第六話 勝利と余韻
投げられた帳簿が大佐の視界を遮った、そのコンマ数秒後。
「伏せて!」
秘書が鋭く叫び、私の肩を突き飛ばした。
同時に、彼女の小型拳銃が火を噴く。
銃弾は大佐の右肩を貫き、彼のリボルバーが床に転がり落ちた。
「ぐっ……おのれ、監査官の小娘が!」
「動かないで。次であなたの眉間を撃ち抜きます」
彼女の銃口は一点の曇りもなく大佐を見据えていた。
周囲の兵士たちが銃を構えるが、部屋が狭く、主君が盾になっているせいで迂闊に撃てない。
私は床に散らばった帳簿を素早く拾い上げ、一瞥した。
「……大佐、あんたも哀れなピエロだな。首相は初めから、あんたに全ての罪を被せて、アヘンの利権だけを独り占めするつもりだったんだよ。
俺に調査を依頼したのも、あんたが隠した『証拠』を俺に探させ、最後は俺ごとあんたを処分するためだ」
その時、劇場の地下室にさらなる足音が響いた。
現れたのは、大佐の部下ではない。
首相直属の近衛兵たちだ。
「そこまでだ、大佐。そして名探偵」
兵士たちの後ろから、悠然と首相が姿を現した。
彼は葉巻を燻らせ、満足そうに私たちを見下ろした。
「帳簿を確保したか。ご苦労だった。……大佐、君は少しやりすぎた。総裁暗殺の主犯として、ここで探偵と共に『殉職』してもらう」
「首相……貴様っ!」
大佐の怒号も虚しく、近衛兵たちが一斉に銃の引き金に指をかけた。
だが、私は不敵に笑った。
「残念だが首相、あんたは大きな読み違えをしている。俺たちがここへ来たのは、帳簿を盗むためじゃない。……この帳簿の中身を、すでに『印刷所』に届けるためだ」
「何だと?」
「秘書は有能だと言ったはずだ。彼女は地下通路に入る前、すでに帳簿の全ページを写したマイクロフィルムを、信頼できる新聞社へと回してある。
今頃、明日の朝刊の号外が刷り上がっている頃だろうよ」
首相の顔がみるみるうちに土気色に変わっていく。
「さぁ、選択しろ。ここで俺たちを撃って、明日、全国民を敵に回すか。それとも今すぐ兵を引いて、せめて自分の首を洗って待つかだ」
静寂が流れた。
やがて、遠くから劇場の外に集まった群衆のざわめきが聞こえ始めた。
真実の香りを嗅ぎつけた民衆の声だ。
「……引き上げるぞ」
首相は忌々しそうに吐き捨て、背を向けた。
大佐もまた、崩れ落ちるように力なく膝をついた。
嵐のような夜が明けようとしていた。
私は、汚れ、破れたコートを払いながら、隣に立つ彼女に声をかけた。
「……クリーニング代、追加報酬に乗せてもいいか」
「ええ。ですが、まずは事務所に戻って、8時30分の約束をキャンセルするのが先です」
彼女は、いつものクールな表情でそう答えた。




