08.『光星人の伝説』の主人公はマリア……?
昨日から今日にかけて、ソラの人生が大きく変わった。
両親が交通事故で死に、初めて父方の祖父がいることを聞いたのは昨夜のことだった。
ソラにとって、想像する祖父像は無限だったはず。
それでも、今日会った祖父はソラの想像を軽く超えていた。
オカマバーで働いているなんて、普通の中3の男子には考えられるはずもない。
敢えて言うなら、吾の想像も超えていた。
ソラはオカマバーの窓から、路地裏の細い抜け道をぼぉっと見ていた。
そこでは、マリアがうつ伏せで倒れている。
尻をピクピクさせながら。
何故かというと、マリアがオカマバーの窓から外に向かってダイブしたからだ。
1階とはいえ、年老いたマリアには衝撃がすごかったはず。
尻以外はピクッともしない。
「みんな、マリアさんを助けにいって」
ボスの命令で、急いで救出に向かう人と、
「はぁぁぁい」
と、仕方なく出て行く人の2種類。
ソラも皆の後ろ姿を追って出ていこうとしたときだった。
「あなたはいいのよ。今のうちに少し話しましょ」
と、ボスが止めた。
直ぐに、オカマバーのオネェたちが路地裏にやってきたのが見えた。
皆で、うつ伏せのマリアを上向きに寝かせる。
ボスが、
「店まで運んできて」
と叫んだ。
オネェたちは3人がかりで、マリアの体を持ち上げようとするが、
「もうダメ~」
とか、
「いい加減にいてほしいよぉ」
とか、大げさに騒ぎ立てただけで諦めた。
窓の外を見ながら、ボスが叫ぶ。
「早くしないと、夜食なしにするわよぉ」
一方、外の3人は、
「鬼ッ」
「お前の母ちゃんデベソ」
「ひどいぃッ」
と言いながらも、マリアの体を軽く持ち上げ、歩きだす。
その光景を見届けたボスが、ソラに話しかける。
「いざとなれば、力はあるのよ。男だから。そこが悲しいのよね」
ボスが何を言いたいのか、ソラには全くわからなかったに違いない。
そう言う吾にも、さっぱりわからない。
「マリアさんとはもう40年以上の付きになるわ。だから、ひとつだけ言わせて。マリアさんはとても情の深い人よ。言い尽くせないほど力になってもらったの。だから、あなたにとっても力になると思うわ」
『父を捨てた祖父が……?』
ソラにはどうしても納得できない。
そこへ、マリアが無事運ばれてきて、店のソファーに寝かされた。
ボスがマリアの寝顔を優しい眼差しで見つめながら、再びソラに話しかける。
「大昔、宇宙人が地球に来たかもしれないって話があるじゃない。マリアさんね、それを信じているの。そして、宇宙人は地球人と恋をし、子供が生まれた。その子孫が自分たちだって。だって、現世の神は男と女しか作らなかったでしょ。でも、どちらでもない自分たちが存在しているのは、異世界の神の力も加わっているはずだってね。だから、いつか異世界から迎えが来るって信じているのよ」
アニーが大げさにため息をつく。
「ホント、ボケてるんだからぁ、もッ」
突然、マリアの目がパッと開いた。
ソラにはまるで、死んだ人間がゾンビとして生まれ変わったように思えたことだろう。
マリアは心配顔のみんなを無視し、何かを探すように辺りを見回している。
「ララはどこ?」
「ララって?」
リリィが反応した。
「ララはララよ。ボール星の……」
「ボール星……?」
リリィの視線はみんなを見渡し、「知っている?」と問いかけている。
首を横に振るみんな。
「アタシを迎えに来ているはず。ララ、アタシはここよぉぉぉ」
と、窓辺に立ったマリアは星空にむかって叫んだ。
「ボール星に連れて行ってくれるって約束したでしょぉぉぉ……?」
そのときだった。
「ふざけるなぁぁぁぁぁぁ……!」
ソラが初めて発した言葉は、怒声になってしまった。
