第89話 デート②
「エリカ? そろそろ皆さんの目線が――」
私とグーファはプレート製作をしている露店の前で抱き合っていたが、多くの人目を買っていた。でも、思いのほか店の店員さんはにこやかなトーンでこちらに語り掛ける。
「あ~お気になさらずに! 私どもとしては、お二人を見て製作したいという方がたくさんいらっしゃるので文句はございません! もっと抱き合ってもらって構いませんよ!」
そんな言葉のせいもあって余計に視線が刺さってきて私は恥ずかしさのあまり、スッと離れてグーファの手を瞬時に引いた。
「ありがとうございましたぁ!!」
「あ――ちょ、エリカ!? ふ、ふふっ! あははは!」
「グ、グーファ!? どこがおもしろいのよぉ!?」
「全部ですっ!」
私たちはそのまましばらくの間、全力で走って露店が並ぶエリアにまで来ていた。
「はぁはぁ……」
「エリカもそれなりに走れるんですね。ちょっとびっくりです」
「な、なんで……グーファは……そんな余裕、あるわけ?」
「それは――鍛錬のおかげ、ですかね?」
その強靭さには頭が上がらないし、たくましいとも思わせられる。
息絶え絶えの私に代わってグーファは周囲を見渡す。
「エリカ? そろそろ正午になるのでランチでも取りませんか? ここは休憩を取るにはもってこいのエリアですよ」
「えっ? そう、なの……? 市場みたいに露店がたくさん並んでいるようにしか見えないけど……」
露店の多くは道を境目にして、両サイドにズラッと並んでいる。到底、街に店舗を構えているお店とは異なる。買ってその場で立ち食いをする。それが関の山に見える。
しかし、グーファは自信ありげに私の手を再び取る。
「僕に任せてください。いい場所を知っているんです。ただ……」
「ただ?」
「お昼時ってこともあって人込みの中を歩かないといけないので」
グーファに手を引かれるまま、大通りに出てみるとすごく多くの人が行き交っている。これだけの雑踏を歩くとなるとはぐれてしまうかもしれない。私はこれ見よがしにグーファの腕に組み付く。
「え? 急に腕を組んで――ったぁ……これはぁ……なんとも」
「ん? 何か言った?」
「いえ! な、何も……!」
ずっとドキドキが止まらない。
けれど、それ以上に楽しいと思える感覚が強いし、互いに楽しんでほしいという気持ちが溢れ合っている。
「(ヤバい、クラクラするくらい幸せかも)」
お互いがお互いを思い合いながら楽しめているこの時間だけは何ものにも代えられなくてニコニコしてしまう。
「ここです」
「なんか、いかにも屋台って感じなお店だね?」
「でも、ここの味だけは本物ですから!」
そう言われて引っ張られて露店の前に立つ。
お店とは言い難いが、ほのかにお腹の虫を掻き立てるような香りがしてくる。
「いらっしゃい! 注文は?」
「へぇ〜お肉系だけじゃなくて、魚もやっているのかぁ」
「僕のおすすめは牛肉のワイン煮と香味炒めです!」
キラキラした目でグーファは言い切る。
それだけ自信を持って美味しいと言えるメニューなのだろう。
「よし! じゃあ、牛肉のワイン煮と香味炒めを一つずつください」
「10ゴールドだ」
「はーい。えっと、ん――?」
私がお金をインベントリーから取り出そうとするとグーファは私の手を押さえて自らの腰からお金を取り出す。
「ここくらいは僕のお金で払わせてください」
「え? でも待って。そのお金はどこから?」
「アハハ……実は――セリーヌさんが僕にお小遣いをくれたんですよ。一文無しじゃ大変だろうからって」
「もう、セリーヌさんったら……。じゃあ、今回は甘えちゃおうかな」
メイド長らしい機転の利いた配慮に私は思わず、息を飲みながらグーファの提案を受け入れた。彼がお金を店主に手渡すと大きな声を上げる。
「毎度! 牛煮と炒め、2だ」
「――はいよっ! ありがとうございますっ!」
「(わぉ……本格的な中華店みたいな掛け声!)」
「奥に食べる場所があるのでそちらで待っていましょう」
「え!? ちょっ、グーファ!? そんな狭い所を行くの!?」
グーファは露店と露店の間へと私の手を引く。
そこは人がやっと一人通れるレベルの道になっており、通り抜けると中庭のような狭い空間にテーブル席が設けられていた。
