六
意識を失ったユウは、近場に待機していたアグイン軍曹によって救出され、拠点の街へと護送されて治療を受ける事となった。
重症なのは、鳩尾に食らった重度の火傷と肋骨の骨折だったが、それは治療能力者の手によって、十時間程で回復を果した。
次に深かったのは足の火傷だったが、こちらはそこまでではなく、他の重傷者の治療を優先させることになり、簡単な治療のみで完治には至っていない。
そして、全身至るところに出来た軽い火傷だが、それは放置していても一週間もせずに治る程度の物だった。
A級能力者を相手に、その程度。
軍上層部はその戦果を受けて、気核弾頭の作成に本格的に着手するとの事だったが、幻楼石の問題があり、そう簡単には量産される事は無いだろう。
ただし、今後はユウ・アカサキ少尉に対し、一定量の支給を行うとの伝達を受けていた。
手元に残っていた銃弾は、初期型の物が一発のみだったのだが、即座に四種類の弾丸を十七発づつ支給されたのを見て、彼は言葉を失っていた。
無能力者が、A級能力者と対等に渡り合ったのは、史上初。
結果的には敗北も同然だったが、それでも尚生還した彼を運だけだと罵る様な愚か者は、極々僅かだった。
メッシーナという国の特性も、それを助長していた。
メッシーナという国は、最初は存在していなかった。ヘレミア・ボゴミレア・シュクレンティア・アクアリズという四国が昔はあったのだが、アクアリズが消滅し、各国から能力者と無能力者が集まり、今のメッシーナが出来上がったのだ。
どの国にも、能力者か無能力者のどちらかが力を持ち、片方は虐げられている。
そんな中で、国を脱し、或いは救出、勧誘された者達が集まり出来たのだ。
メッシーナは、今のプレーロマにおいて唯一、能力者、無能力者が協力し合い、友好関係を上手く結んでいた。
ブラッドと交戦中にクレアとも会敵。A級とSS級などと言った最早人間を辞めたと言っても良い程の力を持つ者たちを前に一歩も引かず、生還したユウの話は彼が目を覚ました時には既に、メッシーナ全体へと知れ渡る事となっていた。
重ね重ねだが、彼はただの無能力者であり、プレーロマにおいて、注目されるのは国王並びに高ランク能力者のみだ。
そんな彼がそれらと対等に渡り合ったという事実は、メッシーナ内だけに留まらず、プレーロマ全てを震撼させた。
とはいえ、今はまだ…何も変化は、ない。
そもそもが、軍の寮にて生活している身なので、特にコレといった変化は、軍内部のユウへの扱いが変わったくらいにしか、彼は実感していかった。
「よぅ。英雄殿。メルレシブは俺らに任せてゆっくり休んどけよ」
そんな言葉を何回、何人から言われた事か。
ため息を零しつつも、司令部のあった街を当ても無く歩く。
ユウの負傷は大したことが無い為、通常なら原隊復帰し、次の拠点にするはずのメルレシブへと移っていても不思議ではないのだが、今現在でも彼はそちらへと行ってはいない。
まだ拠点の移動途中の為、それに第二の占拠された街であるプログレムの街からはメルレシブを経由しなければコチラへと来る事が出来ないために、まだ残っている非戦闘員の警護という名の休暇を彼は持て余していた。
「戦闘可能な人間のほとんどが居ないってのも…どうなんかね」
常時、この街にも軍は常駐しているのだが、その人員も加えてメルレシブを拠点化しているのだから、これほどまでに人が少ない。
住人達は普通に居る。
今でさえも、露店を扱っている商人達からは、ユウへの…スムーズに奪還を成功させた軍への感謝と労いの言葉を彼に送ってくれる。
買い物帰りの主婦や、遊びに来ているのであろう学生、外回りでもしているのかサラリーマンなどなど、住人達はユウへと一言ずつ投げかけては、自身の目的を果しに行く。
