第78話 捜査会議
「慶君、再捜査とは言ってもどこから始める?」
「まずは奴隷が流入してきたきっかけになった事件――つまり、その子、リリアナの両親たちの件から漁ってみようか。こういうモノは案外、整理すれば分かって来るものが多いはずだからな」
私たちは屋敷に戻って早速、異世界版の捜査会議を始めていた。
まぁ、正直なところ言うと私自身、こういうノリも割と嫌いじゃない。
「それじゃあ、ウェイド? ヘルスティアに何が起こったのか、簡潔かつ、具体的に説明してくれる?」
「あぁ。構わんが――なんというか……この話、今更言う必要があるか?」
「私に遠慮しているなら構わないわよ? 『もう一度、整理すること』がこの場の目的なんでしょう?」
「そうか……君がそう言うならいいが――」
ウェイドはリリアナに申し訳ないような感情を含みつつ、ヘルスティアの事件について話し始めた。
「事の発端は今から五年前、ジルバートの提唱した奴隷流入案。つまり、国同士で『奴隷の売買を積極的にする』という条約を王国内で制定しようとしたことから始まった。当時はそれに対して意見が割れており、それを良しとしなかったのが、王族から絶大の信頼を寄せられていたリリアナの父『エリオット・ヘルスティア公爵』だ」
そう語りつつ、ウェイドは目をほそめながらリリアナの方を見る。
「彼は王すらも抱き込んでジルバートの言う『人権なき労働力の確保』を徹底的に阻止したんだ。元々、彼は凄く素直で正義感の強いお方だったからな。だが、それが裏目に出た」
「えぇ……それでジルバート公爵の恨みを買った」
「そうだ。そして、その同時期に王国内で民間人の死体が3つあがった。遺体には性的に搾取された痕跡がある一方で犯人に繋がる確固たる証拠はなかった。だが、ある時タレコミが入ったんだ。――ヘルスティア家が所有する工房の中に『殺害で使われたナイフ』があると」
「え? 待って! そんなこと……私は聞いてないっ!」
「当然だ。それが発覚したのはリリアナの父君を拘束する僅か12時間前の事だったからな」
リリアナは突然の話に動揺するが、その目は悔しさに満ちていて光を失っていない。それを感じ取ってかウェイドは言葉を慎重に選んでいく。
「実際、そのナイフは工房で発見されたんだ。その事実によって多くの公爵家はジルバートの味方をして、王へエリオット公爵の断罪を要求した。そして、最終的には王家は公爵家の要求を飲み、『ジルバート公爵を卑下し、叩き潰そうと躍起になったエリオット公爵が暴走。その過程で邪魔になった民間人を殺害した』と結論付けて極刑に処した――ということになっている」
ウェイドは自責の念を抱く様に右手を眺め、ギュッと握りしめながら静かに、付け加える。
「だが、俺もそんな話は信じてはいない。それに恐らくだが、王家も同じだろう。あそこまで信頼していた人間を切るという決断は《《民からの突き上げ》》もあってのことだったはず。苦渋の決断だったのには間違いない」
すると、そこでグーファがポツリと言葉を漏らす。
「王様から信頼されていたなんて、リリアナのお父さんって凄い人だったんだな……」
「ええ。お父様は常に民を大切に思っていたし、相談にも多く乗っていたわ。あそこまで王国内でやっていた公爵なんてそうそう居ないというくらいね」
「ああ、それに関しては俺も同意見だ。当主になりたての俺でもその噂は聞いていたくらいだからな」
つまり、リリアナの父親であるエリオットさんは完全にジルバートの罠にハメられたという事が濃厚になる。そんな中、慶君がスッと立ち上がって堂々と口を開く。
「ほらな……あっという間に埃が出てきたじゃねぇか」
「えっ?」
「気付かないのか? この違和感に」
アンタらは馬鹿なのかと言わんばかりにため息を吐くと慶君は前へと出てきて人差し指を立てて、話し始める。
「そもそも、ジルバート公爵はなぜ、『奴隷流入案』とか言う訳の分からんものを通したかったんだ? まして、そこまで影響力を持った相手を敵にしてまで戦う理由は? それから王様をたったの12時間で説得できた理由はなんだ? そう考えたら随分とおかしい話じゃないか?」
「それは……確かに。俺が行ったときにはほとんど話をねじ込む余裕すらなかったからな……。それにうまく行ったからよかったものの、失敗していたらジルバートは確実に罷免されていただろうな」
ウェイドは腑に落ちたような表情をしつつ、悩む表情を浮かべる。
普通に考えれば奴隷を利用した遺伝子実験。それを遂行するために人数が必要だったと考えるのが妥当だろう。そんな中、リオーナさんが不意に声を上げた。
「五年前……か」
