第88話 デート①
「うーん……私がこんな服を着るなんて――似合っているのかな?」
私は一人、自室の中でそんな声を漏らしながら姿見に目線を向ける。上は白のシャツに青のカーディガンを羽織り、下は黒のブリーツスカートというスタイルだ。
体を左右に揺らしておかしい所がないかを確認しているとドアのノック音が響く。
「はい?」
「グーファです。馬車の用意が出来ま……した」
「ありがとう。んじゃ、そろそろ行こうっか」
「は、はい……」
ドアを開けたグーファは固まったまま、私をじっと見続けている。その姿からしてもセリーヌさんが言ったように効果はあったみたいだ。ここは押し時ってやつかもしれない。私は勇気を出してさりげなく聞いてみる。
「その……どう、かな?」
「――反則ですよ、こんなの……」
「え?」
「とっても似合ってます。その……可愛すぎます」
そう言って顔を少し赤らめながらも私から目線を逸らさず、手を差し出してくる。そのエスコートに私は手を乗せて身を委ねて馬車へと乗り込んだ。今日はいつもとは違って御者台にクッションが配置されている。
「(これ、痛く無くて良い……! こんな物を用意してくれているなんて――)」
ガタガタと揺れる馬車を快適にするところにも気が回っていて、今日に対する意識が高いことが目に見えて分かる。しかも、それだけじゃない。いつにも増して、手綱を握るグーファの操縦は丁寧だ。
「エリカ、フレストの街に着いたら何をしましょうか?」
「うーん……とりあえず、露店を見てまわらない? なんだかんだ、ドタバタしていたこともあって、しっかりと街中を見て回ってないんだよね」
「確かに今まで旅とかギルド関係とかばっかりでしたもんね。分かりましたっ!」
やはりグーファは元々、フレストの中で生きていたということもあって自信があるのだろう。今まで照れていた雰囲気から切り替わったようにギルド近くで馬車を降りた私たちは露店が立ち並ぶエリアへと歩いていく。
フレストの中心街は魔王軍の侵攻で荒んでいる場所もあるが、その地点の多くが急ピッチで再建されているのが肌で感じられる。
「やっぱり、ここら辺はまだ傷が生々しく残ってますね」
「うん、でも、こうしてみると私たちもよくあの劣勢で生き残ったよね? 正直、みんなの力が無かったら危なかった」
「ええ、本当にこうしている今があることに感謝しないといけませんね」
グーファはここぞとばかりに手を握る。思わず、ハッとしてしまうけど、私だって負けないぞと体を寄せる。少しだけグーファは顔をオロオロとさせながらも道の先を指さす。
「あ、あの露店で何か作れるみたいですよ?」
「本当だ。大切な人におひとつ――いいね、ちょっと行ってみようよ」
店の誘い文句に誘われるまま、覗き込むとキーホルダーのプレートがずらりと並んでいる。今までは戦いばっかりだったからプレゼントするということ自体、縁のないモノだったけれど、今日ばかりは違う。試しにプレートへ手を伸ばしてみる。
「へぇ、こういうプレートにメッセージを入れられるんだ?」
「面白いですね。僕、こういう小物作りには自信があるんですよ」
「え? そうなの? あまりイメージが湧かないけど――」
グーファと言えば剣技に精通していて、初心で童心のようにアクティブに動くイメージが強すぎて小物作りを好んでやるようなイメージには全く見えない。
「まぁ、確かにそういう場面を見せたこと、ありませんでしたし。せっかくだし、何か作りませんか?」
「そうだね。じゃあ、お互いがお互いに送り合わない?」
「つまり、僕がエリカに作って。エリカは僕の為に作るってことですか?」
「そう! デートの記念にピッタリでしょう?」
「はいっ! そうしましょう。ぜひ!」
私がそう提案をするとグーファはニコニコと笑顔を浮かべる。
「じゃあ、私はぁ……この少し大きめのプレートにしようかな? 意外かもしれないけど、不器用だからさ。……ってグーファ?」
「あぁ! すみません。じゃあ僕はこれで」
私が長方形のプレートを選んだのに対してグーファは一通り、プレートを触って見回ってから円形のシルバープレートを選び、店員さんを呼んだ。それから先は、裏の製作専用のスペースへ通され、説明が始まった。
話を聞いた限りでは凝った作りにしようと思えば、いくらでも奥深く作れるらしい。さらに、完成したら最後は熱を入れて焼き上げるそうだ。
「――彫った後、黒字以外の染料に変えたいときはこちらのカートリッジを変えることで色合いを変えられます。また、さらに凝りたい人向けにヤスリや研磨器具など各種器具を店先で提供していますのでご用の際はお声がけください。もし、それ以外で心配な事、分からない事があれば我々、店員までお気軽にお声がけくださいね?」
そう言って店員さんは去って行く。やれることは分かったけれど、プレートを前に悩んでしまう。だって、これは他でもないグーファに送るモノだからだ。
「(うーん……はてはて、なんて書いたもんかなぁ……?)」
