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3-2


朔也は一花から身体を離し、ひどく申し訳なさそうな顔を浮かべた。


「…ごめんっ」


咄嗟にポケットからスマートフォンを取り出し、画面を一瞥した彼の表情が強張る。朔也はそのままベンチから立ち上がり、早足で少し離れた場所へと歩いていきながら、通話ボタンを押した。


守るべき恋人の前で見せた、狼狽した彼の背中。

それを見つめながら、一花は誰にも聞こえないほどの小さな音で、「チッ」と冷たく舌打ちをした。


その瞬間、彼女の瞳からはすべての温度が消え失せていた。完全に据わったその目は、泥を這う生き物を見下ろすかのように冷酷で、一切の光を宿していなかった。せっかくの復讐の完成を邪魔された不快感だけが、胸の奥で苛立ちとなってくすぶる。


少し離れた場所で、朔也の焦燥を含んだ声が風に乗って聞こえてきた。


「はい、はいわかりました。すみません、ご迷惑おかけします。……宜しくお願いします」


深々と頭を下げ、朔也が通話を切る。彼は踵を返すと、焦りを隠せない様子で一花の元へと駆け戻ってきた。


「ごめん、一花! ちょっと母さんの状態があまり良くなくて……今から急いで病院へ向かわなきゃいけないんだ。だから、ごめん、ちょっと先に帰るねっ」


朔也は慌ただしくベンチの鞄をひったくるように掴んだ。


その姿を見た刹那、一花の顔には瞬時に完璧な仮面が張り付いた。氷のようだった瞳に瑞々しい涙を浮かべ、健気で、恋人を心から心配する少女の表情へと一変する。


「えっ! 朔也くんのお母さん……?! 大丈夫なの? 私もっ…、一緒に行こうか……?」


今にも泣き出しそうな声を震わせ、縋るように朔也を見つめる。

そんな彼女のいじらしい姿に、朔也の強張った表情が少しだけ和らいだ。彼は愛おしそうに目を細めると、一花の頭にポン、と優しく手を置いた。


「大丈夫、ありがとう一花。気持ちだけで嬉しいよ。……また帰ったら連絡するら。一花は先に帰ってて」


朔也はそれだけ言い残すと、夕闇が迫る公園の出口に向かって、全力で走って去っていった。

遠ざかっていく彼の背中を見送りながら、一花の頭には、先ほど彼の手が触れた場所に、確かな嫌悪感がへばりついていた。


夏目朔也、を縛る檻の正体に、精神を病み狂気の奥で息子を縛りつける母親の存在があった。




(…っまた、邪魔された……)




一花はギリッと歯を食いしばり、膝の上でクシャっと制服のスカートを握りしめて朔也の去っていった方向を睨みつけた。









◆

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