第2章:真の図書室と世界の欺瞞 / 第2節:繰り返される終焉
図書室に響いた声は、現魔石碑管理人のキルミ。
キルミの口調はどこか楽しそうに感じるが、何を考えているのか
第2節:繰り返される終焉
空間に硬い靴音が響く。三人が振り返ると、そこには一人の少女が立っていた。
「久しぶりね。ニャニールン・コーセイドルシン。まさか、こんな所に潜伏しているなんて思わなかったわ」
「ふん。キルミに見つかるとはな。幾十もの封印を施していたはずだが?」
「ここを見つけるのは、結構骨が折れたわよ。だけど、久しぶりに思いきり頭を使って気持ちよかったわ♪」
キルミはシルを見て軽くウインクを投げると、視線をキーニャへ移した。
「やっぱり、キーニャもいたのね。不自然すぎるわよ、刻印が突然消えるなんて。ニャニールン、そこは適切に処理しておくべきだったわね。貴方だって魔石碑の元管理者なのだから」
「えっ……ニャンコが魔石碑の管理者……?」
シルとキーニャは、机の上に佇むニャンコを驚愕の眼差しで見つめる。
「そうでしょ? ここに数千、数万の書物があっても、魔石碑の真実が記されているものなんてないわ。キーニャが契約で訪れた場所も、魔石碑の本体とは違う場所なのだから。だけど、ある程度の仕組みは知っておくべきでしょ? 伝達者として♪」
「え……あの場所も、魔石碑の空間だったんですか……」
「当たり前でしょ。外では一瞬でも、本人は数時間を過ごす……その通りよ。実際に時間をかけて伝達者の印を刻んでいるんだから。……まあ、そんなことより、シルだっけ? あなたはどうするの? あなたも聖魔獣を受け入れるのかしら」
「『も』って……どういう意味?」
「はぁ、分かっているでしょ? 先代の器がアンタと瓜二つなら、次の器はアンタよ」
キルミは無限に並ぶ書棚に指先で触れながら、薄く笑みを浮かべてシルを見た。シルは予感していたのか、苦虫を噛み潰したような表情で俯く。キルミは構わず言葉を続けた。
「いい? 聖魔獣は古獣の次代。これは確かよ。だけど、聖魔獣の目覚めには膨大な魔力を要する。そのための器がアンタたち。特に、聖魔獣を受け入れた者と、後世に生まれる『同じ姿』をした者よ」
「えっと……キルミさん、一ついいですか?」
「何? キーニャ」
「今、山に封じられている古獣が聖魔獣になる……というのは分かりました。けど、最初の古獣というのは……」
キーニャの漠然とした疑問を察し、キルミは彼女を真っ直ぐに見据えた。
「古獣の誕生、その根源ね。そして次を担う聖魔獣の関係。簡単よ。この世界が成った時に古獣が生まれ、彼らは自らが住みやすい環境を作るために、周囲のエネルギーを取り込み、世界を書き換えた。だけど、己の死が近づくのを察すると聖魔獣の卵を作り、そこに全エネルギーを注いで次を託したの。古獣が作った環境は他の生物の進化も促したけれど、人間は自らの脅威となる古獣を封じる術を編み出した。だから古獣は、種を繋ぐために特定の人間に『次の器』を作らせたのよ。聖魔獣を異空間で誕生させた後、人間にわざと召喚させ、人間の肉体を器として育つように仕向けた……これが真実よ」
「え、え~と……」
困惑するキーニャに、ニャンコは軽く咳払いをして語り出す。
「つまり、こういうことじゃ。
1.この世界が誕生した時、古獣もまた現れた。古獣は自らが住みやすい環境へと作り変え、同時に他の動物の進化も促した。
2.古獣は己の死を悟ると聖魔獣の卵を産み、その卵に全エネルギーを注ぐ。
3.進化の過程で人間が著しい発展を遂げ、古獣を脅威と見なして封じる術を編み出した。
4.封印された古獣は【次】を諦めず、今回はシルの家系を卵の器にする呪いをかけると同時に、幼い聖魔獣を異空間に産み落とした。
5.シルの一族には古獣の脅威のみが伝承された。古獣の目覚めを感知すると聖魔獣を召喚して古獣を封印し、同時に己の体を器として聖魔獣を育むのだ。
6.聖魔獣は器(人間)の中から栄養を取り込む。
7.刻が満ちて聖魔獣が完全体となったとき、器を食い尽くして古獣を己の中に取り込み、この世を破滅へと導く。
これがこの世界の真実の歴史じゃ。そして、刻まれた歴史は繰り返される」
説明を受けたキーニャが困惑の表情を浮かべる中、察したシルが口を開く。
「ニャンコ……あんた、どこまで知ってたの? 全部? 私のことも?」
シルは拳を握り、ニャンコを睨みつける。しかし、ニャンコはその威圧に動じることなく、冷静にシルを見つめ返した。シルはさらに言葉を重ねる。
「……ニャンコ、あんた、あと一つ足りないことがあるわ。破滅へ導いて、どうして私たちがまだ『存在』しているの? 歴史の繰り返しだとしてもおかしいわ。まだ一度も『破滅』してないんでしょ? そうじゃないの、キルミ」
シルは矛先をキルミに変え、鋭く尋ねる。
「あら、なんで私に聞くの? ……いいわ、答えてあげる」
キルミは机に腰掛けて脚を組み、シルを見つめた。
「シルの言う通り、この世界が破滅したことはないわ。人間たちの前に屈している、と言った方が正しいわね」
「屈してる?」
「そうよ。人間や地上の生物を滅ぼす力を持つ古獣は、あなたたちに勝てていないのよ」
キルミは手近な本を手に取ると、ページをめくり、ある箇所を指さした。そこにはこう記されていた。
『聖魔獣から真獣となり、古獣となる。この真獣の過程を飛ばし、古獣化させる方法をここに記す』
