、散開っ!」
アグインとのやりとりの直後に飛んだユウの指示に遅れる者は、居ない。
前回の戦闘時に指示を即座に遂行出来なかった者たちは、既にこの世には居なかった。
その教訓だとでもいうほどに、彼らの行動は早かった。
だからこそ、その”紫の炎のなぎ払い”による奇襲からの被害は、無かった。
「あんだァ?ヤケに動きが良いじゃねぇか」
ユウの右手前方二十m程に突如出現したのは、ブラッドだった。
「(炎ではなく熱を操っての蜃気楼か何かってところか)」
即座に奇襲された原因を特定するも、後の祭りだ。
既に奇襲を受け、隊列は乱れてしまっている。
「アグイン、此処は俺がやる。小隊員をまとめて周囲の警戒、他能力者が来た場合は可能ならば射撃にて足止めを。無理はするなよ」
そう、口早に言ってユウはブラッドと対峙した。
「テメェ、この前のヤツじゃねぇか」
夏だというにもかかわらず、ワンポイントの白い長袖のシャツを着ているブラッドは、少しの驚きをその顔に滲ませていた。
その直後には、こんなに早く再開出来るとは思わなかったと。笑みを浮かべた。
「タイマンかァ…良いねェ。名乗るぞ」
一対一の、能力者同士。それも互いがその力を認め合った場合には、一定の敬意を表しての互いの認識が高能力者達の間では常識となっていた。
これから、自分を殺す者の名前だけを刻んで逝け。と。
「シュクレンティア軍第五能力者連隊第二大隊隊長、A級炎熱操作能力者ブラッド・クライムだ」
そう、勝手に名乗りを上げたブラッドを見て、ユウは小さくため息をついた。
俺は、能力者じゃないと。
「メッシーナ軍第二軍所属、無能力者のユウ・アカサキ少尉だ。勘違いをするな」
そう、少しの苛立ちを込めた言葉に彼は過剰な反応を示していた。
「あァ?無能だァ?ふざけンじゃねぇぞオイ」
急激に周囲の空気が物質的な重みを持つ。
ブラッドの周囲は彼の怒気によって無意識に零れた熱により、歪んで見える程に。
一瞬にして増した威圧感を前に、一滴の汗がユウの頬を伝う。
「冗談でも何もない。現に前回もグロック(コイツ)で相手してただろう」
そう言って右手に持つ銃を振るユウはしかし、何時も通りだった。
平常心を無くせば、一瞬で決まるのだから。
「チッ。まァ直にわかる。殺ろうぜ?」
一瞬だった。
ブラッドが言った直後に発生した炎球は二m程の直径を持ち、ユウの頭上に出現していた。
舌打ちと共にそれを横に飛び込んで回避するも、着地を狙った炎の鞭が足元のコンクリートを抉った。
「ぐっ」
押し殺した悲鳴は、ブーツの焼ける音によって掻き消されたが、左足に負った火傷は軽傷とは言えない。
だが、そんな程度で動きを止めていたのでは、過去の戦場にてユウはとっくに死んでいる。
バックステップにて体勢を立て直したユウは、先ほどの気核弾頭を発砲。
「あァ?次は何だってンだ?」
前回同様に溶解したはずの弾丸を見て、ブラッドは顔を顰めていた。
僅かながらも、展開していた熱による防御フィールドに負荷を与えていたのだ。
ブラッドの注意が一瞬逸れたのを機に、ユウはまだ残っているマガジンを交換していた。
「テメェ、マジで無能だっつーのか?」
時間にして一秒程の間だったが、ブラッドにはユウが無能力者である事が信じられないと結論付けていた。
前回の動きと、先ほどの攻撃。
明らかに”他の無能力者とは違う”と。
「テメェ自身で確かめてみな」
僅かな手応えを感じたユウは、挑発的に笑みを浮かべるがその頬には一筋の冷や汗が流れている。
「(気核弾頭じゃ倒せないんだが、な)」
内心では苦笑ながらも、確かにユウには笑みがあった。
「やってやろうじゃねェか」
そして、ブラッドの表情にも、笑みが浮かんでいた。
無能だと言い張るユウの化けの皮を剥がしてやると。
両手の平を、ユウへと向ける。
前回の戦闘最後に、放とうとしていた炎の弾幕による面制圧攻撃。
その予備動作に悪寒を覚えたユウは、回避では無く応戦で答えた。
「ハッ!銃弾如きで止められるとでも思ったかっ!?」
自身へと照準するユウを見て、彼は心の底から馬鹿にした笑みが浮かんだ。
この攻撃を止めるつもりならば、戦闘機編隊からの集中爆撃でも使うべきだと。
その数瞬後、能力が発動して秒間五十にも及ぶ炎の弾幕が開始されるよりも僅かに早く、ユウの弾丸が発射。
その結果、ブラッドの眼前にて、突如大規模な爆発が起きていた。
「(これで倒れれば良いんだがな)」
そんなはずは、無い。
突如発生した爆発により視界はゼロ。ブラッドへのダメージがどの程度かはわからないが、多少なりとも傷を負わせたはずだった。
一秒程の空白を切り裂いたのは、煙から飛び出した一つの影。
着地と同時に最大限の警戒を見せたブラッドに対して、ユウは慎重にならざるを得なかった。
「テメェ、ナニしやがったァ?」
シャツの袖部分が焼け焦げ、僅かに火傷を負っただけのブラッドは、敵意を露わに口を動かしていた。
「テメェで、確かめな」
ゆっくりと、挑発するユウは、それでも動揺していた。
完全なる不意打ちに、現状で最高火力であろう今の攻撃は、ブラッドには全くといって良いほどに通ってはいなかった。
「上等だァ!」
一瞬、頭に血が上ったブラッドは、炎熱操作にて得物を左手に形成。直後にソレを振るう。
「(一瞬だったが、間違いねェ)」
先程の爆発は、ユウの放った弾丸だけでは、ない。
再度の鞭による攻撃をステップで回避し、手元を狙って放たれた弾丸は、ブラッドが望んだ物。
「水系能力!」
先程爆発を起こした弾丸は、炎と接触する直前に直径三m程もある水の球体になったのを彼は見ていた。
そして炎と接触後、水蒸気爆発を起こたのだった。
そこからの推測は、ブラッドの思い描いた通りになった。
ブラッドより少し手前で再び水の球体となった弾丸を鞭にて”弾いた”。
それは、温度を調節して打撃によって弾くという、一瞬の早業だった。
弾かれた水球は道路にぶつかって四散後、鞭の熱によって蒸発した。
「やっぱり能力者じゃねェか」
そう言って、笑みを浮かべながらも、ブラッドは憤っている。
何を偽っているのかと。
ユウの動きと水の弾丸。軽く見積もったとしても、B級。否、A級の可能性だってあると。
しかし、そう言われたユウは苦笑していた。
「だから、言ってんだろ。俺は無能力者だと」
言葉と共に放たれた弾丸は、ブラッドではなく手前の道路に着弾していた。
その弾道を見て僅かに逡巡したブラッドは、行動が間に合わなかった。
道路に着弾した瞬間、それは”冷気を周囲へと撒き散らし先程の水球の成れの果てである水蒸気すら凍らせた”。
ブラッドの四肢は、凍り付いていた。




