第76話 救いのない現実
「よしっ! ミミとロイドさんは必要な物品だけ持ってください。あとは私が回収するので! グーファとリオーナさんはリリアナを呼んできて!」
バタバタと動き出す私たちは二手に分かれる。
そして、私は夜逃げでもするかのように猛スピードでインベントリーにしまい込む。
「<クロージング!>、<クロージング!>、<クロージング!>」
パッパッと消えていくモノたちを前にロイドさんとミミが言葉を失う。それでも、ここから全員、安全に生きて帰るためにはこれしかないのだからやむ終えない。
「ほら、こっち見てないで後片付けしてよ? でないと……全部、私が回収しちゃうよ!?」
「「ひぃっ!」」
「いや、引きすぎっ!」
私を怪物のように見ながらも二人はサクサク片づけを済ませていく。
そんな傍らでロイドさんが言葉を漏らす。
「ここまでして急いで帰る必要があるのでしょうか?」
「あるよ? あるからやってるんですよ」
「しかし、我々は魔王を打ち倒したわけじゃないですか。それなのに、こんなに逃げるように」
「……ん、まぁ、それはそうですけどね? ここに居る半数以上が奴隷で、その契約主が私たちを快く思っていない。となれば、何か仕掛けてきたっておかしくはない」
そう説明している最中、外からはウェイドが全員を称えながらも『急用があり、フレストまで戻らなければならない』と言い放っている。
「――私にはグーファやミミ、ロイドさんも含めて大切な人間を守る義務があるんです。こればっかりは退けません。何となくロイドさんにもわかるでしょう?」
私がロイドさんに意味深な視線を向けると少し慌てたようにクイッとメガネを押し上げる。――まぁ、今の時点で襲撃は絶対に《《起こりえない》》と確信はしているのだけれど。
「さぁ、後はテントさえ回収したらおしまいね! <クロージング!>」
「ハァハァ……エリカ。待たせたわね。ウェイドも次期に来るわ」
「了解っ! じゃあ、こっちの方が大所帯だから先に出て行こう! 行くよ、ムーヴ、ムーヴ!」
その場の勢いに格好つけて少し軍人ぽく言って、一人で愉悦に浸る。
「エリカ、何をにやけているんですか?」
「い、いや別に? それよりグーファ、頼みがあるんだけど?」
「頼み、ですか?」
「うん、私の剣士を信頼しての頼み――」
私は馬車を走り出させながら御者台に乗ったグーファの耳元で囁く。
「道中、公爵家の兵士たちが待ち伏せているかもしれない。戦闘になったらミミやロイドさんを最優先で守って欲しいの。どう、できそう?」
「その話が本当なら……。だけど、エリカは無理しないでくださいよ?」
「分かってる。もう、今回の一件、七割くらい片付いているからね」
私たちはとにかく後ろを振り向かず、戦場から離れてセリーヌさんが待つ屋敷へと戻った。その頃には月夜が夜空に浮かびあがっていた。
「――にしても、何事も無く屋敷まで戻って来れたわね? 天下のウェイド公爵もフレンシアさんの勘すらも大外れだったのかもね」
「そうだね」
「――! エリカ様、何者かが屋敷の方に! 警戒を!」
一番、早く異変を察知したのはリオーナさんだった。
明るい月夜の光が複数人の人影を照らす。その相貌はいかにも冒険者で全員が黒いマントを羽織っている。
しかし、その体格は大きくはない。明らかに子どもだ。
「まぁ、俺らの元に来るのは想定のうちだったが、まさか奴隷の子どもを使うとはな。ここまで下劣だと手向ける言葉もない」
「で、ウェイド。どうするつもり?」
「斬るしかないだろうな。生き残るためだ」
そう言ってウェイドは剣を引き抜く。
近づけば近づいてくるほど、迫って来る人影が子どもだと言う事に気付き始めた。
だから、私は間髪入れずにグーファへと視線を向ける。
「急いでミミとロイドさんを中に――セリーヌさんにも外には出ないでって伝えておいて」
「わかりました。エリカ――ご武運を」
私はこくりと頷き、刺客として迫って来る彼らの方へ手を向ける。
そんな中、リリアナは私の隣に立つ。
「リリアナ、あなたもいいから中に下がって」
「そんなの願い下げね。私もヘルスティアの端くれ。公爵家としての地位は無くても自分が成すべきことくらいは分かってるわ。それが殺しが込みでもあっても」
「大丈夫だ。心配するな。その役回りは私がしよう。子どもがそこまで背負う必要はない。私の剣は既に汚れているからな」
リオーナさんはすっと私たちの前に出て、ウェイドと肩を並べる。
「へぇ? 塩らしい剣星さんと共闘か。悪くないな?」
「フッ、あまり馬鹿にして甘く見ていると痛い目に遭いますよ? 公爵殿」
軽口を言い合った瞬間、2人は一斉に黒装束の人影へ向かって走り始める。
リオーナさんは一気に風の魔術で相手のバランスを崩させ、ウェイドがこれ見よがしに斬りかかる。到底、この二人の前では叶う訳がない。
そう、あの二人には――。
「リリアナ、周りに目を配って! 真の狙いは私だと思う」
