第五話 攻
午前零時の鐘が鳴り止むと同時に、私たちは王立劇場の通用口に立っていた。
霧はさらに深まり、軍の歩哨たちの松明の火が、ぼんやりと赤く滲んでいる。
「正面突破は愚策だな」
「ええ。ですが、劇場の地下構造は監査官時代に把握しています。北側の搬入口の床下を通る、排水用の古いダクトが金庫室の裏まで繋がっているはずです」
「汚れ仕事は嫌いじゃないが、このコートはクリーニング代が高くつきそうだ」
私たちは影に紛れ、ダクトの鉄格子を外して地下へと潜り込んだ。
暗く、湿った空間を進む。
時折、地上を歩く軍靴の音が頭上から不気味に響いてくる。
ハイドリヒ大佐の執念は相当なものだ。帳簿がこの劇場にあると確信しているのだろう。
やがて、分厚いレンガ壁に突き当たった。
「……ここです。この壁の裏が総裁の隠し金庫室です」
彼女が差し出した銀の鍵を、私は壁に隠された鍵穴に差し込む。
重厚な機械音が響き、壁の一部が音もなく回転した。
部屋の中には、数枚の書類と、革表紙の分厚い帳簿が置かれていた。
私は帳簿を開き、ページを捲る。
「……酷いもんだ。大蔵省の役人から、軍の将軍まで、阿芙蓉の利益を吸い上げている連中の名前がびっしり書き込まれている。これは爆弾なんて生易しいもんじゃない。この国そのものを吹き飛ばす『地獄のリスト』だ」
「それを、こちらへ渡してもらおうか」
背後から聞き覚えのある声が響いた。
振り返ると、部屋の入り口にハイドリヒ大佐が立っていた。
手には黒光りするリボルバー。
その銃口は、迷いなく私の眉間を狙っている。
「地下から来るとは思っていたよ。だが、名探偵。君のミスは、私の執念を過小評価したことだ」
大佐は歪んだ笑みを浮かべる。
「その帳簿は、この国の新しい『法』になるものだ。死んだ総裁のような、古臭い正義感で汚されては困るんでね」
絶体絶命。
周囲は軍の精鋭に囲まれている。
だが、私の横に立つ秘書の指先が、微かに動いた。
彼女は自身のスカートの裾に隠した「特殊監査官専用」の小型拳銃に触れている。
「大佐、一つ教えてくれ」
私は時間を稼ぐように、ゆっくりと帳簿を掲げた。
「あんた、この帳簿の最後の一ページ、誰の名前が書いてあるか知っているか」
「何……?」
「あんたの名前じゃない。……この国の『首相』の名前だよ」
大佐の顔が驚愕に染まった瞬間、私は帳簿を力いっぱい彼の顔面に向けて投げつけた。




