第75話 魔王の正体
何かの間違いだろうかと思わず、二度見をする。なにせ、魔王が日本国旗を持っているのだから――最早、世界観がバグっているとしか言いようがない。けれど、同時に好奇心から足も進む。
「エリカ! どこに行くんですか!?」
「……もしかしたら、あの魔王――」
正直、自信はない。この魔王軍の格好が『戦国武将のコス』なのも、偶然なのかもしれないが、《《別の可能性》》も捨てきれない。
「あの魔王がどうかしたんですか?」
「……私の故郷の人からもしれない」
「え? えっ……えぇ!?」
グーファとリオーナさんは「何、言ってんのかチョット分かんない」と言わんばかりに私と戦場を見比べる。そして、彼らは混乱する頭をまとめはじめた。
「いや ここは戦場で、相手は魔王軍ですよ!?」
「そうですよ! エリカの故郷の人なんて……そんなこと――」
「ううん、あの魔物の持っている旗とあそこにいる魔王が持つ国旗がソレを示していると思うの! もちろん、確証はないけど――」
「確証がないならって……エリカ! ああもう!! リオーナさん! こっちは頼みました!」
私はグーファの制止をスルッと抜けて最前列へと出る。
要は『確証を掴めばいいだけ』のことだ。
「すぅ……敵は本能寺にありぃ!!!! 誰の謀反じゃぁああ!!!!」
とてつもない大声に周辺の魔術詠唱がピタッと止まる。
それでも問題はないくらい周りの魔物はほとんど残っていない。
全員が流れ作業に移行していたこともあって動作がとまったのだろう。
「(よし……もし、あの魔王が本当に日本人だとしたら――返答を返すはず)」
これは半ば賭けであり、ラストチャンスでもあった。
仮に彼が『転生者』で、魔王として戦国武将のコスを着させているのなら、日本史に関する知識があるはずだ。これで反応がなければ私の思い越し苦労だったと言う事になり、再度攻撃の合図を出せばいいだけのことだ。
しかし、魔王からは一向に返答がない。
もうダメかと思った時だった。
「――あれは桔梗の家紋っ!! 明智光秀様の謀反なりぃ!!」
「はっ!! リリアナっ! ウェイド! 攻撃中止!!」
「はぁ!? ってちょっとエリカ!」
私は確信を持って馬に乗って斜面を下る。そう、魔王と称された一人の個体とコンタクトを取るために――。近づいてみればまさに負けたと言わんばかりに日本国旗を降伏の旗印のように振る。
「大丈夫ですか!?」
「我もここまでか。兵どもが夢の後よ。虜囚として囚われるのならば、ここで一矢報いねば……」
だが、その言葉とは裏腹に全くといって攻撃してくる感じがしない。
「エリカ! 危ないですって! さがってください! コイツは俺が叩き斬ります」
「ひぃっ! 俺を切る!? 殺すってことかぁ!? ああああ!!」
「グーファ、ちょっと待て(うわぁ……この人、なんか私と『同じ香りがする』かも~あはは……)」
私はグーファを制止しつつ、やや同胞味を感じる魔王の前に立つ。
「あなた、日本人……ですよね?」
「え? ああ、そう……だけど……。アンタは?」
「私は鈴谷 絵里香、日本では東京でOLをしていた自称アニオタです! 同郷の人と会えてうれしいです。あなたが魔王ですよね?」
「ああ……」
私がスッと手を出すと彼も握手を返してくれる。
しかし、同時に後ろからグーファのどよめきが零れる。まぁ、魔王とコンタクトしてしまうんだから、ヤバい奴に見られても仕方はないのだけれど――。
「それであなた、名前は?」
「俺は浅野 慶 大学生だ。いや、だっただな」
「慶君か。よろしくね。多分、20代前半だよね?」
「え、ああ、そうだよ」
「私が年上かぁ……まぁ、同年代だしいっか。」
兜が取った彼は日本人らしい黒髪と黒の瞳。それにすらっとした高身長が印書的な好青年で、普通にアルバイターって感じのする子にも見える。
「よし! それじゃあお互いの自己紹介をしたところで一回、認識をすり合わせよっか? 慶君」
そこから私は腰を下ろして私たちがここに来た理由や今、彼がおかれている立場に関して話をした。最初は痛い中二病野郎かと思っていたけど、話す限り真面目な様子が見て取れ、受け答えも普通にこなせる子のようだった。
