第79話 尋問
王家の政策や軍事などを支える公爵家。
それは平民よりも気高く、権力を持っている象徴だ。
その一翼として国を支え、最もジルバート公爵の直属と名高き、デルニット・マーレイ公爵の屋敷にゾロゾロと私たちは近づきつつあった。
「それで、ここからどうするわけ?」
「んなもん、決まっているだろ。拉致んだよ」
至極まっとうな仕事ですと言わんばかりに慶君がそう吐き捨てる。
「拉致るって……慶君、ちょっとそれは――」
「まさか、犯罪だからダメだと言うんじゃないよな?」
「いや、そういう訳じゃないけど……」
「はぁ……絵里香、この際だ。良心の欠片とかなんてものは捨てちまえ? でないと心を病んじまうぞ? あっちは既に殺人未遂をしてきてる。こっちがちょっとばかし、法を逸脱したって文句は言えねぇだろ。目には目を、歯には歯をだよ」
慶君の太々しい精神論はどこか違う気もするが、私としても今更、考えを変える気も無い。事を荒立てずに解決するなど、不可能に等しいからだ。武力には武力で対抗するしかない。
「おっ! 奴が出てくるみたいだな――って小僧!」
「誰が小僧だぁ!? ったく、言い争っている場合じゃねぇぞ! これを使うから公爵、お前も手伝え」
「ロープ?」
「そうだ。これを使って馬もろともノックダウンさせるんだ」
そう言って慶君は道脇の樹木の根本付近にロープを巻き付け、ウェイドとピーンッと引き延ばす。足を引っかけて動きを止めるつもりらしい。
さらに慶君はどこから持ち出してきたのか知らないが、尖った釘が四方八方に飛び出ている危険物を地面にバラ撒く。
「えぐいな……本当にアイツ、あの時の魔王かよ」
「本当にね。敵に回らなくて良かったって、今ならそう純粋に思うよ」
「来た! 来ましたっ!」
グーファがそう声を上げた瞬間、前方で速度を上げてきた馬車がロープに引っかかり、ハードにこけて地面に転がり落ちる。当然のことながら馬は地面に転がった矢じりによって簡単に絶命。御者台に乗っていた人間も倒れる。
「計算通りだな。後はニット帽みたいな名前の奴を拘束すれば終いだな」
「デルニット・マーレイ公爵ね」
「そうそう、そいつだ」
全てが思い通りに運び、ご満悦の慶君を横目にグーファは転がった馬車内部を覗き込み、伸びている一人の男を引っ張り出した。
「多分、こいつが例の公爵かな?」
「うん。間違いないと思う」
「ああ。正しくデルニット・マーレイ公爵だ。手枷を付けて早々に運んでしまおう。こんな所を見られても面倒だからな」
こうしてデルニット公爵を回収した私たちは人里離れた洞窟まで逃げた。
当初はウェイドの屋敷に行くか、私たちの屋敷に行くかの2択だったのだが、慶君が足がつくことを嫌って別の場所へ行くことになった。
「でも、ここってさ……」
「あぁ、エリカも記憶に新しいだろ? グレッグ・ピットの元巣窟だ」
「うぇ……やっぱり、あのゲコゲコの巣窟か。しかもなんか変なにおいがするし」
私とグーファは互いに二か月前の記憶を思い出す。
あの生物とは苦い記憶しか残っていない。しかも、傍らには拉致してきた公爵が居るのだから鮮明にあの時の映像が蘇る。
「あの一件の後、俺たちの私兵がココを綺麗に掃除したが、匂いはどうにもならないようでな? なんでもあの魔物の粘膜が原因だそうだ」
そう言って天井や壁に張り付いている透明な水色の粘膜を指さす。
「この粘膜には魔物を寄せ付けない効果があるらしくてな。そういうときの場所として確保しておこうと思ってこのままにしておいたんだ。」
「だからって……普通、ココに連れてくる?」
「そんな目で見るな! 俺だって可能ならココは使いたくなかった。でも、適した場所が無かったんだから仕方ないだろ?」
「……。ごめん、この場所を提供してくれただけでもありがたいよ」
「なんだ……? なんか今日はやたらと塩らしいな?」
「そうかな? あはは、そんな事を言われてもあんまりわかんないや! さっさと口を割らせてこんな臭い所、でちゃおうよ」
私はそう言ってごまかして足を進める。もう公爵を拉致した時点で時計の歯車は回っている。今更、この先で『何か悪いことがあったらどうしよう』などと考えたところでどうにもならない。
「さて、そろそろ始めるとするか」
慶君は岩場に公爵を固定して洞窟内から汲んできたであろう水をぶっかける。
口や鼻の付近にぶちまけたこともあって咽こみながらデルニット公爵は目を覚ます。
「げほっ、ゲホ! なんだ、何がどうなって……っ!」
「やぁ、お目覚めかい? 名も無き公爵殿」
「貴様ら、賊か! 私をマーレイ公爵家の人間と知っての襲撃――ぎゃあああ!!」
その刹那、慶君は人差し指を太ももに押し当てグリッと回す。それと同時に鈍い音が響く。あまつさえ、足からは血が出ている。その光景から魔術的な方法でマーレイ公爵を痛めつけたのだろうと予測は付いたが、まるっきりロジックが分からない。
