第56話 リオーナの過去2
「ここが、王子の寝室か――失礼! エイルズ王子! 在室されておられますか!」
そして、寝室を見つけてノックすると王子が苛立った声が飛んで帰ってきた。
「誰だ! こっちは取り込み中だ」
「っ! 騎士団長リオーナです。早急に謁見を――!」
「チッ、あの使えない女か。……良いだろう、入ってこい」
王子の尖った言葉に嫌な胸騒ぎを感じながらも部屋に入るとそこにはあられもない姿の女性が数名いて、エイルズ王子に寄り添っていた。
「エイルズ王子……! これはどういうことですか!」
「どうもこうもないだろう? 見たままだ」
リオーナの強く威嚇するような叱責にも動じず、ふてぶてしい態度を王子は取る。
彼は以前から素行が悪く、実の親である皇帝からも忌み嫌われている存在だ。
しかし、その一方でエメラルドグリーンの髪と整ったボディラインから美男子として知られており、城の中では黄色い声が飛ぶほどのお方だった。
「それで何用だ? 俺の寝室まで押しかけてくるとは図々しいにも程があるぞ?」
「っ……! では単刀直入に。騎士団に要請が出されている弾圧の件です」
「弾圧? 人聞きの悪い。テロリストどもを殺せという話のことだろ?」
エイルズ王子はあっけらかんとした表情で他人事のように語る。正直、この期に及んでそんな態度を取るのかとリオーナは憤慨するが、相手は目上の方。
姿勢を低くしながら訂正を求める。
「恐れながら相手はテロリストではなく、この国の民です。その言葉はあまりにも軽率かと」
「ああ、確かにあいつらは民だ。だが、何か忘れちゃいないか? あいつらは所詮、下流階層の人間だ。増税ごときで反乱なんぞ起こしおって……ハッキリ言って目障りなんだよ。そんな奴らは最早、国に仇成すゴミ。テロリストだ。そんな奴らを処分して何が悪い?」
「民をゴミと蔑むとは……」
「ふっ、事実だろう? 我々、上流階層の人間が下民どもの要望を聞き入れてやっている。つまり、下民どもを生かしてやっているわけだ。それなのに、こちらが甘い汁を吸おうとすればすぐに武器を持ち出す。――騎士団長。それこそ、我々を軽んじていると思わんか?」
軽い笑みを見せて悠長に語る王子を前に堪忍袋の緒が切れる。
「くっ――思わんな。私はあなたと違って『してやっている』などとは思わない! 我々は国を繁栄させ、民を導く存在だ。皇帝はエイルズ王子――あなたが小さい頃から『民が認める政策を実行していかなければ、国は潰える』と散々、教えて来られたはずだろう! それなのにどうして……どうしてあなたは平気で、そんな屁理屈を言える!」
リオーナは苛立ちを募らせ、王子に向けて魂からの叫びを投じる。
しかし、その声はエイルズ王子の心には響かず、怒りを加速させるだけだった。
「ほぉ? 騎士団長如きの肩書でよく吹くな? しかし、残念だったな。あのクソ親父はまだ意識が戻っていない。つまり、全権は俺にある。俺が絶対な法だ」
その言葉を聞いて王子の説得は不可能だと考えて一旦、退くことを決意せざる終えなかった。親子の問題が根深く入っているとなれば、他人がどうこう言っても逆効果にしかならない。
「そういうお考えか。――ならば、王子。私は皇帝以外の命令には従わん! 失礼する!」
「待てリオーナ! 貴様、何か忘れていないか? 俺はプレイヤーで、お前はただの駒だということを――!」
そういった最中から王子直属の精鋭部隊が私を取り囲む。数はすぐに30人近くへ膨れ上がる。だが、この程度であれば切り抜けられる自信がリオーナにはあった。
「手荒なことはおやめになったになったほうがいいかと。それにまさか、この程度で私を止められるとでも?」
「いいや? 無駄だろうな。だが、これならどうだ?」
パチンと王子が指を鳴らすと一人の兵士がアーツクリスタル起動する。すると、どういう原理か、映像を空中に映し出し始めた。映し出された場所は紛れもなく『騎士団本部』だった。