「――その通り、よく分かってるね? 僕たちの狙いは冒険者エリカ。君の命だ、悪いけど、死んでもらうよ。ジルバート公爵様の為に」
数十人規模の刺客たちがぞろぞろと別方向から現れ始める。
ただ、その目には闘志はなく、酷く黒ずんだ瞳をしている。
まるで何かを覚悟するかのように。
「公爵家の回し者ということね! あなたたちこんな事をしても――」
「リリアナ、待って」
私はこの目を一度だけ見た事がある。
だから、少なからずの確信もあったから言葉を放る。
「あなた達には悪いけど、こっちはタダで殺されるつもりも無いし、タダで殺してやるつもりもない。それを分かっているんだよね?」
「ええ、そんなことは僕らは百も承知していますよ」
「そう……。まぁ、君たちに言ったところで……なんだろうけど」
静かに目を閉じて剣を引き抜く。これが現実だ。
いくら世界を恨んでも、アニメの知識があってもこの現実だけは捻じ曲げられない。
「もし、それ以上近づくなら『排除』するから」
刃の光が鈍く光る中、私はそう告げるが、彼等は少し申し訳なさそうにしながら近づいてくる。その目は死も厭わない覚悟を感じさせる。
そして、先頭の人間が私へと斬りかかってくる。
私はその剣筋をいなして、足で蹴りを入れてそのまま剣を振りかざす。けれど、やっぱり私にはこの子たちを殺すなど出来る訳がない。峰内で剣撃を打ち込む。
「なぜだ……なぜ、峰内なんだ! 斬れ! 斬れよっ!! あんたは……アンタだけは分かっているだろぉう!」
「っ――!!」
お願いだ。そんな目で見ないで欲しい。彼等は最初からここに死ぬ気で来ている。
そう、私たちに殺されるために――その表情は最初にグーファと会った時と同じだ。
「もう……いい……。アンタには期待外れだ」
よろよろと立ち上がった彼は意を決するように懐から短剣を取り出して駆けてくる。
今度の狙いはリリアナだ。接近戦に持ち込むつもりでいる。
「っ……!!」
「リリアナ! 危ないっ!!」
咄嗟の判断を迫られて怯んだリリアナを助けようと私は飛び込む。その刹那、彼はあろうことか方向を変えて私の方へと駆けてくる。
当然、私も勢いが付いているし、咄嗟に止まれる訳もない。
その勢いのまま正面衝突するようになり、お互いがぶつかる。
その瞬間、手に鈍い感触が走った。よく見てみれば向かってきた男の子の腹部に私の剣が刺さっており、血が滴っている。握られていた短剣は甲高い音を立てて地面に零れ落ちる。
「そ、そ、そんな……こんな、こんなの……」
どす黒く暖かい血が私の服にまで着いて、あまりの恐怖から剣を手放そうとする。
でも、その子は剣をお腹に刺したまま、私を抱き留める。
「……はぁ……はぁぁ……アンタみたいに優しい奴と会いたかった……最後だけ……さいごだけは……このまま――」
ギュっと抱きついた少年はまるで人肌を求めるように体を寄せる。
だが、痛烈な痛みですぐに琴切れて逝った。私の目からはとめどない涙が零れる。
「こんなの、こんなのぉ……間違ってる、まちがってるよ! ううっ……なんで、なんでこの子たちがこんな思いをしなくちゃいけないのよっ!!」
亡骸を抱えながら必死に叫ぶことくらいしか私にはできなかった。
その様子に他の刺客たちもカタカタと手を震わせる。それでも、亡き彼が素性を語った通り、ジルバート公爵の奴隷であることに変わりはない。
その下される命令は絶対であり、それを守らなければ激痛が迸る。
少なからず、私たちの目の前にいる全員が抗おうとして悲痛な叫びをあげる。
「うわぁああ!! 嫌だ、死にたくなんて……うわあああ!!」
そんな声を上げる彼らに私たちが送れる言葉はない。
そして、現実は決して避けることはできない。私は襲い掛かって来るであろう、その時をただじっと見つめるしかできない。
「絶対に、ぜったいにゆるさない。ジルバート……」
「――エリカ。もうお前はよくやった。後は俺たちがカタをつける。リリアナ、エリカを頼めるか?」
「……ええ」
その傍らで一団を始末したウェイドが私の肩に手をそっと置く。そして、その隣にはずっと居なかったエリックさんの姿があり、ウェイドへ静かに言葉を解き放つ。
「ウェイド様、私が全て片付けても良いでしょうか? 今回、私の活躍場面がなかなか無かったので――」
「やめろ、エリック。冗談でもそんなことを言うな。気を使ってくれているんだろうが、仮にも公爵である俺の前だぞ。恥を知れ」
「……。ご無礼をお許しください。ウェイド様。――ならば、共に参りましょう」
「あぁ」
ウェイドが頷き、前へと二人が歩み出す。しかし、同時にバッテリ切れにでもあったかのように奴隷たちの悲痛な叫びが消え失せる。
「ん? どういう……ことだ? ――っ!!」
「やめろぉ!」
あろうことか奴隷たちは自分たちの喉や腹に向かって刃を突き立てはじめたのだ。
その理由は最早、言うまでもないだろうが命令によるものだったのだろう。
その結果、私たちの目の前には50人とはいかないものの、多くの奴隷の亡骸が転がり、庭が血濡れる事態となったのだった。