そんな中に、一人歩くユウは特に目的などは無かった。
「(気核弾頭は確かに画期的だ。でも…まだ、足りないか)」
頭を過ぎるのは、ブラッドとの戦闘。
史上初めての、無能力者が能力者と対等に渡り合った戦闘ながらも、ユウの理想には、遠い。
「(もう少しバリエーション…いや、発動する能力への柔軟性をつけられれば、な)」
現状の弾頭では、水球と氷球、それと着弾時に周囲にB級程度の電撃を放出する物しか無い。
能力者ならば、他にも様々な扱い方が出来る為、応用性が皆無なのだ。
「(でもまぁ、やり方次第なんだろうけども)」
この三種の弾頭は、ユウ自身が発案、内包する能力に関しても、ユウが指定していたものだ。
能力者達は、共闘することがあまり、ない。
なので、別種の能力同士をかけあわせた場合にどうなるのかは、未知数なのだ。
「あの、」
考え事をしながらの散歩は、自然が多いのが売りの大きな公園に行き着いた。
近くのベンチへと腰を下ろして自販機で買った飲み物を飲んでいたユウへと、十四、五程の少女が声をかけてきた。
「ん?どうかした?」
知り合いでは無い…よな?などと彼女の顔をまじまじと見つめてから、失礼だったなと思い直すまでの間に、彼女は顔を真っ赤にしながら言葉を必死に紡いでいた。
「あ、あの。え、えっと…ま、間違えてたらすみません。ユウ・アカサキさんですか?」
そんな挙動不審になりながらも紡がれたのは、ユウの名前。
「そうだけど…えっと、どこかで会った事あった?」
ユウの記憶には、こんなに人目を引く少女の知り合いは居なかった。
くっきりとした二重の目。肩よりも少し伸ばされた髪は、癖があるのか毛先が少し丸まっていた。身長も百五十あるかどうかと、大分に小さい上に、その挙動不審っぷりが合わさって小動物の様だ。
「い、いいえ!えっと…今朝のニュースで、見ました。メルレシブを、開放するのに…能力者、相手に奮戦した上に、作戦は貴方のおかげで成功した、って」
そこまで言って、そのくっきりとした目を光らせてユウの手を取っていた。
ユウはと言えば、そんなニュースの事自体が初耳だった。
「あのあの!メルレシブには、友達が居て、それでその…ありがとう、ございました!」
ぶんぶんと振られる手に合わせて飛び跳ねる少女を見て、ユウはポカン。としていた。
ニュースは、それはまぁ、確かに史上初の快挙なのだから、当然かとその思考が再起動したのと、少女が少しだけ冷静になったのは、同時だった。
「え、あ…ご、ごめんなさい!」
囚われていた友達を解放してくれたお礼を言っているのだとユウがやっと理解した時には、少女は赤かった顔を耳まで真っ赤にして手を離していた。
「あぁ、いや、大丈夫だよ」
思考の止まっていたユウは、現状の把握を終えた頃には、少女は羞恥のあまりにその小さな体を更に小さく丸めていた。
「本当にごめんなさい…」
しゅん。と目の前で少女が項垂れているのを黙っている程には、ユウはコミュニケーションが苦手では、無かった。
「大丈夫。気にしないで。そう言ってもらえると、命張ってる甲斐があるってものさ」
そう言いながらも、目の前にある頭へと手を乗せ、撫でる。
昔も、こんな景色があったな。などと思い出しながらも。
全くの他人のはずなのにも、どこか…ノイと被って見えた。
そうして数秒してやっと少しは落ち着いたのか、少女が頭を上げた。
「あ、あの…お仕事、頑張って下さいねっ!」
それでも、先程の羞恥のあまりか、言うだけ言って走り去る少女は、小動物そのものだった。
そんな彼女を見送ったユウの口元は、緩んでいた。
「開放したのはアイオンで、俺は能力者に負けただけなんだけど、なぁ…」