「今、この映っている場所を目指してテロリスト共が武装して向かっているぞ?」
「なに? それは本当か!?」
「あぁ、何せ『騎士団長たる、お前が居ない』という情報をこちらからリークしたのだからな! あいつらにとっては良い餌だろ? 襲わない訳がないよな?」
「そういうことか――! 貴様らぁぁ!!」
悪魔のような形相になったリオーナを前に、酷く醜い顔つきをしながらエイルズ王子はニヤリと笑みを浮かべる。
「それじゃあな、リオーナ。楽しんでいってくれ。おい、お前らそいつを仕留めろとは言わん。だが、簡単には行かせるなよ? あははは! あははははは!」
笑い声を残して女たちと去って行った王子が、その場から消えると手下の精鋭部隊はリオーナに素早く襲い掛かる。それと同時に映し出された映像にはレジスタンスと化した武装集団が騎士団本部になだれ込む様子が見え、リオーナは慌てながらも剣を抜いて確実に目の前の敵を排除していく。
「くそ、ようやく終わったか……。さすがは手練れだ。時間を取られ過ぎた」
全員を倒しきった頃には10分程が経過しており、リオーナは騎士団本部に向けて慌てて踵を返す。そして、リオーナが到着した頃には騎士団の兵力は大部分を失いつつあった。
「くっ……部下を殺された以上はやむ終えん。どうか皇帝よ。未熟な私をお許しください。――参る!」
神速のような如き素早さで見える敵を剣の鉄さびにしていく。赤い血飛沫が舞う中、爆風で大勢の敵を吹き飛ばし息の根を止めていった。最早、それは『剣星』と呼ばれるに値する力を発揮していた。
「はぁ、はぁ、よし……これで終わりか」
結果、リオーナの到着によってテロリスト集団は壊滅。死傷者多数ではあるものの、何とか部下を半数近く助けることができた。
しかし、まだ悪夢は終わらなかった。
「騎士団長リオーナ! 警告する。貴殿は国家反逆罪に問われている。直ちに姿を現せ!」
拡声された声が騎士団本部の敷地内に響き渡り、全員が騒然とする。当然のことながら状況を全員が理解できていない為、視線が一気にリオーナへ集まった。
「落ち着け! 何かの間違いだ」
「騎士団長、大変です! 本部の周りが帝国兵に囲まれています!」
「なん、だと……」
窓に慌てて駆け寄ってみれば完全に包囲され、その中心には先ほどまで眼前で屁理屈を語っていたエイルズ王子が居た。その姿を見た途端、リオーナは怒りに満ちたまま外へと飛び出した。なぜなら、民の命のみならず、兵の命すらも軽んじる王子の行動に我慢ならなくなったからだ。
「王子……あなたという人はどこまで――どこまで卑怯なんだ!」
「出てきたと思ったら最初の一言目がそれか? 俺に非礼を詫びる謝罪の言葉も無しか?」
「ふざけるのもいい加減に――!」
「いい加減にするのはお前の方だ。リオーナ」
その刹那、王子が手をスッと上げると兵士たちが魔術を打ち込むモーションに入る。
いくら剣星とうたわれるリオーナでも一斉に打ち込まれたら、たまったものではない。そんなリオーナの心境を理解してなのか、エイルズ王子は宣告するように、こう告げる。
「俺はお前の大好きな『皇帝』が大っ嫌いだ。そして、そいつを肯定しようとするやつもな。だから、全部消し去ってやろうという訳だ。いい考えだろう?」
「やめろ! 私だけならともかく、部下まで巻き込むのは――!」
「それなら! この場で『この子ども』を処刑しろ。そうすれば、皆殺しだけは勘弁してやろう。なぁ~に、ただの奴隷だ」
「なぜ、そんなむごいことを――!」
「当たり前だろう? 皇帝の代理である俺に楯突いたのだ。『民を殺す』というお前が一番犯したくないであろうことをやってみせなければ、償いとして見合わんだろうが!」
そうして手かせを嵌められ、身動きもできない状態の少女がリオーナの前に転がされる。今にも殺されると分かっているからか、少女は涙を浮かばせる。
「(私は……こんな子どもを殺すのか?)」
前方を見やれば、エイルズ王子がニヤついた顔でこちらを見て笑っている。その精神状態は到底、普通には見えない。