「なにがボーイの体とガールの心を持つオカマの『ボール星』だよ。なにがララだよ。宇宙人は性別がないから、オカマは宇宙人の子孫だって? ふざけるなよ。オカマを正当化したいだけだろ」
マリアはキョトンとしている。
ソラがなにを言っているのか、全くわからないのだろう。
これがボケると言うことかと、吾は初めて知った。
代わりに、アニーが話す。
「アンタ、宇宙オタクなんでしょ。宇宙人を信じているんじゃないの?」
「信じているよ。真剣に信じているから頭にくるんだ。そんなことバカバカしいと笑われるだけだ。宇宙人への冒涜だ」
普段は無口だが、一度話し始めたら止まらない。
例え、相手がボケていようとも。
それがソラの癖だった。
「大体、自分の息子が死んだのになんなんだよ。ずっと会っていなくても、いいや、ずっと会っていないから尚更悲しむもんだろう。すまないと思うもんだろう。涙のひとつも流すだろう。あんたは最低な親だ。いや 、人間としても最低だ。お前なんか死んでしまえ」
ソラ自身、言い過ぎだということは自覚していた。
でも、決して嘘ではない。
本当に正直な気持ちなのだ。
だから、止められない。
その時だった。
ソラは突然目の前に現れた少女に気づいた。
多分、自分と同じぐらいの年。
セーラー服を着た可愛い系の女子中学生だった。
彼女の手が大きなグラスを握っていると気づいた途端、その中の水がソラの顔にかかった。
ソラは目が痛いと感じたあと、慌てて瞳を閉じた。
運動神経が鈍いのだ。
「キャー」
とか
「まぁ大変」
とか、声だけが大騒ぎしている。
ソラは取り敢えず目の周りの水を指で払い、少し痛いが瞳を開けた。
女子はまだ、ソラの前に立っている。
何故か、怖い顔で。
「ルイ、なにをするのよ? 謝りなさい」
ボスが叱りつけた。
「いやよ。絶対謝らないわ」
女子はまだソラを睨みつけている。
どう見ても、気が強そうだ。
「わたしはマリアさんを悪く言う人を絶対許さない。たとえ実の孫でもね」
ソラはあっけにとられていた。
あまりの急展開に、頭も気持ちもついていけないのだろう。
これもソラの性格だった。
「一生覚えておきなさい」
捨て台詞を残し、女子はマリアを連れて、奥の部屋に消えた。
今になって思う。
「一体、誰なんだ?」
と。
またまた、思わぬ人物の登場で、ソラの頭の中はパニックになった。
「はい…」
と、ボスがおしぼりを渡してくれた。
ソラはそのお絞りで濡れた顔を拭く。
「ごめんなさいね。実はわたしの娘なの」
……?
またまた、予想できない登場人物の登場とは……。
ソラはボスの話についていくことを諦めた。
今思うのは、あれ程熱くなった自分がバカみたいだなぁということだけだ。
「わたしがこんなだから、あの子も変わっているのよ。許してやってね」
反射的に、ソラは首だけで頷いた。
「あの子の名前はルイ。母親はね、あの子が生まれて間もなく死んじゃったの。当時、わたしは普通のサラリーマンで、会社に休めないかと掛け合ったんだけど、無理だっていうのよ。そんなときマリアさんが、この店をやってみないかって言ってくれたってわけ。この業界には案外いるよ。そんな人って……。マリアさんはいつもこの裏の休憩所で、 ルイの面倒見てくれたの。だから、あの子、マリアさんのことになると見境がなくなるのよね。わたしにだって、マリアさんを働かせ過ぎたって、容赦ないんだから」
あ、そうだ、とボスは大事なことを思い出したようだ。
「そういえば、3か月ぐらいまえだったかしら。あなたのご両親がこの店にいらしたのよ、マリアさんに、あなたのことを紹介したいって言ってたわ」
ハッと我に返ったソラは、自分の耳を疑った。
「そんな……まさか……」