悪い気がするはずは、無い。確かに高ランク能力者と渡り合えたが、それでもアイオンが間に合わなければ確実に殺されていた。
まだまだ、目標のスタートラインに立ったばかり。それでも…助けられた命も、あったと。
「少しずつ…進んでる」
そう、実感出来た。それが、何よりも…嬉しかった。
呑みかけていた物を飲み干し、空き缶を捨てて再び散歩を開始しようと立ち上がった瞬間だった。
突如として起こったのは、爆発。
それは、視界に入る数百m先にあるビルの一部が吹き飛んだ物だった。
「あそこは…っ」
仮設司令部のあった、ビルだった。
敵襲。その結論に至るにかかる時間は、一瞬。
ユウは仮設司令部へと全力で走り出していた。
「(完全に油断したっ!メルレシブでの残りかっ!)」
この場に攻撃があるには、スパイからの工作か、メルレシブでの生き残りが彷徨った結果に辿り着いた此処への、攻撃。
今現在、戦える人間は、少数しか居ない。
能力者も、数えるほどだ。
そんな中に、高ランク能力者が一人でも奇襲してきたら…。
嫌な予想を振り切るかの様に、走り抜ける。
道行く人々は、何があったのか理解が追いついてはいない。
そんな人々を縫い、最速で駆けていく。
「(人が多すぎる…!)」
ふと、視界に入った男が、手を翳していた。
戸惑い、混乱する人々へと。
「させ、るかっ!」
走りながらの照準と発砲は、確かに男の腕を打ち抜いた。
だがしかし。突然の発砲音に驚いた人々は、逃げ惑う。
「通して…通してください!」
そんな混乱した隙を見て逃亡したのか、ユウが近くに行った時には既に、男は居なかった。
『こちらスカイ1!近隣の部隊へ通達!街中にて敵と交戦!規模は不明!司令部も襲撃されてる!』
舌打ちと共に取り出した無線はしかし、ノイズしか聞こえる事は無かった。
「くそっ!」
電波妨害。範囲まではわからないが、電気系統のB級以上が居る。と当たりを付けたユウは、そう吐き捨てて司令部へと急ごうと足に力を入れた瞬間だった。
ユウの前方…仮説司令部のあったビルの手前の道路にあった車体が爆発、炎上した。
逃げ惑う人々を、巻き込んで。
「糞ったれがっ!」
ユウが駆けつけたときには既に、逃げ惑う人々はほとんど居なかった。
爆発と能力に巻き込まれた数十人の人々が、倒れているだけ。
「ぁ。」
そんな光景は、見慣れていたはずだった。
戦争中なのだから。十数回の、戦場も経験している。
昨日、笑っていたはずの戦友が隣で死ぬ事も、何度もあった。
だが。
「---っ!」
ユウの目に飛び込んできたのは、先程の少女の成れの果て。
恐らく至近距離で爆発に巻き込まれたのだろう。片腕が吹き飛び、足もその両方が吹き飛んでおり、抉れた腹からは内臓もはみ出ていた。
それでも、顔への損傷は軽かった。だからこそ、わかってしまった。
無意識のうちに、全身が震える。目も熱くなるがそれよりも…頭が沸騰しそうな程に、血が上った。
名前も知らない。
先程、少しの間話しただけ。
それも、ほとんど一方的に話して逃げるように走り去っていった。
だがそれでも…。
その少女のおかげで、敗北した。と下がっていたユウの想いは、救われた。
何よりも…最も大切な親友と、愛していたと言っても良い少女と袂を分かつ事になろうとも、果さなければならない目標に向けて、しっかりと進んでいると。
そう、実感出来た。
それなのに。
「…クソッ!」
吐き捨てたのは、こんな事態を起こした敵への怒りか、少女を守れなかった自身への想いか。
握り締めた拳からは、一筋の血が流れている。
「…。ごめん、な」
かろうじてそう零して、恐怖に見開かれた目を閉じ、ユウは踵を返した。
”この程度の事で立ち止まれない”。
それでも、ユウの頭からは離れなかった。




