第84話 響く溝
「で、どうしてウェイドがエリカの部屋に居たんですか?」
「あ~えっと……」
負けられないと決意を新たにしたはずが、みんなが散って行くと私を待っていたのはグーファからの追及とお説教だった。
「まさか、浮気ですか? だとしたら――」
「え……ち、違うっ! ウェイドが倒れそうにフラフラになってて……それで、見て居てられなくて――つい、部屋に。ごめん……」
「はぁ……そういうことはやめた方が良いです。エリカは人が良すぎるんです! そんなことをされたら僕だって怒ります」
彼が怒るのは当然と言えば当然だし、私が悪いのは何となく分かるから甘んじて受け入れて話を聞く。そんな折、グーファは一歩、踏み込んで聞いてくる。
「正直、アイツの事をどう思っているんですか?」
「どうって……?」
「だから……異性として――! どう思っているんですか……あんなことをして、本当は……好き、なんじゃないですか?」
青臭い表情を残しながら顔を赤くしつつも、心配な表情を浮かべて私に問いかけてくる。その姿は必死さもある一方、焦燥感などの複雑な感情を持っているようにも見える。
「異性として……は、悪い気はしないかな。だって、ここまでしつこく好きだぁ~って言われたらさ? 無碍にもできないというか、何というか……」
「――っ!?」
「だけど、共に歩んできたグーファに比べたら全然だし、真っすぐな心を持って隣に立ってくれるグーファの方が私は好きだよ」
私は少し苦しい言い訳をした。最低だと言う事も理解はしている。
本当は、グーファが好きだって言ってあげたいし、本気で謝って埋め合わせをしてあげなきゃいけないと思っていた。
けれど、この話は好きや嫌いで解決できる話じゃない。ここで『ウェイドなんて嫌いだ』と言ってしまえば、私たちはウェイドの後ろ盾を失う可能性だってあるのだ。
「(私の理想を目指すにはウェイドの力は絶対に必要になる。でも、グーファとの関係も無駄にしたくない。それなら、この答えがベストなの。ごめんね……)」
「言葉……だけじゃないですか。結局、僕は形だけなんですね」
「ち、違う……!」
グーファの本音がポロリと零れ落ちた途端、私の心が『まずい』と警鐘を鳴らす。
でも、どんな言葉を掛けたら彼は止まってくれるのか分からない。
「(っ……、形だけじゃない。絶対に――)」
声を出そうとしても喉で止まる。それでも、何とかして引き止めないと全てが崩れると思った私は、とにかく声を上げた。
「グーファ! 待っ――」
「エリカさん~? 準備できましたか?」
フェリスさんが最悪のタイミングで扉を開け放つ。
「――ん? あ~……なんか私、お邪魔だったかしら?」
「いいえ、エリカ様との話はもう終わったので。僕は馬さえ用意できればいつでもいける状態ですので気になさらないでください」
「あ~……うん?」
フェリスさんは状況を読めていない様子だったが、グーファはそのまま歩き出して行ってしまった。そんな様子を見てか、フェリスさんが私に絡み始める。
「これはもしかして~痴話喧嘩ですか? まぁ、自業自得ではあると思いますけど」
「うるさい……。揶揄わないでくれますか? フェリスさんに私の気持ちが分かってたまるもんですか。放っておいてくださいよ」
「おぉ、怖いこわい~。なら、どうしてやったんですか? あんなこと」
感情に任せてフェリスさんに当たった所で何も変わらないっていうことも分かっている。だから、あえて口を噤む。
「ん~? 反応されないと言う事は『自己理解された』と勝手に受け取りますけど……それ、やめたほうがよろしいと思いますよ? 何もかも、自分の中に抱え込むことが優しさと勘違いしているなら、それはエゴというものです。それを覆すためにも今回の試食会――もとい、料理バトルはもってこいですからね?」
「何を知った風に……大体、そんなので何が変わるって――」