そう悩んでいる私を他所にグーファは手をサッサッと動かしていく。
まるで迷いもないように研磨用のペンでしゅりしゅリと音を立てながら文字を刻み始めながら手で削った粉を払う。
「ん? エリカ。さすがにそこまで見られると緊張するというか……」
「あ、ごめん。まだ私、イメージが固まってなくてさ? ボヘ~って考えてたらグーファが真剣に彫り始めたから思わず、見入っちゃった」
「あはは……そうなんですね」
そう言いながら見られたくなさそうに手で掘っていた文字を隠す。
「中身は秘密です。まだ見せられないというか、何というか――そう、出来てからのお楽しみです」
「へぇ~分かった。じゃあ、私もヒミツにしちゃおうかな」
「そう言われると気に……なっちゃいますね」
2人でクスクスと笑いながら作業に戻る。
でも、今のやりとりのおかげでプレートに書く内容は決まった。
「(グーファは本当に折れない。真剣で真っすぐで、どこまで素直なグーファは私にとって唯一無二の剣士だもんね。これ以外、送れる言葉はないと思うし)」
私はとにかく、丁寧に思いを込めて文字を掘り進めていく。
いつまでも私の心の中を支えてくれる彼氏の為に――。
『いつもありがとう。これからも私を守ってください。大好きです。S.E』
最期には私のイニシャルを刻む。でも、それだけでは味気ないので装飾を足していく。私はハートや剣などの文字を擦り足していくが、そんな中でグーファは急に立ち上がって店員の方へ駆けて行った。
「(もう出来上がった……のかな?)」
少し慌ててしまうが、グーファは戻ってきた後も黙々と作業を続ける。
その目の集中力は衰えていないどころか、高いままなのだろう。私がグーファの方に視線を向けても微動だにしない。
「よし……と! あとは焼けば、私の方は完成かな」
「僕も最後に焼けば完成です。店員さんにお願いしましょっか」
「うん!」
私は少しだけグーファがどんな言葉を書いてくれているのか、わくわくしている。
私たちは焼上がるまでの間、色とりどりの既製品のプレートを見ながら過ごす。
「うわぁ……これ、凄い。赤い色にピンクが混ざっていて綺麗」
「確かに。恐らく、何度もなんども重ね塗りをしたものでしょうね。色合いが微妙に違って見えるのは、そういう塗り方をしないとできない表現ですから。こっちのプレートもなかなかですよ」
「濃い青と白のゼブラカラー! 綺麗だけど、これはこれでカッコいいかも! 男心がくすぐられるんじゃない?」
「ええ、でも……それ以上にデザイン性が高いんです。こういう手作りはごまかしが効きません。それなのにミスをしたような感じが全くない。その上、線の太さも幅も均一なんですよ! これはきっと――あっ……すみません。つい」
グーファは自分が熱く語ってしまっていることに気付いたようで我に戻る。
「ううん、私も同意見。これだけの工芸品なんだし、そうなっても無理はないよ」
「そう……ですかね、あはは……」
「まぁ、でも? グーファがこういうのに興味があったなんて知らなかったけど!」
「意外でしたか?」
「うん、まぁね。こういうのは好きなの?」
「昔からこういうモノに触れることが多かったので――」
そんな話をしていると店員さんが少しニコニコしたような顔つきで私たちの元へやって来る。その手にはプレートが入っているであろうボックスが握られていた。
「では、完成品をお渡ししますね」
そう言って店員さんは私とグーファに完成品を渡してくれる。恐らく、プレートに刻んだ内容で私たちの間柄を判断したのだろう。最後にこう言い残した。
「お二人にとってプレートが良き道を開くと信じています。ネックレス用のチェンは付けておきましたのでご自由にお使いください」
「「あっ……ありがとう、ございます」」
自然にグーファと言葉が被り、目線が合ってしまう。
一瞬でぼわ~っと顔が熱くなる。店員が戻り出したのを確認した私は恥ずかしくなる思いを堪えて手をグーファの方へと伸ばした。
「はいっ! 私から……あ~もう恥ずかしい」
「あ、ありがとうございます――はっ! ……宝物にします。絶対にこれからも傍を離れませんから!」
少し顔を上げて見れば、グーファは少し目元を擦りながらも首にネックレスを掛けて嬉しそうに握る。その表情を見れて私はよかったと安堵の息を漏らすが、グーファはスッと足を一歩、進めて私の前へと立つ。
「ちょっと失礼しますね」
「えっ!? あの――」
私の発言よりも前にグーファは私の首に手を回してネックレスを付ける。
首元を見ればピンクゴールドに光るハート形のプレートがぶら下がっていた。
「かわいい……っ! 『永遠にあなたの剣としてエリカを愛します』――ありがとうっ……絶対に大切にする」
「泣かないでください? デートはまだ始まったばかりですよ」
「そんなこと言ったって……グーファだってさっき少し目元、光ってたじゃん。私だって、嬉しいモノは嬉しんだよ」
私はその場でギュッとグーファに抱きついたのだった。




