第86話 上の空
「ん~もうっ! ウェイド様、本当に理解してくれたのかしら」
「フェリス先生? あまりウェイド様を責めないでください。ウェイド様なりに頑張ってらっしゃると思いますし、単純に公爵家の一件で手一杯なんだと思います」
フェリスさんとセリーヌさん、そして私は孤児院の食堂で作り余ったオニオンスープとバターで炒めた小さいクルトンを口に運ぶ。話題はやはり、さっきのウェイドの反応だった。
「はぁ……まぁ、結果的に私の方は逃げられたけど、目的自体は成功したようなものだから良いけれど……セリーヌちゃんは攻めに行かないの? 今が落とし時だと思うけど」
「落とすっ……そんなエリカさんみたいな大胆な事はさすがに……」
セリーヌさんが顔を赤らめる中、私は盛大に咽る。
「た、確かに大胆だったって思うけど、別に掘り返さなくたって……」
「いやぁ~でも、あのインパクトはすごかったわよね」
「誰でもあれはアワワッてなっちゃいますよぉ……」
2人で余計に煽るものだから私は体を丸めながらリスのようにクルトンを手でつまんで食べる。こうなったら反撃してやる。
「人の事は良いけど、セリーヌさんこそ大丈夫? 早くしないと他の女に取られちゃうよ。今、公爵家で力を持っていて、王族から信頼も厚い人間になっているウェイドなら縁談とかたくさん来るんだから」
「それは……そうかもしれませんけど……私はメイドですし――」
「それ! 私も『ソレ』だったんだよね。私は「こうだから」って思い込んじゃって行動できなくなってさ――だけど、やっぱり、それだけじゃ春はやってこないよ。セリーヌさんはそれでいいの?」
私はビシッと指を差す。彼女はハッとした顔つきで私を見るものの、その横でフェリスさんがニヤニヤと悪い笑顔を浮かべる。
「まさに経験者は語る――と?」
「うっ……」
「可愛い~いじり倒したい! ねぇねぇ、エリカさん? グーファ君との馴れ初めを聞かせてくれたりしないのかしら~?」
「し、失礼しますっ!!」
急にエンジンが掛かり始めたように喋り出したフェリスさんから逃れるように厨房を経由して廊下に飛び出るとグーファが立っていた。お互いにまだ熱を帯びているようで反応してしまう。
「エリカ、その……少しだけ外に出ませんか?」
そう言って手を差し出してくる。今までとはどことなく違う雰囲気が漂っていて誘われるように私は頷いてグーファの手を取った。孤児院の屋外に出ると少し熱く感じる自然の風が吹きつける。髪を押さえながら私はグーファの顔を覗き込む。
「それでどこに連れてってくれるの?」
「ええっと……」
「もしかして、ノープラン?」
確信を突く様に問いかけると『参ったな』と言わんばかりに頭をポリポリと掻く。
「……二人きりになりたいなって思って」
「そっか。なら……さ? 明日、デートしない? 今回の件も埋め合わせしたいし」
「で、デートですか……!?」
「嫌?」
「い、嫌じゃないですけど、突然すぎてその……」
「ふふっ、大丈夫、言った私も心臓がバクバクしっぱなしだからさ。気楽に、楽しくフレスト観光するぞぉ――ってくらいの気持ちで」
私は握ったグーファの手に指を絡めて恋人つなぎをしてアピールしてみる。
「はいっ! よろしくお願いします」
だけど、当人にはその行為が思いの外、嬉しかったようで笑顔を返される。
正直、どんな感じになるのか全く想像もつかない。ただ、楽しみだという感情だけが膨れ上がって行く。
そんな最中、誰かが駆けてくる音が響いてくると同時に声が響く。
「――エリカお姉ちゃん!! リリアナちゃんが目覚めたよぉ! はぁはぁ」
私とグーファは互いにミミがもたらしてくれた吉報に振り返りながら頷いて、セリーヌさんも呼び戻し、4人で帰路へと着いた。リリアナの寝室に付くとそこにはけだるそうながらもこちらを見る彼女の姿があった。
「リリアナ、体の調子はどう? 見るからに悪そうだけど」