「すごい……! こんな小さな空間にこんな場所があるなんて」
「すごいですよね? 僕も最初に連れて来られたときは正直、びっくりしましたから」
ニコッと笑いながらも紳士らしく椅子を引いてくれる。
こんな作法は大衆食堂でやるものではないけれど、彼なりのこういう小さな気遣いに嬉しさを感じながら着席した。彼は私の正面に座りつつ、頭を掻く。
「でも、僕的には今のこの瞬間が幸せです。エリカと二人っきりでご飯を囲める、それだけで嬉しいですから――」
「あ、ありがとう。そう思ってくれて……わ、私も同じ……」
恥ずかしい思いを堪えながらも待つこと、数分。
店員らしき少年が注文したメニューを運んでくる。
「こちらが牛肉のワイン煮になります」
「おお~! おいしそう!」
「では失礼します。はぁっ! しまっ!」
「アツッ!」
「エリカ!? 大丈夫ですか!?」
店員さんの手が滑ったらしく、テーブルに勢いよく皿が滑り落ちてワインソースがはねたのだ。
「ごめんなさい、すみません、本当に申し訳ありませんっ……!」
「あ~いやいや! 大丈夫、大丈夫! 別に大したこと無いから! だから、そんなに頭下げないで? ね?」
私がそう言った手前、グーファは押し黙りながらおしぼりで患部を押さえるだけに留まるが、店員さんが奥に下がって行くとすぐに店主の壮絶な声が響く。
「てめぇ! 何度、お客さんに粗相をやらかしたら気が済むんだ!?」
「ご、ごめんなさい、ごめんなさいっ!」
「これだからお前ら『奴隷』は! 別に奴隷なんぞ、腐るほどいるんだ! お前との契約なんて切ったところでこっちは問題にならねぇんだよ!」
「それだけは――それだけは勘弁してください」
「あ? 俺に楯突くってのかぁ!? そんな奴には教育が必要だなぁ!!」
その刹那、何かが当たり崩れるような甲高い音がバックヤードに響く。
私はそれを聞いてすぐに立ち上がろうとするが、グーファが手で制止する。
「――悲しいですが、これが現状なんです。僕らが何かしてあげられることは何も……何も、ないんです。あるとしたら僕らが誰をも、黙らせる力を持つしかないんです」
「っ……」
「悔しい気持ちは僕も同じです。だけど……ひとりを救えば、2人を。二人を救えば四人を救わないといけなくなります」
グーファの言葉に悔しいながらも納得をしてしまった私は力なく、椅子に掛けなおす。彼の言う通り、際限が無くなってしまいかねないという事は間違いじゃない。
実際、付近のテーブルでもさっきの騒動に触発されてなのか奴隷と思われる人間に『ご飯』と称して床に料理を零す様子が散見されていた。
「こんなのが……こんなのが普通なんて……」
「エリカ……。別のところに行きましょう」
グーファは私をすぐに店の外へと連れ出した。
ハッキリ言ってグーファも私も落ち込んでいてデートどころの話ではなくなっていたが、一番この結果に対して責任を感じていたのはグーファだった。
「すみません。本当はこんな予定じゃなかったんです。楽しくランチをして買い物をして、楽しみたかったのに――」
そう言いながら私の歩くペースに合わせてある場所へと引っ張って行く。
大きい街であるはずのフレストだが、どこかその情景には見覚えがあった。
「それに……僕は感謝したかったんです。エリカと出会えたことに」
「あっ……ここって」
「そうです。僕らが初めて出会った場所です」
数か月前、私が異世界に転生を果たした日。ここで叩き売られていたグーファたちと出会ったんだ。
「あれから……もう3、4か月経つんだね」
「ええ。いろんなことがあってぶつかったり、戦ったり……エリカと夢のような関係になれたり――本当にありがとうございます」
「ううん、私じゃなくてグーファたちが、グーファが頑張った結果だから」
再び、私はグーファの手を引っ張って抱き寄せる。頭を撫でていると横から懐かしい声が響く。
「まさかアンタ等がそんな関係になっているなんて意外さね?」
「え、あっ! サンドイッチのおばあちゃん! いや、あのこれは――」
「ははっ! 別に驚きはしないさね? アンタは根が素直な子だったしね。少しサンドイッチでも食べていくかい?」
「は、はいっ!」
私は久々に再開したサンドイッチ屋のおばあちゃんの提案を受け入れたのだった。