「リオーナさん? どうかした?」
「あっ、いや……大した話ではないのだが、五年前と言うと帝国でも同じ動きがあったなと。隣国からの難民が帝国では多くなっていて、奴隷になる者が多かったんだ」
「帝国でも同じ動きがあったんだ……? まぁ、国同士が絡む条約の話だったんだろうし、当然じゃない?」
「そうか――! 利権かっ!」
その刹那、ウェイドが声を荒げて立ち上がる。
「わかったぞ、アイツの狙いは奴隷流入による利権だ」
「え? 待って、ウェイド。意味が分からない。どういうこと?」
「だから、遺伝子実験の材料を提供する利権だよ!」
「は? 何を言って――」
「当時から王国では遺伝子実験はご法度だった! でも、それを斡旋できる公爵がいたら、その公爵に対して便宜が図られるはずだ。ましてや、奴隷を流入させた『その真意』を知っていれば、お互いが共犯者になる訳だからな」
ウェイドが確信を持ったように話終えた途端、慶君は鼻で笑いながら付け加える。
「――だとしたら、ジルバート公爵が抱える派閥の中に事情を知っている人間がいるってことになるよな? そいつさえ、見つけ出せれば後は芋づる式だ。実験の件を認めさせ、それをダシに、唯一の物的証拠であるナイフのトリックを解けば、ジルバート公爵を一気に追い込めるってわけだ」
「でも、待って! それだと私の件だけじゃない! あの亡くなった子どもたちの件はどうするつもりなの」
「はぁ……んなもん、考えりゃ分かるだろう? 口止めの変わりに吐き出させるんだよ。『今の話をジルバートにチクったら5年前みたいにアンタも消されるぞ』ってな。それが嫌なら魔王軍のいる戦場からフレストへ逃げた指示内容を吐けってよ?」
「なんて汚いっ……」
「ふんっ、汚いもクソもあるか。こっちだって命を賭けた話だ。人は追い込まれれば他人でも犠牲にできちまう生き物なんだ。社会は甘くねぇんだよ、気をつけな。お嬢ちゃん」
「っ……誰が、お嬢ちゃんよ!」
リリアナがムッとする中、慶君はパチンと手を叩く。
「とにかく、ここからはしらみつぶしに当たっていくしかないが……こちらの動きを勘ぐられても厄介だ。有力なジルバートのお抱え公爵の身柄を押さえに行くぞ。それこそ早くしないと相手が次なる手を打って来るぞ?」
慶君は意味ありげにウェイドへ視線を向け、私にも覚悟を求めるような眼光を向けてくる。屋敷での襲撃はたったの一回しか起こっていない。
それから考えても「手を出したら分かるな?」という脅しも含めての攻撃だったのだろう。それはつまり、ジルバート公爵は『私たちが立ち向かいに来ること』も想定済みだと言うことになる。
もし、手を出せば最後、私たちは戻れなくなる。
でも、私は最初から決めている。例えそうだったとしても私は退けないし、引かない。亡くなったあの子たちの仇を取るために――ううん、あの子たちのいる世界をあるべき姿へと返すために立ち上がると決めたのだ。
「ウェイド、覚悟は出来てる?」
「はぁ……どの道、選べる選択肢はないんだろ?」
「……うん。ごめんね、ゼロか百で――」
そう私がぽそりと言うとウェイドは意外にもあっさりと言葉を交わす。
「別に良いさ。それがお前の強みであり、良さでもあるからな」
「ありがとう。――それじゃあ、ロイドさんとミミ、それからリオーナさんは屋敷で待機してて」
「しかし、私は戦力になりえるはず。なのに、なぜ」
リオーナさんは腑に落ちない顔つきで立ち上がる。
彼女も私と同様、奴隷に対して並々ならぬ思いがあるのだから戦いに行きたい気持ちもよく分かる。それでも、連れていく訳にはいかない理由があった。
「それは……ここの守りを手薄にするわけには行かないからだよ。今回の相手は一味も二味も違う相手だからね」
「なるほど……。つまり、この屋敷の守り手になれということですね」
「そういう事になっちゃう、かな。ごめんね……」
「いいえ、クランリーダーの命令とあれば従いましょう。ですが、可能ならジルバートなるクソ野郎の顔面に一発お見舞いしてやってください」
「うん、わかった」
冷静沈着に状況を飲み込ながらも汚い言葉を使うリオーナさんの目は鋭さを増す。
ただ、その周囲に発する凛としたオーラだけはまさに騎士たる片鱗を見ているようだった。そんな姿を見せられては私だって負けてもいられない。
「それじゃあ、ウェイド? 情報を知って良そうな公爵を何人かピックアップしてくれる?」
「はいはい、仰せのままに愛しのマドマーゼル?」
真面目な私の声色に対してウェイドは軽口を言いつつも地図を広げて中流階級が住まう貴族街を指をさす。いよいよ私たちの反撃は一歩目を踏み込んだのだ