「体が、思った以上にダルいくらいで……大丈夫よ。エリカが思うほど、深刻じゃないわ」
リリアナの表情は痛々しさを感じさせるが、その奥底はどこか清々しさを感じるほど、穏やかなモノだった。恐らく、今まで背負ってきたモノの全てが肩の荷から降りたからだろう。
「そう。なら良かった。とにかく、今は体を休めてね」
「ええ……。ありがとう」
リリアナは言葉数少なく、目を閉じる。
正直、目的を失ったリリアナがどういう考えを持っているのか私には全く読めない。ただ、分かっているのは私が『どうこうしてあげられる問題でもない』ということだ。
「あ、あと……ロイドさん、今回もありがとうございました」
「いいえ。大したことではありません。この手の症例は人によって違いがありますが、三日、四日で完全に完治するとおもいますよ」
「毎度毎度、ボロボロの私たちを治療してもらっているし、本当に何といっていいか――」
「……。そういうエリカさんも今、なぜかボロボロじゃないですか」
そう言われて傷だらけになった体のことを思い出した。でも、旅の道中で受けた治療の痛みを思い出すと何となく、この人に処置されるのはヤバそうな気がする。
「あはは……これはちょっとした擦り傷ですから――」
「んっ、ちゃんと消毒とかしないとダメなのっ! 来て!」
「えぇ!? ミミ!?」
ガシッとミミに腕を掴まれて私は彼女の部屋まで引っ張り込まれる。
室内は私たちの自室と同じ作りになっているが、そこらかしこに可愛らしい人形が置いてある。まさに少女の部屋という感じだ。
「ココに座って。処置するよ」
「……ミミが?」
「うんっ!」
そう言って、おもむろに救急箱らしき箱を取り出して机の上に広げる。
よく見れば机の上にはこんにゃくのようなゼリーと針が置いてある。
「(うわぁ……これって、病院モノのドラマとかで先生が手術の練習する奴にそっくりじゃん!? 私、一体何をされるの!?)」
恐怖で縮こまっているとミミはその視線に気づいたようで笑顔で返す。
「大丈夫だよ? エリカお姉ちゃんにホウゴウは必要ないからっ!」
「あはは……お手柔らかにお願いします」
笑顔で言われると少しぞっとしてしまう。
ロイドさんには確かに「ウチのヒーラーをよろしくね」みたいなことを言ったけど、まさかここまでの事をしているなんて思ってもみなかった。
「くぅ……痛っ……」
「消毒液だもん、染みて当然なの! えへへ」
ミミは終始、ニコニコしながら処置をしていき、丁寧に張ったガーゼをきちんとテープでとめて処置は終わった。
「ありがとうね、ミミ。少し痛みが和らいだ気がする」
「っ……! どういたしましてなのっ! ふふん」
どうやら私の役に立てたことが嬉しいようで、ミミはヨシと握りこぶしを作って喜んでいた。ここ最近、ミミはロイドさんに付いて回っていたから成果を見せたかったのもあるのだろう。
「ミミは本当にいろんなことを学んだんだね。この部屋を見ているだけでもよく分かったよ。えらい」
「えへへ~これからも頑張る」
「うん。私もあんな手術道具をミミが握る事なんて無いようにしないとね」
「そうなったら頑張るのっ」
「あはは……それよりちょっとたまには私もミミと話をしたいな?」
そう言うと笑顔で頷いて色々な話をしてくれた。その大半はロイドさんから学んだ豆知識やロイドさん本人の話をしてくれる。
「本当に楽しそうだね。ロイドさんは怖くはない?」
「ううん、すんごく優しくて分からなかったら何度も戻って教えてくれるの」
「そっか。ミミにとってロイドさんはいいお兄さんなんだね」
「うんっ!」
その後も二人で談笑しながら、私はミミの部屋でゆるやかに時間を潰していく。
何かをしていないと明日のデートの事に心が行って、ハラハラしてしまう。
「(……年上の私がこんなんでどうするって話だよね。はぁ――)」
「エリカお姉ちゃん?」
「あぁ! それでなんだっけ?」
どこか上の空の私は時間の経過に身を委ねるのだった。




