第90話 デート③
「そうかい……あれからそんな大変な生活をしていたのかい」
「ええ。色々な事がありましたけど、何やかんやあってこういう関係になりました」
グーファにグイッと体を寄せて見せる。恥ずかしいけれど、既に抱き合っているところを見られているから最早、やけくそだ。そんな私に対しておばあさんはあきれたような顔を見せる。
「はぁ……まぁ、アンタならどういう関係に変わっちまったとしてもあまり驚く気にもなれんさね。」
「あはは……あっ、これサンドイッチの代金、5ゴールド」
「エリカ。ここでも代金は僕が――」
「いいの、さっきの件は気にしないで。私が出したいから出すの。それにグーファばっかりじゃ意味ないでしょう?」
本当の所は尾を引きずっているし、納得なんてしていない。
それでも、今のこの瞬間は私が望んだものだし、グーファに昼食を取る場所を任せたのも私の責任だ。なら、ここくらいは私の支払いで済ませるべきだと思っただけに過ぎない。
「はいよ? 毎度あり。そいつはあの時と同じフルーツサンドイッチさね。たんまり召し上がれ」
「ありがとう。はいっ、グーファも!」
「ありがとうございます」
グーファは先ほどとは違い、目をキラキラさせる。
私たちは同時にハムッと口にサンドイッチを口に含むとフルーツの果汁が口の中に弾ける。
「ん~!! やっぱり、淡白でシンプルなのに美味しい! 長年の技って感じ!」
「本当に甘くてほっぺが落ちそうです。生クリームもすごくおいしいし」
「ちょっとグーファ? 口に生クリームついてるよ?」
私は掬い取ってペロッと舐めとるが、グーファはアワアワと動揺する。
本当に可愛い事この上ない。そんな私たちを眺めていたおばあさんは目を閉じながらポソリと声を漏らす。
「ほんと、アンタ等をみているとお腹いっぱいになるさね。ここいらの子らもアンタ等みたいな関係になれる環境があればいいんだけどねぇ……」
「ん? どういうこと?」
パクパクとサンドイッチを頬張りながら意味深な発言をするおばあさんの言葉が気がかりになった私は特に何も考えぬまま、聞き返す。すると、おばあさんは少し悲しそうな目を向けつつ、指を差す。
「ここらへんの通りは今が昼ってこともあって、あまり居ないけれど……ここ数か月くらいの間で30人くらいの『奴隷の子どもたち』が路上生活しているのさね」
「そう……なんだ」
「あぁ。可哀そうなもんさ。ただ、私も鬼じゃない。売れ残ったサンドイッチを渡したりしているんだけれどねぇ……最近、ますます膨れ上がるばかりで……」
悩ましい顔をしつつ、私の方を見てくる。その視線はもしかしたら、私が何人か救ってくれるんじゃないかという期待が込められているような気がしていた。
「(ウェイドに頼れば、もしかしたら……。でも、今の私がウェイドになんて言えばいいのか……)」
決定的にウェイドを蔑ろにした決断を下した以上、ウェイドには頼れない。
かといって、自分の手で彼らを養おうとすれば間違いなく、際限が無くなる。
「ええっと……その、私にできることがあれば何かしらはしてあげたいけど……」
「……分かっていたさね。アンタたちも、私も、自分が生きるので精いっぱいだからね」
「ごめんね。おばあちゃん」
「なぁに、お互いできることをすればいいさね。すまないね、こんな些細なことを愚痴ってしまって――これを他の二人の子に渡してあげておくれ」
そう言っておばあさんは私にサンドイッチを渡してくる。申し訳なくてお金を取り出そうとするが、おばあさんは「これが私にできることだから」と料金の支払いを拒否されてしまった。
「おばあちゃん。ありがとう。今度は絶対に4人で来るから」
「あぁ、待ってるよ」
私はバスケットに入ったサンドイッチを片手に手を振ってサンドイッチ店を後にする。すっかり時刻もお昼下がりになって2時を優に回っていた。それからはグーファが必死にテンションを上げようと小物が売っているエリアに連れて行ってくれた。
時間だけが、ただただ経過していく。まるで、世界から隔絶されたような、心に歪が広がって行くような感覚だけが残っていく。本当なら彼氏が隣に居るという感覚を楽しんだり、大切にしたりするのが最も大切なはずなのに。
「エリカ、最後に行きたい場所があるんですけど……いいですか?」
「うん……」
夕暮れが近づいてきて街を行き交う人の数が増えてくる。そんな中でグーファは私の手を握って道を進んでいく。心の葛藤が滲み出る私を前に彼はずっと無言で引っ張って行く。
「ここです。どうですか?」
「ぁ……すごい。こんな綺麗に見える場所があったんだ。綺麗……」
グーファが連れてきたのはフレストの街が一望できるビュースポットだった。
幻想的にオレンジ色の夕陽が街並みへと落ちていく。私たちはその景色を眺めながら近くのベンチに座る。
「ここは僕のお気に入りスポットなんです。本当に綺麗ですよね? 街の中じゃ到底、みることができない景色ですけど。ここなら見ることができる」
「そうだね。見方を変えるだけでこんなにも変わるんだね」
夕暮れから夜へと変わることを伝えるように少しだけ涼しい風が頬を掠めるように吹く。その風に勢いを任せるようにグーファは私の手に指を絡める。
「エリカ。僕は今後もエリカの剣であり続けます。どんなことがあっても守って行こうと思っています。仮に、その過程でどれだけ辛い景色があったとしても僕だけはエリカの味方であり続けますから。これが僕にできる誓いです」
そう言ってグーファはスッと私の唇を奪う。下手でありながらも、私を大切に思っていることがよく分かる。けれど、そのキスはすごく罪悪感に満ちたものに感じてならなかった。その感覚を上塗りするように私たちはキスを続ける。一時の高ぶりで残酷な現実を忘れようとしたのだ。
「っ……。私もグーファを守るから。だから、今だけは傍に居て」
夜に移り変わる中、私はキスの余韻に身を任せるように彼の体に埋もれたのだった。




