第85話 ファーストキス
「はいやぁ!!」
私は馬を走らせてフレスト郊外に飛び出す。
目指すのは川沿いの道だ。水源に近づくと私は馬を止めてとにかく走る。そうして、その勢いのまま野原の草原の中へと入り、がむしゃらに探す。
「はぁはぁ、あった!! あとは――!」
私は取った物を地面に置きながら体へ鞭を打つように木の上を見上げる。
「ぬらぁあああ!!」
そんな叫び声と共に木へと登って、上で成っていた木の実を何個か落とす。
私は少し怖さに顔を歪めながらも素早く木の幹に手を這わせて滑り降りる。
「よしっ! 最後はあっち!」
私が見据えた先は川だ。でも、ここで躊躇をしている余裕もない。
大きく息を整えるように空気を吸い込み、体のマナを制御して一気に解き放つ。
「<眩き紫弾よ、我が求めるのは殲滅のみ。爆ぜる風は吹き抜け、かの者たちに死の旋律を響かせよ!> はぁ、はぁはぁはぁ……」
息が絶え絶えになる中、水面に向かって発動された魔術が絨毯爆撃のようにさく裂し、水柱が上がる。それと同時に数十匹の魚が浮かび上がって来る。
「んっ……OK! 確保完了! そしたら次は――街に戻ろう」
手にした素材を荷台に放り入れた私は馬を走らせ始める。この際、もう手段は選んでいる場合じゃない。私はユザルダさんの元を訪ねた。
「ユザルダさん!」
「あ、エリカさん? どうしたんですか? そんな――」
「あの、緊急で香辛料を売っている場所を教えてくれますか!?」
「は、はぁ? それなら……この大通りの広場で売っているところがあったはずですが――」
「ありがとうございますっ! このお礼はまたいつか!」
「って、エリカさん!?」
私は馬車を動かして広場の大通りで売っていた香辛料店を訪ねた。
そこには何種ものスパイスが売っていて、独特な香りが漂う。
「あの、すみません。料理に使う辛みのあるスパイスを探しているんですけど! ありますか!?」
「っ――!?」
「えっと……この材料を使う料理なんですけど……」
「あ、あぁ、あるが……多分、これとこれだな……?」
店主に取ってきた材料を見せるとすぐに何点かスパイスを取り出してくれた。
それらを購入した私は駆け足で馬車まで駆け戻る。
これで後は調理すればいいだけだ。
「急がないと――!」
私はとにかく全速力で孤児院まで向かう。
それでも、材料の調達から自分でしたのだ。当然、時間が余っている訳がない。
厨房には既にいい香りが漂っている。
「おかえり――ってエリカさん!?」
「そこ、ごめんなさい! 通ります! ちょっと今は話して居る時間がないので!」
「ええっ!?」
ガタン、ゴトンと素材を調理台に乗せて洗っていく。だけど、そんな傍らでフェリスさんがこちらを見つめて告げる。
「もうそろそろ時間になりますが、今から作るつもりですか?」
「ぁ……」
そう言う目はまるで面倒くさそうにも見えるし、他人ごとにも見える。
それはまるで前世で私が路上で倒れた時に浴びせられた視線と同じように思えた。
きっと『何をしているんだ』とか、『私、この後やることあるんだけど』みたいなことを思っているんだろう。でも、今回だけは譲れない。そのためにはプライドも何もかも捨て去って前に踏み込む。
「フェリスさん、お願いです。時間をください」
「……? 別に責めてはいませんよ? そもそもこれは子どもたちに提供する料理を試食してもらうイベントですから。とりあえず、私たちの分は先にお出ししちゃいますね」
その言葉に思わず、心を撫で下ろす。そんな私を他所にフェリスさんとセリーヌさんは立ち去って行く。そこで私は無言で頭を下げながら自分の調理に集中する。
厨房の中には包丁が素材を刻む音と鍋で煮込む音が響き渡り、私の呼吸音が飲み込まれていく。そうして、1時間ほどが経ってすべての工程が終わり、一口味を見る。
「うん……良い感じ」
「できましたか? エリカさん」
フェリスさんが厨房の入り口で優しく微笑む。
でも、なんでだろう。その表情は意味ありげに笑っている。
「はい」
「うん~いい香り! でも、こっちは――なるほど……」
「私の料理……どう、思いますか?」
「少なからず、私が聞いている話からするとグーファさんに対しては悪くないんじゃないですか? ただ、結果は保証しかねますが」
フェリスさんは手厳しく、そう言ってのける。
だけど、実際は料理が左右する話じゃないということを私は分かっている。
少しだけ怖くもあるが、2種類のスープを2つの深皿に盛る。
「――お待たせしました」
「おっ、随分と待たせたな……っておいおい! エリカ、何があった!?」
「え?」
「え? じゃないだろうが、泥まみれの上に傷まみれじゃないか」
自分でも今まで気付いていなかったが、全身が傷まみれになっていたようだ。
