第81話 罪人の野心
「――そうか。やはり、ジルバート・サルミレスが絡んでいたのだな」
「はっ、左様でございます。このまま奴を野放しにしておけば国益を仕損じます。今こそ、王家の勅命を」
謁見の間でウェイドは王に対して、先ほどまでの話をしつつ、証拠を提示して指示を打診する。そんな彼に王様は静かに言葉を吐き出した。
「しかし、かの者は派閥を作り、自分を守ろうとしておる。それを断罪しようとすれば公爵家全体を巻き込んだ騒乱に発展するかもしれん」
「それでも……我々はやらなくてはならないのでは? エリオット・ヘルスティアの為にも、ここに居るリリアナ・ヘルスティアの為にも――」
その言葉に王様は目線を下げ、顎に手を置く。ウェイドは遠回しながらも王に対して『自分が撒いた種は自分で回収しろ』と言いのけたのだ。
「よかろう。我も腹を括ろう。ウェイド・ルグラス公爵――貴殿にジルバート・サルミレス公爵の粛清をオーダーする」
「かしこまりました。聡明なご判断に感謝いたします。陛下」
私たちの中にも安堵が広がる。これで私たちは晴れて正々堂々とジルバート公爵をぶっ飛ばすことができる。王家のオーダーが書かれた巻物を受け取り、私たちが謁見の間を出ようとした時だった。突然、城内から悲鳴が上がる。
「うわあああ!!」
「何事だ!? 衛兵すぐに確認しろ」
「はっ!」
衛兵たちが慌てて外へと出たのだが、それも束の間で開け放たれた扉の向こうで衛兵が魔術で吹き飛ばされていく。それは明らかに襲撃に等しいモノだった。
「邪魔をするぞ? 命を貰い受けに来た」
そう言って入ってきたのはジルバート公爵だった。だが、もう風向きはこちらに吹いている。ウェイドは鋭い眼光でジルバート公爵を射抜く。
「わざわざ、得物が自ら歩いてくるとは驚きだ。ここでお前を『遺伝子実験の技術斡旋。および冤罪事件を仕立て上げた罪』で断罪する!」
「ふはははは!! 遺伝子実験? 冤罪で断罪? 断罪なぁ? ぶは、あはははは!!」
ジルバート公爵はそこまでおかしいことがあるのかというほど、狂ったように笑い出す。そして、ひとしきり笑い終えると少しだけ口角を上げて私たちを睨みつける。
「この俺が、罪人? 罪人はお前らだ。勘違いしてもらっては困るなぁ?」
そう言っている傍から謁見の間に兵士たちがぞろぞろと入って来る。
さらにはその中には、魔王軍と戦った時に居た公爵のメンツも何人かいる。
その物々しさに戦いになると感じ取った王様は玉座から立ち上がった。
「やめぬか! 王である我の前であるぞ! 異論があれば、場を設け――」
「えっ!?」
その刹那、ヒューンという風切り音が響き、同時に王様がその場に崩れ落ちた。
「黙っていろ。老害がぁ――!」
全員が言葉を失ったが、確実に分かっているのは『ジルバート公爵の私兵が意図的に放った弓が王様の肩に刺さった』という事実だけだ。この状況にウェイドとエリックさんは咄嗟に剣を抜く。
「貴様ら! 何をやったのか分かっているのか!」
「分かっているとも。だが心配するな。お前らの命も、この国もあと一日でおしまいだ」
「なにっ……!?」
追い打ちを掛けるようにジルバート公爵はこう、付け加えた。
「お前らは俺が、『奴隷の流入を斡旋し、政治をコントロールしようとしていた』と勘違いしていたようだが、それは大きな間違いだ。俺の目的はこの国の支配権だ」
「つまり、反逆――謀反が目的だったということか?」
「そうだとも! 奴隷流入案も帝国との協力体制を築き上げるためのもだ」
「まさか、お前――!」
その時点で私も慶君も、ジルバートの背後には帝国がいる可能性に気付く。
「そう。俺は帝国とこの日を手ぐすねを引いてまっていたのさ。もう歯車は止まらない! ここで俺は一国の王となるのさ!!」
「そんな事させるか!」
「俺は今やこの国の大半を押さえた人間だぞ? 身をわきまえろ、小僧」
その言葉に全員がジルバートの表情を伺う。でも、周囲の目には疑心暗鬼のような視線が混ざっていている。もし、そうだとしたらこの集団は一枚岩ではない可能性がある。
「(だとしたら、この状態を巻き返せればいいだけのこと――何か、なにか打開策はないの?)」
私が一人、考えを回す中、ジルバートはけだるそうに周囲の兵に目を配る。
「さぁ、奴らを拘束しろ! 貴様らはここで大人しく投降するか、死ぬかを選ぶがいい!」
「馬鹿言え……。投降したところで命は取らない保証はないだろ!」
「そうだな? どうなっちまうんだろうなぁ? あははははは!!」
もはや狂乱者のようになったジルバートは兵士の後ろへと下がって行く。
そんな中、慶君がポツリと言葉を漏らす。
「――ふっ、お~なるほど? いいねぇ~いいねっ!」
