第82話 公爵の夜凪
公爵家の断罪から数時間後、私たちの姿はフレスト郊外の屋敷にあった。
私の目の前には力を使い果たしたリリアナがぐったりと横たわり、寝息を立てている。彼女は謁見の間でマナを使い果たし、気絶してしまっていた。
そんな中、部屋のドアがコンコンとノックされる。
「エリカ、リリアナの様子はどうだ……?」
「あ、ウェイド。もう、緊急会合は終わったの?」
「ああ、まぁな……」
明らかにその表情からして良い話ではなかったのだろうが、ウェイドとしてはそんな会議よりもリリアナの状態の方が気になっているのだろう。
「一様、ロイドさんにも見てもらったけど、マナの使いすぎ――要は『マナ欠乏症』らしくて、まだ眠ったまま。特に命には別条はないって」
「そうか……それなら良かった。アレだけのマナを放出していたから当然と言えば当然か……」
「それでウェイド、公爵家と王家の会合……結局、どうなったの?」
「ん? ……まぁ、国としては当たり前だが、立て直し優先で進むことになったさ。今回の騒動で情報操作をしたり、帝国の軍事侵攻に備えたり……とにかく、前途多難と言った感じだな」
「え、軍事侵攻!? 帝国が攻めてくるの? 王国に?」
「いや、恐らく見せかけだけだろう。兵を大々的に動かしている様子もないし、今の帝国にはそんな力はないからな」
「そうなの?」
確か、今の帝国を仕切っている王子はリオーナさんから聞く限り、なりふり構わないイメージだったはずだ。私が首を傾げてみせるとウェイドは腕を組みながら壁に身を預けながら静かに目を閉じる。
「元剣星――リオーナから聞いたかもしれないが……今の帝国は病で床に臥せている皇帝に変わり、第一王子であるエイルズが治めている。……だが、その王子は好き放題に税を上げたり、現実にそぐわない政策をしているらしい。それが故に戦争を吹っ掛けられるわけがないんだ。もし、戦争しようものなら内紛が起きるだろうからな」
「なるほど。私もその、エイルズっていう王子の話はリオーナさんからある程度、聞いたけど、癖者みたいだからね?」
「まぁ……どの道、戦いなんて起こらない方がいい。……エリカはとにかく休め。色々ありすぎて疲れただろ? お前まで体を潰したらみんな心配するぞ」
気遣う言葉を手向けながらウェイドは部屋を出て行こうとする。
けれど、そんなことを言っているウェイドだって精神的にも、肉体的にも疲れていることには変わりない。表面上、繕っていても目元を見れば分かる。
「そういうウェイドこそ、ちゃんと休みなさいよ?」
「あぁ……大丈夫だ、……っ」
「ちょっ――!」
出て行こうとしたウェイドの体が急にふらつき、そのまま倒れ込みそうになる。
慌てて私が駆け寄ると少し体が熱っぽい。明らかな過労だ。なんか前世の私を少し見ているような既視感を感じる。
「ほら、言わんこっちゃない」
「ハハッ……心配したか? じょうだんだぞ」
「そんな言葉が通用するとでも? 怒るよ」
「……すまん」
「はぁ、もう夜も遅いし、少しくらい休んでいったら?」
「いいのか? 青二才が怒るぞ」
「それとこれとは別でしょうが……ん」
正直、こうなってしまうと出て行けとも言いずらい。
それにリリアナの件に関してはウェイドの口添えが無ければ敵討ちは難しい局面でもあったし、そのお礼も込めて私の顎で誘導しつつも自室へと招き入れた。
「ソファーにでも座ってて。簡単なお茶くらいなら出せるから」
「あぁ……すまないな」
「いいの。そこはお互い様だからね」
自室に備え付けられているティーカップに紅茶を注ぎ入れているとウェイドは部屋の中を薄目で見渡す。いつもなんやかんやと理由を付けて押しかけてくるというのに、今日はやたらと何かを探すかのように視線を動かす。
「ん? 何か探してる?」
「いいや……ただ、この部屋も最初とは大きく変わったなと思ってな」
「あぁ~確かにね。このティーカップセットだって元はなかったしね?」
実際、私の部屋はあまり物は多くない。ただ、何かにつけてウェイドがもってきたプレゼントやセリーヌさんが用意してくれた花を生けた花瓶など、当初と比べるとにぎやかになってきているのは事実だ。
「でも、ウェイドと出会ってからもう、かれこれ3か月くらい経つわけでしょう? 凄くあっという間の日常だけど、冷静に部屋の中を見るとさ? いろいろあったな~って思うよ」
「まだ、三か月だ……。それなのに色々とありすぎだ」
疲弊しきっているようなウェイドの前に私はそっと紅茶を出して、横へと腰かける。
夜の静けさと穏やかな紅茶の香りだけがその場を支配し、互いに紅茶を一口含んで一息入れる。
「――ふぅ、そんな高級な茶葉でもないのにおいしい」
「ったく、人の出した紅茶にいちゃもんつけるわけ?」
「いいや、そんなつもりはない。ただ、お前の前では素直になろうと徹しただけだ」
そう言いつつ、またウェイドは紅茶を口に含む。
「ふぅ、正直を言うとな。時折、公爵である自分が怖くもあるんだ。一歩でも間違えれば取り返しがつかないし、この地位に居られなければエリカを守れないかもしれない。公爵じゃなくなったらセリーヌやエリックのように慕ってくれる仲間もいなくなるんじゃないかってバカみたいに思うんだよ」
そこまで言うとウェイドはカチャと音を立ててティーカップをテーブルに戻す。
「柄にもないな。すまん。愚痴をいうつもりじゃなかったんだ。忘れてくれ」
「別に? ウェイドだって人間なんだし、思う事があるのは普通だよ。まぁ? いつも言いたい事ばかり言っている私が言えることでもないけど」
それでも、私にはウェイドの辛さがよく分かる。
実際、前世で務めていた会社の中でウェイドが感じた事と同じことを思ったことがある。そう言う時は異常なほど心に余裕がなくなっているものだ。
「とりあえず、ほら! ここに横になる」
「お、おい……エリカ、お前――」
私はウェイドの肩をグッと引き寄せて膝の上に頭を乗っける。
私の膝枕如きにウェイドを休ませる効果があるのかは定かじゃない。でも、こういう時は一度きちんと休むことが大切なのだ。
「……たまには? ウェイドだって意地を捨てて見たら? そうしたら案外、楽になれるかもよ」
「別に意地を張ってるつもりはないが……」
「そう? 私には少なからず、肩ひじ張って頑張りすぎているようにしか見えないけどね?」
私はそっとウェイドの金髪を優しくなでながら諭すように、それでいて彼のプライドを壊さないように言葉を繋ぐ。
「――いくらさ、高価で有能な剣だってメンテナンスもせずに使い古せば、斬れなくなるし、刃こぼれだってする。それと同じで、私たちの心とか体だってチューニングしないと壊れちゃうんだから。今日くらいは良いんじゃない?」
「そう……だな……」
そう言うとウェイドは静かに受け入れるかのように力を抜く。
そして、ものの数分で眠りに落ちて行った。余程、疲れていたのだろう。
顔に触れても起きる気配はまるでない。
「本当にお疲れ様。ウェイド」
私は微笑を零しながらウェイドの寝顔を見つつ、夜を共に明かしていったのだった。