「なるほど……? あなたは神様に転生させられたら、なぜか魔物を率いる魔王にさせられていた――と」
「そう。俺は目覚めたら魔王として崇拝されていて、アイツらが話す言語も理解できた。本当はアンタみたいな立ち位置に俺はなりたかったっていうのによ……。だから、俺は死のうと思ったんだ! だって、こんな世界線で生きたってつまらねぇじゃねぇか!」
怒りと涙を見せながら慶君は思いを吐き出す。だが、私としては『そういう世界線になったら、なったで共存共栄の最強軍団を作るとかできそうなのになぁ』と一瞬、頭を掠める。
「そ、そっか。だから、あんなにも攻撃を仕掛けてきたわりに、魔術を使ってこなかったのはそういうわけだったってことね?」
「ああ! もうこっちはやけくそなんだ! 崇拝する奴らも俺自身も殺されればそれで終わりだろ!?」
「――なら、お望み通り殺してあげればいいんじゃないですか? エリカ、そこを退いてください」
その会話を聞いていたグーファは酷く冷酷な目線を向けながら剣を引き抜く。
確かに彼の言葉を真に受ければ、必死に生きている人間たちからしてみれば愚弄されているように感じられるだろう。
「大丈夫だ。一瞬だ。そのまま魔王として葬ってやる」
「グーファ、落ち着いて。もう彼を殺す理由はない。それにそんな言葉を使うグーファは嫌いだよ」
「っ……。エリカは優しすぎなんですよ、甘すぎます」
「うん、分かってる。ごめんね。だけど、彼は私と同じ出身の人間だから見捨てる訳にはいかないんだよ」
私はこの言葉に嘘を含ませながらも平然とそう言い放つ。
実際の真意はそこじゃない。私の狙いは慶君の魔王としての力だ。
「(事実、この戦いで私たちは勝った。――となれば、残る問題は公爵家がどう動くか。あの奴隷たちをどうするつもりなのか。それだけ。その時に彼の力があれば大きなアドバンテージになるはず)」
魔王と呼ばれる以上、桁違いの能力を保有しているのは間違いないはずだ。
ただ、この選択にはリスクも伴うし、できればいいな程度の考えでしかない。
だから、慶君自身に選択をしてもらった方が後腐れがない。
私は後ろの兵士や冒険者たちに見せつけるように、これ見よがしに手を上へ掲げてから慶君の方へと視線を向ける。
「ねぇ、慶君? 魔王である君に選択肢をあげる」
「え?」
「ここから生き残って慶君が望んだ生きた方を手に入れるか。無残にここで殺されるか。さぁ、どっちがいい? 私も色々込み入った事情があって長くは待てないんだよね。即決してくれると嬉しい」
「俺は……生きたい。こんな魔王じゃない、普通の人間として――」
「なら、ちょっとごめんね?」
私は右手を慶君の方へゆっくりと向けて少し照準をずらして詠唱をする。
そして同時に神経を左手にも集中させていく。
「<火の聖霊よ。我が求めに応じて、炎槍を穿て!>」
魔術を打ち込んだと同時にクロージングを唱えて慶君をインベントリーに回収する。
すると、あら不思議なことにその場には土ぼこりが舞い上がり、クレーターしか残らない。
「よし、グーファ。行くよ!」
「え!? 魔王は?」
「フンッ、マジックだよ。いや、表向きは《《打ち倒した》》だけどね? あとは――魔王を打ち倒したぞぉ!! イェーイ!!」
私はグーファの手を掴んで上へと上げて、後ろの兵たちにガッツポーズをして、いつしかアレスさんから貰った信号弾を打ち上げて見せる。すると、「おぉ」という声が溢れだし、場は歓喜に包まれた。
こうして私たちの魔王軍討伐作戦は大成功に終わった。
だが、余韻に浸っている場合ではない。
『私たち』はこれで完全な無防備となったのだ。
そう、魔王が倒された以上、奴隷たちの従属権限はクランには存在しない。
つまりは『いつ襲われたって文句は言えない』という状況に陥っている。
「グーファ! 急いでみんなを回収してここから離れるよ」
「はいっ! まずはミミたちの所へ」
私たちは早々に馬へと跨り、逃げる用意を始めたのだった。