「き、き、きさまぁぁぁ!! 俺の足に何をしたっ!! うわぁああ!!」
「何って……? ただ、爪を鋭くしてぶっ刺しただけだ。それとも何か? 太めの方が良かったか?」
「うがぁああああ!!」
「そうか、そうか……そんなにいいか? 俺はな、色々な魔術を使えるから皮膚の内部を冷やしたり、燃やしたり、電撃を流したりすることもできるから楽しんでいけ?」
尋問を楽しむ慶君と、かたや苦痛で歪むデルニット公爵。
その光景は常軌を逸していたが、恐怖を植え付けるのには十二分だったのだろう。
じわり、じわりと確信を突いていくように質問をしていく。
「さぁ、デルニット公爵。お喋りの時間だ」
「な、な、なにが、お喋りの時間だっ!」
「まぁまぁ、聞けよ? そんなに痛いのが良いんだったら喋らなければいいだけだからよ? ――第1問!! 5年前から奴隷を使ってお前は遺伝子実験をしていたな?」
その問いかけにデルニット公爵はだんまりを一瞬、決め込もうとしたものの、慶君が顔を覗き込むと恐怖に満ちた顔でこくり、こくりと頷く。
「そうか~お前は王国で禁止されている遺伝子実験をしていたと……。しかも、奴隷相手に。そうか、そうか――第2問! その奴隷はジルバート公爵から斡旋を受けていたな?」
「い、い、いや違う! 俺は――がぁあああ!!」
「うん? どうしたぁ?」
「はがぁ……斡旋を……うけていたっ……!」
「一人頭の単価はいくらだ?」
「い、1万ゴールドだ……」
「随分と安い単価だな? 嘘を言っているんじゃないだろうなっ!?」
「ほ、ほんとだ!! 帝国が難民の処理として送ってきたモノだから、だから! 安価で提供してやるって!!」
「やるって誰に言われたんだ?」
「じ、ジルバート公爵に――そういわれたんだ」
その言葉を聞いた慶君はにんまりと笑みを浮かべて足に突っ込んでいた指を引っこ抜く。そして、これまたどういうギミックか不明だが、アーツクリスタルが
上からゆっくりと降下してくる。
「しっかりとお喋りしてくれてありがとうな? 助かったよ~ばっちり証拠も取れた」
慶君の手に収まったアーツクリスタルからは今までの会話がばっちりと録音されていた。完全に先手を取り切った慶君はデルニット公爵の横にかがみこみ、耳元で囁く。
「だけど、お気の毒だが、長くは生きれないだろうな。5年前のヘルスティア家みたいに消されて終いだ」
「――っ!! そんなことはない! お、おれは今までジルバート公爵の為に尽くしてきたんだ! ありえないっ!!」
「ふっ、寝言はねていいなちゃいねぇ~ぼくぅ~。君は利用されただけなんだよ。 事実、助けも来ないじゃないか? 奴隷をけしかけて、魔王軍とやり合わせようとした時点で、ウェイド公爵が動き出すことはジルバート公爵の頭には考えとしてあったはずだろう? それなのに何も知らないって事はアンタは『トカゲの尻尾』ってことだ」
「そ、そ、そんなことは……そんなことは――」
酷く動揺しきったデルニット公爵に対して悪魔の提案をし始める。
「だが、幸運なことにココにはウェイド公爵が居る。つまり、助かる手立てはまだ残っているかもしれないって訳だ」
「何が、なにが望みだ――ウェイド公爵っ! 命を保証してくれるなら何でもやるし、何でも話すっ!」
「ほぉ? だとよ、公爵様」
後はお前でやれと言わんばかりに慶君は顎で指示を出す。
ウェイドは半ば不機嫌ながらも鋭い眼光でデルニット公爵を射抜く。
「五年前、ヘルスティア家の工房で見つかったナイフ――あれはエリオット・へルスティア公爵をハメるために貴様らが用意したモノだな?」
「いいや、俺が用意したモノじゃないっ! 少なからず、俺じゃないのは確かだ! 俺が言われたのは『数日中に犯人と特定できるものが出てくるから、それが出てきたら徹底的に王家に圧力をかけろ』と言われただけだ!」
「そうか――要は貴様らはエリオット公爵に無実の罪を着せたという訳だな」
「いや、それは……」
デルニット公爵が言い淀んだ刹那、ウェイドの姿がスッと消える。それと同時にデルニット公爵は膝を付き、パタッと倒れた。デルニット公爵の後方に移動したウェイドの手には血塗られた剣が握られており、彼が躊躇なく『斬り捨てた』のだと気づくまで差ほど時間は要しなかった。
「因果応報だ。クソ野郎が……」
「ウェイド様……」
「エリック、頼む。ほんの数分で良い……。一人にしてくれ」
ウェイドはデルニット公爵の自供によって自分が犯した罪を再度、自覚したのだろう。その現実と向き合わなくてはならない。そして、リリアナも同じように憎悪の火を増幅させるように涙を流す。
「お父様……お母様……うぐっ……」
「リリアナっ」
またしても私は彼女を抱き留めてあげることしかできない。今の彼女になんと声を掛ければいいんだろう。痛みに耐えながらもリリアナは一言だけ発した。
「あの男だけは……絶対にこの手で――」
その目にはある種の決意が宿っていた。