そんな場違いに等しい慶君の言葉に私が振り返るとそこには一人だけ違うオーラを纏うリリアナが目線を鋭くしながら青く燃え上がるようなマナの層を帯びて歩いていく。
「そんな事の為に、そんな事だけの為に私のお父様とお母様を――それだけに飽き足らず、私の大切な人たちまでを奪うなんて絶対にさせない、許さないんだから!! ――<白き刃よ・我が正義の理となりて・青き炎を穿て!>」
それは魂の真なる叫びそのもので、今までに見たことのない青い炎が銃弾のように飛んでいく。近場に居た兵士たちを次々に飲み込んだ炎は彼らを一人も残さず、消し炭に変える。
その相貌はいつものリリアナではなく、ゾーンに入っているような状態だ。
まさに『正義の断罪を下す魔術師』と言っても過言ではない。
「何をしている! 早くあいつを排除しろ!」
兵士たちがぞろぞろと集結する中、リリアナはそんな事をもろ共せずに、ウェイドへ問いかける。
「ルグラス公爵。ヘルスティア家の長女として――そして、一奴隷の私として『あの者を私怨で断罪する許可』を求めます」
「――構わん、ウェイド・ルグラスの名において許可する。俺がお前の後見人であることには変わらんからな」
その最中、リリアナへ目がけて弓矢が放たれるが、グーファがいち早く、その動きに反応して剣術で撃ち落とす。
「ありがとうね、グーファ」
「まぁ、これくらいはな……。俺は世話になってばかりだったからな?」
そんなグーファの言葉に目を静かに閉じて私の元まで来たリリアナは優しく微笑む。
「エリカ。ここに……ううん、ここまで連れてきてくれてありがとう。仮に偶然の巡り合わせだったとしても、本当に感謝してる」
「っ……。どこかに行かないよね? 相打ち覚悟とかじゃないよね?」
「馬鹿ね。本当にあたしのマスターは――アタシの場所はココだけでしょう?」
そう言いながら三度放たれた弓矢を青き炎でかき消す。
その時の表情は覚悟が出来ていると思わせるほど、眼光が鋭くて『復讐するな。殺すな』とは言える隙すらない雰囲気を放つ。
「エリカ。僕も不安ですけど、ココはリリアナに任せましょう。これは彼女の問題です」
「うん……。そうだね、私たちが立ち入って良い問題じゃない……もんね」
「――じゃあ、行ってくるわね」
そうして振り返ったリリアナは一歩いっぽ、床を踏みしめながら手を前に突き出して進んでいく。そんな中、ウェイドはその意志を汲むように声を出す。
「グーファ! それからエリカも! 手を一切出すな! これはあの子の戦いだ」
公爵家の反乱分子たちはリリアナの雰囲気に慄くものも居れば、ウェイドの声に触発されて戦闘に備える者など、人それぞれの反応を示す。ゾーンに入っているリリアナは最早、誰にも留められない。
その場に居る兵士たちを消し炭に変えながら進んでいく。
「たかだか、小娘一人に何をしている! 魔術師なのだから距離を詰めて追い込め!」
「――馬鹿にしてくれるじゃない?」
「え……リリアナ!? 魔術を――!!」
遠距離戦を得意とするリリアナは攻め込んでくる三人の兵士に対して魔術を使わず、正面から対峙し、一人目を体で裁いて残りの二人に対して手拳を食らわせる。そして、悠々と床に転がった剣を手に持ち、得物を持っていた兵士たちをけん制しながら言葉を紡ぐ。
「<我は聖なる炎を宿し・閃の剣劇を振るう者・求めに応じて青剣となれ>」
その刹那、剣先が青く燃えて高温を帯びる。離れた距離に居る私にですら、その熱さは届く。目の前に居る兵士たちは恐怖のあまり動きが取れない。
「私がこの五年の間、磨いてきたのは魔術だけじゃない。魔術師だ、小娘だと甘く見てんじゃないわよ!!」
リリアナは一気にグッと踏み込んでジルバート公爵の前に居た兵士と公爵たちをもろ共、青炎の刃で一閃する。反撃の余地などあるはずもなく、一瞬にして形勢は逆転していた。
「ば、ばかな……こんな大勢の兵士を倒すなど――」
「現実よ。受け入れなさい。それから楽に死ねるなんて思わないで」
「ま、まてぇ! このまま俺を殺したら帝国のエイルズ王子が黙っていないぞ!」
「そう……私には関係のない事よ」
無慈悲にリリアナはじわり、じわりとジルバート公爵を切り刻んでいく。
痛みで叫ぶ彼を前にリリアナは一つも表情を変えずに剣を振るう。きっと。リリアナは自分の両親が受けた苦痛や思い、それを代弁するように剣を振るっていたのだろう。命が風前の灯となった段階で私たちの方を向いて声高らかに宣言する。
「ヘルスティア家の長女――リリアナ・ヘルスティアとして、かの者ジルバートサルミレスを『民間人3名の殺害』、および『国家反逆罪』で断罪する!」
そうして振り上げられた剣撃はジルバートの体を捉え、確実に命を断った。
この瞬間、長きに渡るヘルスティアの家名を汚名から守る戦いとリリアナの復讐が終焉を迎えたのだった。