「わかるかしら? あなたたち一族は、どこで得た知識か知らないけれど、真の力を出させずに古獣へ変え続けているの。そして、古獣の目覚めまでの周期も長くなっている……」
キルミは脚を解いて立ち上がると、不敵な笑みを浮かべた。
「そうね、一つだけいいことを教えてあげる。あんたたちは『飛ばしすぎた』のよ。この部屋を出たら、古獣がいる山をよく見てごらんなさい。震えているわよ。火山でも何でもない普通の山がね。どういう意味かわかる? あなたたち一族だけじゃ抑えきれなくなったのよ。シル、あんたの代でこの世界は終わるわ」
キルミを除く全員の顔に驚愕が走った。それを見たキルミは、歓喜の色を浮かべて言葉を継ぐ。
「あら、驚く必要なんてないわ。いくら獣でも、必要な過程を何度も何度も飛ばされれば――それも人間に。これほど屈辱的なことはないはずよ。それくらいはわかるでしょ?」
挑発的な発言に対し、シルは逆に落ち着きを取り戻したようにキルミを見据えた。
「そうね。大好きな鳥のコロッケを目の前に出されたのに、毎回誰かに横取りされるようなものね。……むかつくわ。許せない」
シルが拳を握りしめて語る横で、ニャンコとキーニャが呆れた声を出す。
「い、いや……まあ、言いたいことはわかるが、少し違う気がするぞ……」
「何がよ! 目の前で大好物を奪われて、見せびらかしながら食べられるのよ!」
シルはニャンコに詰め寄り、キーニャを睨みつける。キーニャは慌てて手を振った。
「わ、私はそんなことしてないわよ! 決して……っ」
「冗談よ。けど、私の代で終わるってことは、今、山にいるご先祖様が本当に『最後の卵』ってわけね。ふぅ、つまり時間はなさそうね……」
シルの余裕ある態度に、キルミは不満げに鼻を鳴らす。
「余裕ね。既に策でも見つけたのかしら?」
「策ね……少し前までは、私が卵を受け入れてどうにかするつもりだった。……いいえ、違うわね。卵を『書き換える』予定だったわ」
「書き換える? 何を言ってるの?」
キルミは眉間にしわを寄せ、シルに聞き返す。
「単純よ。卵の状態なら、どんなに力が強くても関係ないってこと」
キルミはシルの意図を理解すると、見下すように笑い出した。
「馬鹿じゃないの? いくら卵とはいえ、あなたたち一族はそれを抑え込むのが精一杯のはずよ。それに、あなたたちは神ではないわ」
キルミはシルの発言を一蹴し、周囲を見渡す。
「まさか、ニャニールン。お前はできると思っているのか? そんな神がかりなこと、神に対する反逆行為を」
ニャンコは沈黙を守ったままシルに視線を移し、静かに語り出した。
「キルミも知っておろう? 魔石碑の扱い方を。……ワシらが管理する前の、初代管理人と神との記述をこの図書室で見つけた。ワシはただの神話だと思って放っておいたが、シルは違った。血筋か、あるいは古獣に狙われていたせいかはわからぬが、シルは『見つけた』んじゃ。神が人間には不可能だと断じた上での、作り替えの方法をな……」
キルミの表情が驚愕に染まる。
「見つけたって、何を……? 血筋? 形だけの印を付けられただけじゃない、本当の血筋……」
不意にキーニャが口を開いた。
「一回だけ……一度だけ、シルちゃんが理解できない言葉を発していたことがあったわ……」
キルミは、キーニャの魔石碑にあった不自然な空欄を思い出した。
「あ……あの時の……。何かしらと思ったけれど、あれはキーニャが理解できず、体験を刻むはずの魔石碑ですら認識できなかった文字……」
キルミは視線をニャンコへ戻した。
「……魔石碑の扱い。そうね、それなら可能かもしれない。けれど、もしシルが本当に理解しているのなら、魔石碑すら必要ないわ。……ねえ、シルが見たというその本」
キルミはニャンコに手を伸ばした。
「その本を見せなさいよ。私だって……私だって……」
ニャンコは狼狽えるキルミに、黙って本を差し出した。
「……そう、こうやって書き換えるのね。見た目は確かにただの神話。けれど違うわ、明確に書かれている。表面的な作りではなく、根本的な『創り替え』のことが……」
ニャンコは驚き、キルミを見つめる。
「キ、キルミ……なぜわかるんじゃ? 本の中身が。ワシも、シルに言われるまで理解できなかった内容を……」
キルミは答えず、キーニャの方を向いた。キーニャは急に自分へ視線が向いたことに怯える。
「何もしないわよ。ただ……」
キルミはキーニャに歩み寄り、互いの額を合わせた。そして囁く。
「あの時の出来事を、少しでもいいから思い出して。ほんの数秒でいいわ……」
「えっ……は、はい。シルちゃんが謎の言葉を言った時のことですね?」
キルミが小さく頷くと、キーニャは目を閉じ、当時の記憶を呼び起こした。シルと瓜二つの先祖に遭遇した時の光景を。
「……ここね。確かにこれでは、キーニャには音にすらできない。いいえ、音は聞こえているのに、音として認識できない周波数……」
キルミはキーニャから離れ、椅子に深く腰掛けてシルを凝視した。
「あんた……どこで覚えたのよ、この言葉。私が最後だと思っていたのに……」
「何のこと? キーニャが聞き取れなかった単語のこと? ……あれは単語じゃないわ。名前よ
卵の状態で破滅を防ぐという意味不明なことを口走るシル。
しかし、その口調には絶対の自信が溢れている…そして、謎の言葉とは…




