第55話 リオーナの過去1
「リオーナ騎士団長、すぐに暴動鎮圧のために部隊を向かわせろ!」
隣国、ハルバース帝国の騎士団本部に怒声が響き渡る。その声の主はハルバース帝国の皇位継承権第一位、エイルズ王子の使い者だ。
彼の目的は王子の政策に反発する庶民の弾圧だ。
この要請という名の『命令』は100件をゆうに超えている。最初は忠誠を誓った皇帝への手前、従っていたが、日に日に件数が増してくる様子から安易に部隊を派遣することは良くないとリオーナは考えていた。
「貴殿には悪いが、ハルバース帝国を背負う騎士団長として言わせてもらう。そんなことに協力できる兵は最早、置いてはいない! 我らは民を守り、民の為に力を振るう。それが皇帝の意向だ! 断じてその命令には従えん!」
「貴様ぁ、王子の命令に従わないと言うのか! 国家に対する反逆だぞ!?」
「なんとでも言えばいい。私は自分たちの部下に責任を取れない行動はさせん」
「はっ、何が騎士団長だ! 所詮は女騎士。そんな奴に仕切られている騎士団はぬるくなったものだ! ったく、給料泥棒もいいところ――」
憤りをあらわにするように使いの男は文句を語る。だが、わずか数秒後には爆風が巻き起こり、瞬時に鬼のような形相で距離を詰めたリオーナが袈裟斬りのモーションを寸前のところで止める。
「今の言葉を撤回しろ。私を貶すだけならともかく、国家の剣である我々の存在意義を愚弄することだけは許さんっ!」
「ひぃぃぃぃ! す、すまなかったぁぁ!」
あまりの神速的な剣技に腰を抜かし、使いの者はドテッとその場に尻もちをつく。その光景を他所にリオーナは怒りを鎮めながら一寸狂わぬ作法で剣を鞘に戻して背を向ける。その姿は凛々しく、ただただ美しい。そして、リオーナは先ほどまでの殺気を消し去り、諭す口調で使いの者にこう説いた。
「――皇帝であれば、『理由も無い増税』はしなかったことはお前も知っていたはずだ。貴様ら、もう少し真剣に王子を支え、助言しろ。私にばかり、頭を下げるだけでは何も変わらんぞ」
「ど、どうしても協力は得られないのか!? 本当に兵を出さないつもりなのか?」
「ああ。何度も言わせるな、その命令には従えん。貴様は知らないかもしれないが、特に騎士団は皇帝の意向を順守している者が多い。『民を優先せよ』という教えは根深く、心に染みついている。それなのに、民に排除しろ、殺せだのと言われれば士気の低下だけでなく、内部規範の低下を招く。それくらいのことは一介の兵でも分かっているはずだが――?」
未だに命令を何とか呑んでくれないかと粘る使いの者に、一気に冷たい言葉の矢じりを放つ。すると、彼は大の大人でありながら地面でのたうち始める。
「クソ、くそぉぉ……このまま帰ったら王子に殺される……! あぁ、そうだ。こいつの地位さえ奪ってしまえば――」
「おい、貴様! 正気か? この私に刃を向けるつもりか」
「うるせぇぇ!!」
自棄を起こした使いの者は刺し殺そうと迫って来る。しかし、その動きはあまりにもド素人でリオーナは体術だけで意識を刈り取る。
「ったく……こんなことをするなら文句を垂れずに、最初から斬りかかってきて欲しかったものだ」
「リオーナ騎士団長、この者は王子の使いです。ただでは済まないのでは?」
「馬鹿を言え。こいつは刃を向けてきたのだ。制圧するくらいやむ終えまい。起きてから暴れられても困るし、縄で縛っておけ」
「は、はっ!」
「はぁ――もう、こうなれば私が行くしかあるまい」
リオーナは大きなため息を吐きながらもエイルズ王子の失策を説き伏せ、国民に安心してもらえるようにするべく、一点の曇りもない正義に満ちた目のまま王子が居る城へと向かった。しかし、今度は城の入り口を警備している衛兵に刃を向けられる。
「怪しい奴め! 城に何の用だぁ!!」
「ば、ばかな――! 貴様ら! 私を騎士団長と知っての抜刀か!」
「はぁっ……! きし、だんちょう……。し、失礼しました。はぁはぁ……」
「おい、大丈夫か? 顔色が悪いぞ」
衛兵はすぐに剣をしまい込んで肩で息をして目を伏せる。
「申し訳ありません。ここ2日寝ていないもので……」
「2日も寝ていない、だと? なぜ、そんなことに――いや、とりあず横になれ。今、代わりの者を騎士団から――」
「やめてください。そんなことをしたら、私たちの給金が……なくなってしまうんです。ですから……」
その途端、衛兵はグッと私の手を取って崩れ落ちた。城を守る者たちは一流の手練れだ。それがこの有り様とくれば放ってもおけない。それに指揮系統は違うにしても、兵士たちに与えられる階級の中で最上位に立つリオーナにとっては『救わなくてはならない部下』でもある。
ただ、その一方で彼らには彼らの信念があることも理解はできる。板挟みのようになって難しい判断を迫られたリオーナは静かに彼らへこう告げた。
「……分かった。貴様らにも守るものがあるのだろう。ならば、その意志を尊重しよう。もし、ここから逃げたくなったら騎士団本部へ来い。お前らに仕事を斡旋してやろう」
「ありがとう……ございます。騎士団長」
「――行くか」
リオーナは兵士たちが心から感謝する声を胸に刻み込ませながら、元凶になっているであろう王子の姿を探して城内を進んでいく。しかし、無情にも見えてくるものは、あまりにも悲惨な光景だけだった。すれ違う兵士たちの顔には士気の低さが色濃く見えており、給仕をしているはずの女性たちの姿は見えない。
「予想はしていたが、ここまでとはな。この私が鎮圧に駆り出されていたとはいえ、登城していなかった1か月の間に一体、何があったと言うんだ?」
あまつさえ、政を立案して各部署に重要な決断を落としていくはずの執務室には無数の高官がフラフラの状態で業務をこなしており、中には机に突っ伏して寝ている者もいる。
「ぁ、ぁ……。おい、王子は何処にいる!」
リオーナはあまりの光景に絶句しながらもフラフラと歩いていた一人の首根っこを捕まえてそう怒鳴り散らす。もう、機能不全と言っても過言ではない状況をすぐにでも止めなければと思った心が急げとリオーナを急かす。
「あなたは――! 王子は……寝室に……」
「お、おい! しっかりしろ!」
そう言い残して捕まえたヤツの意識が落ちて倒れ込む。その表情はまるで、安堵したかのようにすら見えてしまうほど、安らかなモノだった。リオーナは静かに床に横にしてから一心不乱に王子の寝室を目指した。




