第83話 メイドの宣戦布告
「なかなか帰ってこないと思って探してみたら……はぁ、ご迷惑をおかけしました」
完全に夜が更け切った頃、不意に声が聞こえて顔を上げるとそこにはドアの隙間から顔を覗かせているエリックさんの姿があった。ただ、今回の件に関しては私に責任の一端はあるので落ち着く様に手でジェスチャーを送る。
「まだ休ませてあげて。ここまで気を張りっぱなしだったみたいだからさ?」
「……わかりました。エリカさんも無理はなさらないでくださいね?」
「それはお互い様でしょう? エリックさんも倒れないでくださいよ? ウェイドがこんな感じなんだから」
「心得ました」
そう言うとエリックさんは静かに廊下に出るべく、扉を開ける。
「では、そのままウチの主人をお願いしても良いでしょうか?」
「うん、構わないけど……エリックさんはどうするの?」
「私も仮眠を頂きます。ここ数日、まともに寝ていませんので」
「そっか。ゆっくり休んで。あっ、もし必要なモノがあったらセリーヌさんか、屋敷にいるメイドさんに声を掛けてね?」
「お気遣い感謝します。では――」
足早に去っていたエリックさんだったが、言葉尻は早く会話を切りたそうにしていた。それだけ疲れていたのだろう。
「どうかこのまま平和に世界が回って生活が落ち着けばいいな――」
私はそんな思いを馳せながらウェイドの頭を撫でる。
やっぱり、自然と人の温かさに当てられると眠くなってしまうようで、ウトウトと眠気の微睡に飲み込まれていった。
そう、朝に叫び声が聞こえるまでは――。
「な、何をやってるんだぁぁ!!」
「おいおい、青二才……分からないのか? 初心な奴め。そんなの決まっているだろう。目覚めのキスをだなぁ?」
「えぇ!?」
「「「させるかぁ!!」」」
私が目を開けて見ればそこにはウェイドの顔――もとい、唇が目と鼻の先にあって、咄嗟にぺしっと手で止める。そうこうしている間に叫び声を上げていたグーファが突進してきて勢いのまま、ウェイドを捕まえて揉みくちゃになる。
「ぁぁ……私にはまともな朝は来ない訳?」
「はぁ――ったく……いい加減にしなさいっ! この屋敷で暴れまわることは許しませんよっ!!」
一人、ソファーに取り残されてそんな事をぼやいているとセリーヌさんの声が響き渡る。でも、どこかいつもと雰囲気が一枚も二枚も違う。その声質に揉みくちゃになっていた二人もピタリと動きを止めて座り込む。
「(な、なんか……私を見る目も怖いんだけど――)」
そう思ったのも束の間でセリーヌさんがドンドンと私に近づいてくる。
そして、ピシッと指で私を指す。
「エリカ様っ、いいえ、エリカさん! この原因はあなたにあります。夜が更け切った淑女の部屋に男を招くなどありえません――!」
「(うわ……本気の説教モード!?)」
「あの~少しよろしいかしら~? セリーヌちゃん、例のレシピなんだけど――」
その場は正に修羅場だというのに、孤児院のシスターであるフェリスさんが会話をねじ込んでくる。当然ながらセリーヌさんはブチ切れモードで振り返る。
「今は取り込み中ですっ!! そんな、たかが知れているレシピのことで押しかけてきて! 今は取り込み中なんです! 後にしていただけますかっ!!」
「――へぇ、セリーヌちゃん? 随分と大きく成長したのね? ふふふっ、ちょっと来なさい?」
「あっ! あ、あ、あの……えっと……あの、今のは……えっと……!」
フェリスさんはセリーヌさんをグッと肩に腕を回して何やら小声で話している。
「(お説教が無くなって助かったけど……あのセリーヌさんの焦り様はいったい――? それに顔色もなんか悪くなっている……?)」
2人の様子を見ながら思考を回す。すると、数十秒後には宥められた犬のようにおとなしくなったセリーヌさんに代わってフェリスさんが手を叩く。
「エリカさん、セリーヌちゃんのこと、許してあげてくださいね~?」
「あ、いえ……それは多分――」
「ん?」
「(うっ……『ウェイドと同じ屋根の下で一夜過ごしたから』だよね?)」
フェリスさんは優しく微笑んで私の言葉を止める。セリーヌさんの方を見ると涙目になっている。多分だけれど、寝ている間にウェイドが話を膨張させたのだろう。そうでなければ、ああも剥き出しな表情にはならない。
「いえ、なんでも……」
「そう? あ、それでね~ここまでセリーヌちゃんが怒っちゃった原因なんだけど、私が夜中の間、ずっと料理のレシピを考えてもらっていたからなのよね?」
「は、はぁ……?」
「それでも、やっぱりいい案が出て来なくてエリカさんにも協力してほしいのよ~お願いできるかしら~?」
キリっと鋭いフェリスさんの視線が飛んでくる。
まるで、『断れるなんて思っていないわよね?』と笑顔で訴えかけてきている。
怖い、この人に逆らったら回り回って何をされるものか分かった物じゃない。
「わ、わかりました。お手伝いします……」
「うんっ、ありがとう~! それじゃあ、今から孤児院に行って始めるわよ?」
「い、今から!?」
「そうよ~急がないと私の首が回らなくなるもの~。あ、それからお三方にも協力してもらうわよ。試食にね」
ウェイドたちにはいつも通り、にこやかな素敵シスタースマイルを浮かべる。
でも、今はそれどころじゃない。またしてもスタスタとセリーヌさんが近づいてきているのだ。
「(別に悪いことしたってつもりはないけど……冷静に考えれば、そりゃあそうなるし、ぶっ叩かれてもおかしくっ……」
「――エリカさん、負けませんから。寝首を掻かれても文句なしですよ」
「え?」
まさに宣戦布告とも取れるような言葉。
いや、買っても無いから勝手な宣言をセリーヌさんはしただけに違いない。
その熱い目は鋭くウェイドとグーファを捉えながら離れて行く。
「(……? グーファを見てる? まさか、報復にグーファを狙ってる、とかじゃないよね……? いやいや、さすがにそれは考えすぎ――)」
でも、あの鋭い恨んでいるような眼光。
グーファの胃袋を射止めて心を奪おうと考えたっておかしくない。それに、今までだって何かとセリーヌさんは割に合わない状況に立った経験もある。
「(そんな不満と今の状況……だとしたら――その可能性はある……!?)」
私の視線は未だにくすぶるように揉めている二人の方へ向く。
こうなってくると私も負けてられないと心を引き締めるのだった。