必死になりすぎていて痛みすらも今の、今まで気付かなかった。
「っ……あぁ~これは……大丈夫。ちょっとした傷だから」
「ちょっとじゃないだろう?」
「――それより、冷めなうちに食べてくれる?」
ウェイドが騒ぐ中、私は平然を装いながら全員の前にスープを出す。
グーファの前に2つの皿を差し出すと瞬時に驚く様な表情に変わる。
その傍らでウェイドが盛大に咽る。
「げほっげほっ! これは……何とも言えん味だな」
「ほぅ? ここでは不味いとは言わずに、珍しく自重されるんですね? ウェイド様らしくもない……」
「うぐっ……お前は俺に対してどんな反応を期待していたんだ!? それに作ってくれたエリカに失礼だろうが!?」
2人が不味いという反応を見せる中、グーファも静かにそのスープを口に運ぶ。
「これって……二か月前の旅で食べたやつ、ですよね?」
「うん……、私たちが初めてみんなで囲んだ鍋。どう?」
「……不味いです」
「だよね、知ってた。でも、あの時の味のまんまだよね。リリアナがあるモノで、頑張って作った料理だったから無理もないけど……。じゃあ、こっちは?」
私はさりげなく、もう一つの皿を勧めるように前へと置く。
その皿は少し赤みを帯びていて香辛料の香りが引き立つ。さっきの改良版だ。
グーファが一口含む。
「……おいしい」
「良かった。これ、私たちの旅で最初に食べた料理だったから一度、しっかり作ってみたかったんだよね。……まぁ、リリアナみたいにうまくは作れては居ないんだろうけど」
その私の言葉にグーファはどう反応したらいいモノなのか黙りこくってしまう。
気まずい空気はどうやっても拭いきれない。私も委縮してしまいそうになるが、冷静に深呼吸をしてグーファを見据える。
「グーファ、ここまで言えてなかったけど、本当にありがとうね。あの旅で何度も私を救って守ってくれて。感謝している。でなきゃ、この料理も振舞えなかったし、今の私も無いって思っているから――」
所詮は私が紡いでいるのは言葉に過ぎない。それでも、私がどれだけグーファを大切に思っているのか、理解してほしかったのだ。他の誰よりも彼が強い信念で努力を惜しまず、ここまで私だけを見続けてきていることを私は知っているのだと。
「だからグーファ。今回のことは本当にごめんなさい……」
グーファの横に立って頭を下げる。私は今の、いままで『世界の奴隷たちの為にどうしなくちゃならない』などということを前提に考えていた。けれど、私の本音は『大多数の幸福よりも自分の幸福の方が大切』というのが、答えなのだと今更ながらに気付いたんだ。私の恋路にウェイドの力は関係ない。
「私が無神経だった。私が好きなのはグーファだよ」
そこまで言いきれた私には自然と勢いがつく。
そっと横髪に手を掛けて目を閉じながら唇をグーファに這わせる。
「こ、これが私の気持ち……分かった? ……ううっ」
「は、はい……」
恥ずかしさのあまり私はグーファの体に抱きついて顔を隠す。
そんな私を他所にグーファは私の頭を撫でる。
「絶対に大切にします。これからも僕は何があってもエリカの剣ですから」
「――お、おれは認めんからな! た、た、たかだかキス一つで何が悔しいモノか! エリカ、俺は絶対に婚約は諦めんからな! 行くぞ、ウェイド!」
ウェイドのそんな声が響き渡る、
けれど、その刹那にはフェリスさんの鋭い声がウェイドの動きを止める。
少し目線を上げて見れば首根っこをフェリスさんが掴んでいた。
「婚約のお話は結構ですけども? 今回の趣旨はきちんと分かっていらっしゃるんですよね?」
「うるさいっ! 今は何も聞きたくもない! 離せ!!」
「あら、そうですか? 話を聞かないなら、今この瞬間に孤児院の運営も終わりにしましょうか。今日限りで私は運営から外れさせてもらいますが、よろしいですか?」
その言葉に場が凍り付く。ウェイドが驚いた様に振り返る。
「じょ、冗談はよせ! お前は何を言っている! 孤児院とお前に対して必要な資金援助だってしているだろう!」
「それは今までの状況に合わせたレベルでの資金援助ですよね。どこから連れてきたのか知りませんが、ここ数日で一体、何人の子どもたちを孤児院に入れると仰いましたぁ? 58人は確定で、追加もあるかもって言いましたよね? ふざけんじゃありませんよ! こっちは今ですらご飯はかつかつで回しているというのに――!!」
もうフェリスさんの勢いは止まらない。増々、ウェイドの姿が小さくちいさくなっていく。多分だが、ジルバートが隠していた――あるいはお抱えの公爵が実験をしていた子どもたちを秘密裏に孤児院へ招き入れた結果だろう。
その叱責の光景はしばらくの間、続くのだった。