「(やらなければ部下が、部下たちまでもが殺される)」
そして、リオーナは剣の鞘に手を掛けて震えながらも刃を引き抜く。それは自らの騎士道と皇帝からの教えに背く行動だ。心がズキリズキリと痛む。そんな心境を知らない帝国兵たちは殺しの瞬間を見たいからなのか、「やれ、やれ」という言葉が飛び交う。
「(やら……なければ……やらなければ――くっ!)」
ブンッと振りかぶった剣先がゴオッと音を立てて、土煙がその場に大きく舞った。
土煙が晴れた頃にはリオーナは少女の前に立っていた。そう、リオーナには殺せなかったのだ。
「ほぅ、お前は数百の部下よりも奴隷の子どもを救うのか。本当に、ほんとうに残念だよ。リオーナ騎士団長」
そう言った王子は静かに掲げた手を下げた。その刹那、数多の魔術が後方の騎士団本部へ降り注ぎ、跡形もなく吹き飛んだ。その衝撃はリオーナと奴隷の少女共々、吹き飛ばす。それでもリオーナはこの決断を後悔していなかった。
「(謝罪はしない。私は恨まれても構わない。例え、これで幾人から恨まれようとも、子どもを――未来ある人間の将来を奪っていい事にはならん。散っていた命は無駄にはしない)」
目尻にたまった涙を瞬時に拭ったリオーナは体制を立て直し、城の方へ背を向ける。これからしようとしていることは長年仕えてきた皇帝に対して弓を引く行為だ。
「(申し訳ありません。陛下――)」
今となってはもう許して欲しいとは思わない。けれど、踏ん切りをつけるように心の中で整理を付けるとリオーナは奴隷の少女を抱えて脱兎のごとく、その場から逃げ出した。リオーナが目指すは帝国と険悪な関係にあるグランフレスト王国だ。きっと、あそこならば生活は保障される可能性が高い。
しかし、事はそう簡単ではなかった。もう、既にエイルズ王子は次なる一手を打っており、彼の謀略にハマっていたのだ。
「善良なる臣民よ! 今ここに、皇帝の実子であり皇位継承権一位のエイルズが宣言する。騎士団長リオーナは逆徒と化した。よって、その任を解き、逆賊として懸賞金を出す! もし、やつが国外に逃亡すれば増税は続くことになるが、あの者を生け捕りか、死体として持ってくれば――増税はなしとなる! 皆の者、心せよ!」
王子はそう高らかに国中へとその話を流布した。しかも、えげつないのが増税の話すらも私をおびき出すための話というデタラメや騎士団本部を壊滅させたのがリオーナだと流布し、民の怒りを焚きつけたのだ。
「あの外道めっ……」
「ごめんなさい……私が、私さえいなかったら」
「いや、お前のせいではない。全てはあの王子を止められなかった皆の責任だ。そう自分を責めてはならん」
名も無き奴隷の少女は事あるごとにリオーナに謝りつづけていた。その度、そのたびに心が締め付けられる感覚に見舞われる。だからこそ、早く国境を越えてこの子を安心させなくてはならないと覚悟を決める。
「よし、行くぞ。あとはここを超えさえすれば――」
「居たぞ!!」
とはいえ、子どもを一人抱えての逃避行だ。そう簡単に行く訳もなく、テッピオで追手に見つかり、追われてしまう。だが、幸いなことに街中は発展を極めた鉱山街と言う事もあり、建物を縫うように逃げ回る。それでも鍛え上げた騎士と子どもの体力差はすぐに限界へ達し、室内へと逃げ込んだ。
「はぁはぁはぁ!」
「大丈夫か?」
「――ここに居るぞ!」
しかし、追手は大勢いる。簡単に追撃を交わすこともできずに扉一枚越しにリオーナは格闘し、少女に向けて声を荒げた。
「お前が先に逃げろ! 追手は私がひきつける! 早く行けっ!」
「え……」
「いいから行くんだ!」
奴隷の少女は逡巡の後、扉を開けて日差しが照り付ける道路へ飛び出る。
これでいい。そう思った刹那、駆けて行った少女に複数の矢が刺さった。
「ぁぁ……! おい、しっかりしろぉ!」
リオーナがそう呼びかける最中、少女の元に複数の男たちが歩み寄り、トドメのようにナイフを刺した。