「はいはい、ウジウジしてないで行きますよ~」
結局、私はフェリスさんの強引な引っ張り出しによって部屋から出され、馬車に乗せられた。馬車の中を見回せば、付いていく事になったウェイドとエリックさん、それからグーファとセリーヌさん、私を含めた5人のようだ。
屋敷にはリリアナの急変に備えてロイドさんとミミが残っている。
「あれ? そう言えばリオーナさんは?」
「あぁ、アイツならもう俺の孤児院に行っていると思うぞ? 孤児院の子どもに剣術を教えるんだとさ? 隣国の元騎士団長が訓練を施すなんぞ、戦争の用意じゃないかと思ってしまうがな! はっ、はっ、はぁ……」
「最悪、見つかれば国家反逆罪になるかもしれませんね? 大丈夫なのですか? ウェイド様」
「エリック……そこは『私の力で隠蔽させて見せますから』みたいなことを言う場面だろうが」
「あはは……まぁ、リオーナさんにはリオーナさんなりの考えがあるんだとおもうけど、私からも釘は刺しておくよ」
そんなことを喋りながら馬車は進んでいく。けれど、グーファは会話には無頓着で輪にすら入ってこない。
「なんだ、青二才? 今日はやたら黙っているんだな?」
「そう言う気分なだけです。放っておいてください」
「……? そうか……。それにしてもエリカ? 俺にはどんな料理を出してくれるんだ――?」
「ええっと、ちょっと考え中……かな?」
私が会話をうまい具合にいなすが、それと同時に『何を楽しく会話しているんだ』と言わんばかりの視線がセリーヌさんから飛んでくる。もう今更だが、私はとんでもない地雷を踏んでしまったようだと実感するのだった。
こうして、孤児院へと着いた私たちはフェリスさんの案内で食堂を経由して、セリーヌさんと私は厨房へと入った。結局、団体行動だったこともあってグーファと時間を取って話す事が出来ず、もやもやとした気持ちのまま、フェリスさんの話を聞く。
「よーしっ! それじゃあ、今から2時間くらいを持ち時間に料理をしますっ! はい、じゃあ……よーく睨みあって~にらみ合って~?」
「いや、フェリス先生? そんなこと私はしませんよ。ふんっ」
「あら~孤児院に居た時と同じ呼び方っ! 何、急に懐かしくなっちゃったのかしら?」
「べ、別にそんなわけじゃありません! ただ、懐かしいって思っただけで……んんっ! 私はエリカさん如きに負けませんから、絶対に!」
私をそっちのけで二人で会話を弾ませて最後には敵意を向けられ、各々で素材を取って調理を始め出す。私はこの状況の中、一人だけ苦笑いを浮かべるしか反応の取り様がない。
「(でも、料理って言ってもなぁ……)」
セリーヌさんの方を見れば棚から野菜を取り出し、パッパッとまな板で刻み、さらには肉を叩き出している。反対側のフェリスさんも同様に下ごしらえをしているようだ。
「(本格的な料理をするつもり……なんだろうな……。一人ひとり、本気なんだよね)」
多分、この二人の料理技術はセリーヌさんはウェイドの為に、フェリスさんは孤児院の子どもたちのために努力を惜しんで来なかったものなのだろう。
「(私は――。……どうしよう?)」
グーファの為に頑張るというのは揺るがないし、こんなことで関係を終わらせたくはない以上、努力を惜しむつもりはない。けれど、今のグーファに響く料理が何なのか分からない。いや、分からないというよりも自信がないだけに過ぎないのだ。
そんな時、不意にフェリスさんの言葉が蘇る。
『――何もかも、自分の中に抱え込むことが優しさと勘違いしているなら、それはエゴというものです』
そうだ。抱え込むことだけでは意味がない。
そう思っただけで私の足は静かに、それでいて素早く動き出した。
「ちょっと出てくるね」
「エリカさん!? どこに行くんですか!?」
こうなったら是が非でも料理を成功させると決意した段階で私は駆け出していた。




